カラフルエッセイ  sojiの今日もワクワク

2019年5月 2日 (木)

IT時代のエチケットを考える

~ soji の今日もワクワク 250 ~

「ズーッ、ズーッ ・・・・」

スマホから異音が聞こえてきました。何か設定ミスでもしでかしたのでしょうか。

去る日曜日、自宅でスカイプによる授業を受けました。スカイプとはインターネットを通じてPCやスマホで電話やチャットが出来るサービス。カメラを使えばテレビ電話にもなります。(詳しくはこちら

無料でダウンロードして設定すれば、簡単に出来るのだと。講師の方はもう還暦を過ぎているのに、ITスキルはなかなかのものです。

一方、受講者は私を含めて3人。皆50代以上のオジサンたちです。あらかじめ資料はメールで送ってもらい、決められた時間にPCの設定を完了させて待機。しかし私のPCはWindows7。どうも指示された通りに動きません。仕方なくスカイプはスマホで行うことにいたしました。バージョン違いが原因のようです。

定刻となり、スタート。お一人がなかなかつながらず、20分後、ようやく全員が揃いました。皆、初体験のようです。講師と受講者の一人はスマホ画面上の小さな窓から顔が見えます。もう一人は私同様、カメラを設定していないためか、お顔は見えません。

順調に進んでいた授業が一時間経った頃でしょうか。先ほどの異音が聞こえてきたのです。

「どなたか寝られているようですね。私の内容がつまらなかったかな」

講師の方が寂しそうにつぶやきました。そうです。異音の正体はなんといびきだったのです。

IT技術の発達は、私たちの生活を大きく変えつつあります。ネットを活用すれば自宅での仕事も可能になりました。今回のスカイプによる授業。忙しい中で会場まで足を運ぶことは出来ないけれど、家で出来るのであれば参加は可能。しかしその便利さが落とし穴になったようです。

人目を気にしない自分の部屋で普段着での授業。前日までの疲れが、理解度の低下に伴って魅力的な睡魔を連れてくる。他の人がいるところでは我慢できても、心地いい自宅では抗えなくなるのも無理ありません。

いよいよ危ないとなったら、こちらのマイクを切っておけばいいのですが、何せ初めてで分からない。どうやって緊張感を保ち、相手に失礼にならないようにするか。これこそまさにエチケットでしょう。

エチケットと言えば返信の際のタイトル。つい私もやってしまうことです。タイトルを変更せず返信すると「Re:」が付きます。

例えば、タイトル「スカイプのお問合せについて」の返信は「Re:スカイプのお問合せについて」というように。お互いそのまま返信を続けていると、「Re:Re:Re:Re:」とまるでレレレのおじさんのようになってしまう。

気軽なチャットメールならいいのですが、履歴をさかのぼりたいような場合は、相手に苦労をかけてしまいます。特に質問メールの回答が簡単なら、タイトルに書いてあげるような心配りが大切でしょう。

エチケットを逆手に取ったケースもあります。  インターネットで何気なくバナーをクリックすると、

「無事会員に登録されました。入会金は10万円となります。ひと月以内にお振込みください。解約される場合はこちらにご連絡を」

こんな画面が出て来たことはありませんか。これはいけない。間違ったといえ登録されてしまったのなら解約手続きを行わないとエチケット違反だ。そんな生真面目な心に入り込む詐欺が横行しています。

こうした場合は無視するのが一番。メールで案内が来た場合も下手に返信すると、カモが引っかかったと思われ、しつこく追いかけてきます。

ここまで定着したIT。しかしなかなかエチケットやお作法をきちんと教わる機会はありません。他人の失敗も他山の石。反面教師として、自分で学んでいくしか方法がないのが現状のようです。

スカイプで寝てしまった方とは直接お会いできる日がやって来るでしょう。私は決してその方を責める気はありません。むしろ私の代わりにやらかしてくれてありがとう、と言いたいくらいです。

自宅での映像授業はまた、行われるかもしれません。その際はデスクの周りを片づけ、キレイに身支度を整えて臨むべき。そう考えさせられた体験でした。

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2019年3月31日 (日)

いそじのバースディ・再び

~ soji の今日もワクワク 249  ~

3月29日、私は50代最後となる誕生日を迎えました。

そのちょうどひと月前、満50歳になった友人がいます。そこで私は、以前書いた自分のエッセイを思い出しました。(「いそじのバースディ」~sojiの今日もワクワク142~」を参照のこと)

そうそう、当時は病院通いで、急に衰えを実感させられたっけ。一人お祓いも受け、そのためでしょうか、痛みが吹き飛んだ不思議な体験を思い出しました。

私は友人に告げました。50歳の声を聞いた途端、身体が急に変わってしまうから注意するようにと。すると連絡をして間もなく、転んで怪我をしたとの知らせが。幸い大事には至らなかったものの、顔からかなり血を流したのだと。

聞くところによると、少し前から不眠に悩まされていたそうです。結果、体調がすぐれず、気分も落ち込みがちに。転んだのもあまり眠れていない影響だったのか、とも。

振り返れば私も、50代は苦難の連続でした。50歳誕生日の2010年当時、サブプライム問題からリーマンショックと立て続けに日本を襲い、どの企業も不況の波に飲み込まれてしまいました。

そして翌2011年の東日本大震災。ちょうどそのころ肉親の死もあり、私は心身ともに疲れ果てました。それから現在。仕事では第一線を外れたため、以前の様な管理責任を追及される処遇から解放されましたが、体調をコントロールするのがきつくなった50代。身体はまるで、自分のモノではないような気さえしてきました。

最近、気がついたことがあります。毎年お参りする神社の正面に祀られているのは鏡。私は単純に三種の神器のひとつだから、としか考えていませんでした。しかしひょっとすると、崇拝している神とは、鏡に映った自分ではないのかと。

私の身体には、両親から受け継いだ血が流れています。当然両親もまた、私にとって祖父母から受け継いでいます。結果として私の中には神代からの祖先のDNAが、累々と伝わっているわけです。体調の不備は、こうした祖先からのメッセージではなかろうか。特に身体の衰えを感じ始めてから9年。そんな風に考え始めた次第です。

そして自分の身体は、自我と別なモノと考えるようになりました。自我はドライバー。身体は自動車。そして祖先の声はさながらコントロールパネルかナビゲーションシステム、とでも言えるでしょうか。言い換えれば、自分とは自我と身体、そしてナビの3つから構成されている、と言えそうです。神代からの祖先ですから、私にとってはまさに神。その声を、出来たら体調が崩れる前に聞いて、備えることはできないものか。そう考えて最近瞑想を始めたことは、以前こちらで紹介したとおりです。

気持ちがワクワクと高揚したり、これはヤバいぞ、といった直感もこのころは重視しています。こちらに行ったらいいことがありそうとか、この人と付き合うとメリットがありそう。そんな理屈では説明しきれない感覚もまた、祖先からのメッセージではないかと考えるわけです。

60歳は厄年。もはや42歳で終わったと思っていた厄年がまた来ます。ですから今年は前厄。確かに苦難の50代の総決算。無事乗り切れるかどうか。そう考えると60歳厄年説は理に適っていると言えそうです。

まだ災難から抜け切れていない友人には、自分の価値観を押し付けるつもりはありません。ただ言いたいのは、すべての答えは自分の中にある、ということでしょうか。自分を守ってくれる祖先と会話できるように、自我を磨いてもらいたいものです。身体的にも元気な40代では、こんな話はとても聞いてくれなかったでしょうが、心身が弱っている現在は、耳を傾けてくれるかもしれません。

苦難に満ちた50代は、言い換えれば人生のメインステージ。私はこれからも、50代に突入した友人を応援していきたいと、こう考える次第です。

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2019年3月 1日 (金)

記憶力の低下に抗(あらが)う

~ soji の今日もワクワク 248  ~

「今日もワクワク244回」で、百人一首の暗記に挑戦したことを書きました。2018年10月のことです。

その後、何度かそのことを人に自慢する機会を得ました。ところが、人前で披露しようとして番号を言ってもらうと、思ったように出て来ません。例えば57番は紫式部の歌ですが、作者は出てきても上の句がスッと思い出せないのです。

百人一首で行う競技では、上の句を読んで下の句の札を取り合います。百首あるうち、下の句の最初の字がひとつだけの歌は、上級者になると、一字目を聞いただけで身体が反応するほどです。そんな歌は七首あり、頭文字をつなげて「ムスメフサホセ」と言います。

紫式部の歌は、このうちの「メ」で始まります。そこまで思い出してようやく、

めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな

と出てくるのです。

残念ながらこうやって思い出すのに10秒以上かかってしまいます。それどころか、歌によっては上五句や下七句が出て来ません。番号と作者名はほぼ結び付くようになったのですが、記憶の定着は本当に難しいと痛感しています。

百人一首を話題にすると意外に食いついてくる人が多く、ちょっとした雑談のテーマになかなかいいなと思っておりました。しかしこうやってポロポロと忘れてしまっては元も子もありません。もっと正確に記憶として定着出来ないものだろうか。

そこで私は、学生が受験勉強で行っている「品詞分解」に挑戦することにいたしました。

品詞とは、名詞、動詞、形容詞、助動詞などのことです。古文を勉強するには、この品詞分解が必須になります。

競技では、とにかく意味など分からなくてもいいから耳で聞いて覚えます。私もそうやって覚えようとしたのですが、音だけでは定着しづらいのですね。

それに私は競技には出ませんのでこの覚え方は馴染まないと考え、受験生になったつもりで挑戦することにしました。

例えば先ほどの歌の上句は、このようになります。

めぐりあひ :動詞・ハ行四段活用・連用形

て     :接続助詞

見     :動詞・マ行上一段活用・連用形

し     :助動詞・過去・連体形

や     :係助詞

それ    :代名詞

と     :格助詞

も     :係助詞

わか    :動詞・カ行四段活用・未然形

ぬ     :助動詞・打消・連体形

間     :名詞

に     :格助詞

たった一文字にもきちんと意味があるのですね。これは暗記ではなく、古典文法のルール自体を理解するしかありません。一見大変そうですけどすべては慣れですし、ネットで検索すれば勉強法は山ほど出て来ます。動詞の活用方法や助詞、助動詞の種類も有限。

実は私、高校時代は国語が得意だったのです。昔、覚えさせられた格助詞や接続助詞が今になって口から出て来ました。こんなところで受験弁用で詰め込んだ知識が活用できるとは思いませんでした。

これを一日一首、一番の天智天皇の歌からノートに書いています。百日で全首書き終わる計算です。パソコンではなく、手で品詞とその意味をひとつひとつ書いて行く。こんな風にやっていれば、もっと正確に定着できると期待しています。

また古典文法が理解出来れば、他の文献も読みやすくなるのではないかと考えています。数百年を経ても愛好される作品群は、必ずやその理由があるものです。遅ればせながら、こうした分野も究明したいと思います。

それにしても頭は、動かしていないとどんどん機能が低下するようで恐ろしい。これからも記憶力の低下に抗おうと考えているのです。

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2019年1月30日 (水)

瞑想の荒川を歩いてみた

~ soji の今日もワクワク 247  ~

昨年参加したセミナーで、「川の瞑想」を教わりました。

マインドフルネスや瞑想は以前から興味があり、ネット等で調べて自分なりにトライしてみたのですが、どうもうまくいきません。雑念がどんどん浮かんで全然集中出来ないのです。

川の瞑想。これは椅子に座って目をつむり、頭の中で海に流れ込んだ河口をイメージし、どんどん上流に遡って川沿いを歩いて行くというものです。

源流近くには白い壁があり、そこに備え付けられた扉を鍵で開けてさらに遡ると、湖が現れる。服を脱いで対岸まで泳ぎ、そこにある滝にうたれる。頭からつま先まで、もし患部があればそれをイメージして滝の水で洗い流す。すっかりきれいになったら、また湖を泳いで戻り、服を着てから川沿いを下り、スタート点の河口に戻って終了です。

身も心もすっきりするというので、セミナーの受講以来、毎朝洗顔した後に行っています。当初は雑念がイメージを邪魔して困りましたが、慣れてくると集中できるようになりました。特に湖で泳ぎ滝にうたれる時には、冷たさや痛さまで感じるほどです。

遡る川。それは私の住んでいる和光市にも流れている荒川を想定しました。地図を見ると河口である東京湾から源流のある埼玉県秩父市までおよそ180キロ。その行程を遡り、滝にうたれて戻ってくるのです。実際に歩いたら所要時間は見当もつきませんが、瞑想ではだいたい20分程度でしょうか。

毎日行ううちに、実際に荒川を見たくなりました。

スタート点の河口。エッセイ仲間のさかもっちゃんもぜひと言うので、二人で東京湾を観に行って参りました。

京葉線新木場駅から海に向かうつもりでしたが、江東区側には川沿いに道がありません。仕方なく湾岸道路で対岸の江戸川区に渡り、荒川沿いに作られた「健康の道」を歩いて、目の前に広がる東京湾を臨みました。右手には若洲海浜公園。左手には葛西臨海公園の緑が見えます。

そこを起点に実際に歩き始めました。出発したのは昼前。清砂大橋まで遡ってから対岸の江東区に渡り北上して行くと、やがて江戸川区の境にある閘門、ロックゲートが現れます。さらに遡ると墨田区に。そして野球グランド右手にを見ながら足立区へ。

北千住あたりまで歩くこと3時間半。さすがにこれでギブアップ。ちょっと休憩のつもりで入った居酒屋で根っこが生え、その日は終了。

別の日に再チャレンジ。さかもっちゃんと北千住で待ち合わせし、午後2時からスタート。ドラマ、金八先生のロケ地となった荒川土手から常磐線、千代田線、つくばエクスプレス、そして舎人ライナーの鉄橋をくぐります。

やがて左手に隅田川が現れ、右手に流れる荒川とに挟まれた足立区内を歩いて行きます。その日は年明けの1月6日。寒風吹きすさぶ土手の上は散歩する人もまばらで、枯れススキがそよぐ茶褐色の風景はもの悲しいほどです。

夕暮れ迫るころ、北区の岩淵水門に着きました。上流を流れる新河岸川と荒川がこの水門で合流し、新河岸川は隅田川となって東京湾に流れ込みます。

暴れ川として昔は何度も水害をもたらした荒川。岩淵水門をはじめ、数々の水門で水量を調節することで壊滅的な被害は無くなりました。先人の苦労を偲びながら、その日は赤羽の歓楽街で腰を落ち着けることに。

当然ですが、歩いた荒川の距離はほんの序の口。その後板橋区から埼玉県に入り、戸田市、和光市、朝霞市、さいたま市。さらに志木市、富士見市、川越市、上尾市、桶川市、北本市、鴻巣市、川島町、吉見町、熊谷市、深谷市、寄居町、長瀞町、皆野町を経てようやく秩父市に着くのです。

源流に近い秩父湖や二瀬ダムは去年の夏に見て来ました。ダムがある位ですから秩父湖は広大。そこに流れ込む渓流の一つが荒川の源流なのでしょう。近くには三峰神社があり、このあたりはまさに神域。私がイメージする湖や滝は、その神域にあるのだと実感しました。

瞑想に話を戻します。頭からつま先まで滝にうたれることをイメージします。順に髪から頭皮、脳、脳内の毛細血管。そして目、耳、鼻、口、歯、のど。さらに臓器は心臓、肺、胃、十二指腸に小腸、大腸、直腸に肛門。腎臓に膀胱、おちんちんに睾丸。肝臓に脾臓、胆嚢・・・そして両手両足も上から順にチェックして行き、滝の水でキレイに洗い流します。悪い所を金色に光らせたら終わりです。

川の瞑想を始めて9カ月。ひとつ成果が出て来ました。それは寒さが苦にならなくなったのです。なんせ毎日極寒の山中、湖を泳ぎ滝にうたれているわけですから。泳いだ後に服を着たイメージをすると、身体中がポカポカするほど。妄想のなせる技ですかね。

ただ、この瞑想は特にお勧めはしません。まずは3年続けるように言われています。その上でないと、本当に効能があるかは分かりませんので。続けられた際はあらためてご紹介いたします。その代わりと言ってはなんですが、エッセイの執筆はお勧めします。何せ20年以上続けていますから。

春になったら、今度は桶川市あたりを歩いてみようと思っています。実際の荒川土手散策、これもお勧めです。

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2018年12月30日 (日)

一年の計は元旦の前にあり

~ soji の今日もワクワク 246  ~

人気番組「笑点」で、三遊亭小遊三師匠がよくやる時候のあいさつ。最後に笑いながら「さて、今はいつでしょう」。そうです。笑点は特別番組を除きすべて録画。ですからあいさつしている時点では放送日よりずっと前なのです。それを知っていてのボケですから、きっと会場ではじわっと受けているんでしょうね。

実はこの原稿を書いているのは12月30日。だからまだ明けていません。でも私の締切日は毎月30日。無理を言って締切をずらしてもらい、きちんと年明けのごあいさつをした年もありましたが、特に今年(いや来年?)は敢えてネタばらしをさせていただきます。

もう業界のウラ事情はすっかり知られてしまったようで、正月のテレビの特別番組は生中継や再放送以外、すべて年内に録画しています。姿の見えないラジオ番組でも「これは録音です」と言ってしまっている。つい時候の話をしてしまい、矛盾を指摘されるのを恐れてのことだと思いますが、とにかくこのころはどんどん季節感が無くなってきているのが実情でしょう。

最近は「年賀状を止めます」という人が増えました。「元旦に着くためには、年賀状の投かんは12月25日まで」と言ってしまっている段階で、もはや正月の特別感は薄れてしまっています。昔、年賀状は元旦に書くものだとおっしゃった方がいらっしゃいました。でもそうして投かんすると、3が日を過ぎてしまう。逆に、年賀状を書くのをサボったな、などと勘繰られてしまいそうです。それならリアルタイムのメールやラインでのあいさつの方がよっぽどいいと判断するのも仕方ないことなんでしょうね。

私は再来年、いよいよ還暦。会社も定年となります。嘱託雇用の道はありますが、給料がガクッと減ってしまうのが実際のところ。それよりも後進に道を譲れというのが会社の本音かと思います。シニアの熟練よりジュニアの新鮮。時候のあいさつにこだわる世代よりも、時代を先取りする世代を優遇していこうとするのは止むを得ないことかと存じます。

ですから私も、座して定年を待つよりも、自分にとって新たな時代の幕開けにすべく、いろいろ準備を始めました。無趣味で無粋な自分を反省して川柳を始め、自分の強みを見つけるべくセミナーや勉強会にも通いました。そして様々な人に会い、多くの貴重なアドバイスを受けて、少しずつではありますが、あらたな人生の目標を見つけるにいたりました。それは、90歳まで働こうというものです。

川柳の句会で発表された一句。

アラ古希もこき使われる高齢化  齋藤和恵

70歳=古希でこき使われるというのが面白い。人生100年の時代を迎えようとしている現代。70歳はまだハナタレ、なんでしょう。こき使われたくないなら自主的に働くべき。それも100まで生きるなら90歳まで働こう。ということで、こんなスローガンを作ってみました。

元気だから働くんじゃない

働くから元気なんだ

よし決めた!90歳まで働こう

まずは90歳まで働く気力、知力、体力を養う、ということで、2019年の目標を3つ立ててみました。

1)毎日新聞万能川柳に月2回。年24回の掲載目指そう

2017年12月から始めた川柳。2018年3月に初掲載され、12月30日現在で合計14回を重ねました。月1回ほどのペースです。2019年は、その倍を狙います。

2)男子厨房に入ろう

結婚後、料理はいっさいしなかった私。だからキッチンはまるで知りません。2019年は食生活の見直しを図るため、キッチン=厨房に入って料理をしようと思います。学生時代はアルバイトでフライパンを振っていたころもあるんです。包丁さばきも思い出せば何とかこなせるはずです。

3)かたづけ、終活を始めよう

定年後の就職活動だけではなく、終末に向けた活動も。人生100年の逆と言えるかもしれませんが、いつ何時何があるか分からない現在。死後に恥ずかしいものは見せられません。一方で、見せたくないものがあるから長生きする、そんな考え方もあるのですけどね。けれども2019年、いよいよスタートいたします。

新年にあたって毎年言って来たこと。それは、

一年の計は元旦にあり

です。一年のやることは、すべて元旦に決めるべきとのありがたいことわざ。でも先ほどからも言っている通り、時代は先行しているのです。新年のことは、元旦の前にやることが賢明かと。いや、決して生き急いでいるわけではありません。ただ普通にしているだけで「ボーっと生きているんじゃないよ!」とチコちゃんに叱られそうですから。90歳までどうやって働くか、これはまた別の機会に。ということで、

明けましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします

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2018年11月30日 (金)

「書けない」を考える

~ soji の今日もワクワク 245  ~

先日、ツイッターで面白い記事が話題になっていると聞いて、早速検索してみました。ある人の中学校での卒業文集だそうです。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1811/12/news104.html#l_kutsu_181112sakubun01.jpg

原稿用紙一枚を必死に埋めた結果、まさかの名(迷?)文。うん、読んでいて確かに面白い。だけど、内容がいっさい無い文章。本当にこれが卒業文集に掲載されたのでしょうか。ちょっと心配になるくらい。

しかし、筆者の苦悩の様、他人事ではありません。私も月一回とは言いながら、拙いエッセイを続けるにあたり、どうしても書くことが見つからない時が何度もありました。掲載仲間、わさくさんや、さかもっちゃん、おさむさんの名文(こちらは紛れもなく)を読みながら、どうしたものかと悶々としたことも。

今月は忙しかった。ヤバい!気がつけば締切間近。この時ばかりは「マジか」とシャレなんか言ってみたりして。自分の拙文を読んでくれる方が一人でもいらっしゃるならば、トバしてはいけない。そんな義務感にかられてひねり出しているのです。

もし自分が中学生に戻って文章を書くネタを探すとしたら、どうするでしょう。私だったらまず一日を縦軸に置きます。朝起きて学校へ行く準備。朝ごはん。通学の道すがら。学校について授業を受ける準備。午前の授業。給食。午後の授業。クラブ活動。友だちと遊びに行く。そして家に帰ってお風呂、夕食。テレビを観て、時には勉強をして寝る。

次は横軸。自分以外の友だちの一日はどうでしょう。先生やちょっと気になる女の子は。また違うバリエーション。日常ではなく、運動会、文化祭、修学旅行の日だったらどうだったか。さらにバリエーションを変えて、当時のニュースは。流行っていたヒット曲は。また野球、サッカー、アイドルなどなど。そうやって中学の3年間を振り返れば、何かしらネタは見つかるのではないでしょうか。

では現在の自分の場合はどうでしょう。書けない時を振り返ってその理由を考えてみました。

まず考えられるのは、忙しさで自分が流されている時。すべてが受け身で、自主的に活動できていないと、書くテーマが見つかりません。この筆者も、中学時代はおそらく受け身の毎日を過ごしていたのではないでしょうか。

次に、自分を第三者的に見られない時。世の中の関わりもまた見えて来ない。先ほどの縦軸横軸はまさに自分を第三者的に見るためのテクニックです。こうした考え方が出来ない時は、苦しみますね。

しかし書けなくなる最大のポイントは、読者を意識しなくなった時かもしれません。このエッセイは少なくともサイト運営者のさとうさんと掲載仲間は読んでくれています。だから最後は何としてもひねり出そうとする。読者を意識しなくなったら、ペン、もといマウスを置くこととなるでしょう。書くことの最大の目標は、自分のエッセイを読んでくれる人を喜ばせたい、その一心ですから。

ブログやツイッターなどのSNSで、毎日のように文章をアップしている人がいます。忙しいとか全然関係なく。きっとそういう人は、自主的に行動をし、自分を第三者的に見て社会との関わりを常に意識し、さらに読者やフォロアーを大切に考えられる人なのでしょう。ひと月に一度のエッセイで、ヒイコラ苦しんでいる私にはとても真似出来ません。

2018年ももうすぐ終わります。思えば今年はエッセイのネタをひねり出すために、自主的にいろいろと工夫をした年でした。少なくても、ネタがなくて困った月はなかったと思います。

無理やり原稿用紙を埋めた、かの筆者。中学時代の自分の文集を見て、何を思ったことでしょう。まあ何も考えなかったかもしれません。若いうちはそんなもの。時間が有限だと気づいて初めて分かるものですから。ただ少なくても、振り返って何も思い浮かばない人生は送りたくないものです。

今年一年、お読みいただきありがとうございました。来年も頑張ってエッセイをお贈りいたします。皆さま、良いお年をお迎えください。

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2018年10月30日 (火)

百人一首の暗記に挑戦してみた 

~ soji の今日もワクワク 244  ~

だいぶ弱くなった記憶力を鍛えるために、百人一首の暗記を始めました。

実は高校時代に挫折した、苦い思い出があります。そこで今回は、自分なりに覚え方をいろいろと工夫してみました。

まずは、1番の天智天皇からではなく、今回は100番の順徳院からスタート。そして有名な歌人をマークして覚えることに。

例えば90番台ですと、97番の権中納言定家と93番の鎌倉右大臣。百人一首を選んだ藤原定家と鎌倉幕府第三代将軍の源実朝ですね。

さらに一工夫。比較的記憶の残っている1番と100番、2番の持統天皇と99番の後鳥羽院、3番の柿本人麻呂と98番の従二位家隆というようにペアで覚えるようにしたのです。

また、私にとって覚えられず苦しんだ歌、というのがあります。例えば34番、藤原興風(ふじわらのおきかぜ)の歌。

誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに

「高砂の~」以下のフレーズは昔の記憶がおぼろげながら残っていました。問題は「タレヲカモシルヒトニセム」。全然頭に入って来ないのです。仕方ないので「鴨汁のタレを人にあげる」という言葉を充てて頭に叩き込みました。思えば歌人に対して随分失礼なことをしました。

そうして徐々に歌を覚えて行くにつれ、色々なことに気づきました。

まず百人一首は歌人がほぼ時系列で並んでいる、壮大な歴史物語だということ。大化の改新。藤原氏の台頭。やがて他家を振るい落とし、天皇家と血縁関係を結んで栄華を極めます。そして天皇家や武士団を巻き込んだ保元の乱。やがて貴族が没落、武士が勃興して鎌倉幕府が成立。その後承久の乱で終わる約600年間のまさに絵巻物だったのです。

また歌人の中には、天皇家はもちろんのこと、血縁関係が多いのも特徴です。例えば36番清原深養父(きよはらのふかやぶ)の孫が42番の清原元輔であり、またその娘が62番の清少納言といったように。特に、藤原氏は本流傍流と人間関係が実に複雑怪奇。

さらに、歌の背景で繰り広げられるエピソードも興味深いものがありました。例えば歌会で40番の平兼盛に負けた41番の壬生忠見は口惜しさのあまり衰弱死したという言い伝えがあるとか。思えば当時は、優秀な歌を集め、歌集に編纂することは立派な国家事業だったのですね。だからこそ宮廷内で競い合うように詠まれたわけです。

高校時代、百人一首は主に古典文法の教材として教えられました。やれ「けり」の品詞はどうだとか「ちはやぶる」とは「神」にかかる枕詞とか、「こそ」が付いたら係り結びになるとか・・・どうしてあんなにつまらない教え方になってしまったんでしょう。

確かにこれでもかと技巧を凝らした歌もあります。その素晴らしさは、古典文法を理解しないと分からないかもしれません。しかしこうして自分の心情を吐露し、花鳥風月や各地の名所旧跡などを織り込んで僅か三十一文字にまとめきって詠まれた和歌たちをもっと素直に、読み解くが大事だったのではないでしょうか。

中には自分の心情だけでない。例えば天皇が農民になってみたり、法師が愛しい男性を待つ若い女性になるなど、第三者の気持ちを想定して詠んだ歌も散見されます。また、自分では行ったことの無い土地を詠んでみたりと、歌人たちの想像力は、意外なほどの広がりを見せています。

先ほど紹介した34番の藤原興風の歌。老いて友がどんどん亡くなる孤独を詠んだとあります。そんなヒネくれた歌を詠む前に、自分の重ねた経験を後年に伝えるよう頑張れば、若い友人もどんどん出来て寂しくならないよと突っ込みたくなります。

いや、ひょっとすると興風は若者に人気があり「オキちゃん」などと慕われていたかもしれません。そして故郷の高砂(現在の兵庫県高砂市)にふと立ち寄った時に旧友の訃報を伝え聞き、日ごろ抑えていた心情を敢えて歌にして「へーあのオキちゃんがねえ」と言われたかもしれないのです。こうして自由に詠み手への想像を膨らますことはとても大事だと、今さらながら気づかされました。高校時代は、こんな授業はありませんでしたねえ。

文学的な位置付けに留まらず、美術的、歴史的、そして心理的な研究素材として素晴らしい百人一首。それを遊具として幼少から学べるようにした先人の知恵に感心せざるを得ません。やれ春は花見だ、秋は紅葉だと誰もがはしゃぐ。そして満月ならお月見、冬の露天風呂には雪見酒など、日本人のDNAの中には、古来からある美意識が脈々と引き継がれている。百人一首の貢献はとても大きなものだったのではないでしょうか。

学生時代、いやいや机に向かわされた辛い思い出ばかりの勉強も、大人になって見返してみて、全然違う魅力を再確認した次第です。百人一首を全部覚えろとは言いませんが、皆さんもお気に入りの歌を見付けてみてはいかがでしょうか。

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2018年9月29日 (土)

「ディスる」をちょっと考えた  

~ soji の今日もワクワク 243  ~

「大坂なおみ 全米オープンテニス優勝!!」

男女合わせて日本では、4大大会シングルでタイトルを獲得した初の快挙だそうです。にわかに盛り上がる中、私が着目したのは、彼女の名字「大坂」でした。

エッセイ仲間、さかもっちゃんと、とあるセミナーに出席した時のこと。30人ほどいる参加者が一人一人自己紹介することになりました。

「サカモト」と名乗る若い男性。まだ大学生だそうです。

「えーっと、サカモトのサカは、こざとへんのサカです。つちへんのサカは、土に反(かえ)るといって縁起が悪いので、こざとへんにしたそうです」

その後に回ってきたのが、我らがさかもっちゃん。

「えー、縁起の悪い方のサカモトです」

阪本君の言う理由で、明治維新後に大阪府が出来る際、「大坂」は「大阪」に変更されたとか。おそらく彼が得意にしていた自己紹介の決まり文句だったのでしょう。

さかもっちゃんの自己紹介で場内大爆笑。バツの悪そうな阪本君。まさか縁起の悪い坂本さんがいるとは思わなかったに違いありません。まだ大学生だからよかったものの、社会人だったら、大変なひんしゅくものです。

同じような失敗は私にもあります。

「sojiさんは、あまり白髪が目立たないですね」と言われ、

「おかげさまで。でもだいぶ薄くなっちゃって」

答えた瞬間、同席者の中に若ハゲの姿が。その方が私の言葉にカチンと来たかは定かではありません。しかしその後私は、実に居心地の悪い時間を過ごすこととなりました。

「ディスる」という言葉をよく耳にします。否定する、反対する、の意味ですが、最近は小ばかにする意味で使われることが多いようです。

漫才でボケに対するツッコミが、小ばかにしているように聞こえるせいか、普通の人でもディスっているような会話をよく聞くようになりました。

中には過剰反応をする人がいます。こちらに悪意がないにも関わらず、その言葉尻をとらえて怒る人。ディスられていると被害妄想的に考え、敵意をむき出しにする人です。

「今日は雨か。いやだなあ」⇒「雨の中で仕事をする俺をバカにしているのか」

「一時間に二本しか電車が無いのか」⇒「こんな田舎で悪かったね」

「もうこんな時間になっちゃった」⇒「すいませんね、仕事が遅くて」

ひどいのは、コンビニでの話。

「お箸をお付けしますか」⇒「俺に手で食えっていうのかよ」

ここまで来ると病んでいるようにしか思えません。まあ本当に心が弱っている時は、知らぬうちに世の中のみんなが自分をディスっている気になるものですが。

最近は特に、言葉には気を付けなければいけないと感じます。言葉には霊が宿る「言霊」があると、昔から言われてきました。ですからネガティブな言葉は出来るだけ使わない。無理をしてでもこじつけでもポジティブな言葉に置き換えるべきでしょう。

かの阪本君も、まず自己紹介の前に「坂本」さんがその場にいないか確認するべきでした。「坂」に対するディスりネタですから、もしいたとしたら、速やかに内容を変える。それが社会人のマナーです。大学生のうちに補正しないとトラブルのもとになりかねません。

私の場合も、身体的なことは、極力触れないようにすればよかったのです。「ハゲ」はもちろん、「デブ」「チビ」「ブス」などなど、ディスる言葉はまさに豊富。これらは封印すべきでしょう。

でももし言ってしまった場合は、このことは一切触れずに、別の話題で盛り上げるなど、フォローを心がけるべきでした。

「今日は雨か」⇒「のどに優しいんだよね」

「一時間に電車が二本か」⇒「待っている間ゆっくり考え事が出来るな」

「もうこんな時間」⇒「まずはここまではかどったことに感謝しよう」

コミュニケーションの中にネットの比重がますます増加している現在、しゃべり言葉はおろそかになりがち。それだけに、言葉選びは慎重にしないといけません。たとえ独り言でもネガティブなのは極力控え、ポジティブな言葉で置き換えるのを習慣にするべきです。

優勝した大坂なおみ(敬称略)のスピーチ。ネガティブな言葉は発しないよう、相当気を使っているのがこちらにも伝わって来ます。だからこその優勝でしょうか。

まだ二十歳でも、すごいことをやり遂げる人の言葉は味がありますね。若いからと言って失言は許されませんよ、阪本君!

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2018年8月30日 (木)

本来の姿、本来の味(3) 第三の価値

~ soji の今日もワクワク 242  ~

前回のエッセイにも書いたように、私は最近、出来るだけ醤油やドレッシングをかけないで食べています。

先日、家人と定食屋に入り、冷や奴を前にこの話をしたところ、興味深いことを言われました。

「醤油じゃなくて塩をかけても美味しいんじゃない?」

なるほど、私は醤油をかける、かけないのニ択で考えている中で、第三の選択肢を提示された訳です。

自販機の世界じゃコインは長方形  soji

最近詠んだ私の一句です。コインは大抵円形で、普通は表か裏を思い浮かべるものです。しかし長方形の側面もある。意外と気づかないが、自販機業界では常識なのだと。

コインの例にあるように、私たちはつい物事をニ択で考えがちです。

表か裏か。イエスかノーか。良いか悪いか、1か0か…しかし現実的にはスパッと割り切れないことが多い。実のところ、独りよがりに選択肢を2つに絞り、どちらか一方だけを選ばなくてはいけないと勝手に思い込んでいるのではないでしょうか。

身の回りを眺めて見ると、AでもBでもない、第三の価値を生み出した例を意外と数多く発見できます。例えば、

1.AにBを組合せる代わりにCを付ける。

上に挙げた冷や奴に醤油の組合せ。醤油の代わりに塩を付けてみる。その他、ラー油やオリーブオイルもいいかもしれません。「この組合せしかない」という既成概念を破った例です。

2.Aを選んだが、ちょっとだけBも付ける。

これの代表格は、半チャンラーメンでしょう。ラーメンにチャーハンも食べたいけど、2食分は多いしお金もかかる。そんなジレンマを解決した見事な例でしょう。

今は晴れているけど雨も心配。邪魔にならない傘はないのか。で、作られたのが折り畳み傘。そう考えると、全天候を想定した登山グッズはアイデアの宝庫かもしれません。

3.二者択一ではなく、AとBを組合わせて一つにしてしまう。

カレーうどんがいい例でしょうか。同じくカツカレーも。現在はそれぞれ立派な一品です。

また食事をするか、カードゲームをするか。どちらをとるかではなく組合わせて作ってしまったのがサンドイッチ。我がままを我慢するのではなく、両方いっぺんにかなえる方法はないか。そんな考え方も時にはいいかもしれませんね。

AにBを加えるのではなく、マイナスするのもまたありです。例えばノンアルコールビール。酒好きの私には、酔えないビールに何の意味があるだろうと思っていましたが、飲酒運転の罰則強化に伴い、一気に普及しました。現在では大きな市場になっています。

その先輩格がウーロン茶。お酒の弱いバーのホステスさんが、ウイスキーを飲んでいるように見えるから、との理由で爆発的に需要が伸びたのだとか。お酒は楽しく酔うもの、という既成概念を破り、楽しく飲めるお酒に見えて酔わなくて済むという第三の価値を生んだいい例だと思います。

「冷や奴」に塩で話が変な方向に膨らんでしまいました。塩や醤油といった調味料、よくよく字を見てみると、「味を調べる材料」とも読めます。これこそ調味料、本来の意味なのかもしれません(実際は、調べるではなく調(ととの)える、でしょうが)

第三の価値はいたるところにあるはずです。見慣れた日常の中に探していくだけで、ワクワクしては来ませんか。

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2018年7月30日 (月)

本来の姿、本来の味(2)

soji の今日もワクワク 241 

7月の3連休、ランチ時に都内を歩いた時のことです。

今年は6月末に梅雨が明けてしまい、その日も炎天下。少し歩くだけで汗びっしょりの暑さです。家人と入った洋食屋。そこで飲んだ味噌汁の美味しかったこと。「本当に体がこのしょっぱさを欲しがっていたんだね」と家人。私も同じ思いでした。

そうです。私はここで「体」という、もう一人の自分を発見したのです。目や口、手足など、自分が意識して動かすのとは別の体。例えば心臓や肝臓などの臓器。胃や腸の消化器。血管やリンパ管。疲れたからといって自分の意志では休ませられない。生きるために大切なものなのに、意外なほど無頓着。先日の洋食屋で、その「体」の声を聞いたような気がしたのでした。

前回は、人間の本来の姿を見るためには「裸にするよりも、その人の思考、嗜好に基づいた服や装飾品に判断材料を求めた方が確かな気がします」と書きました。それはあくまでも他人を判断するための考え方です。今回は自分の本来の姿に重点を置き、意識下で動くものとは別の体が大きく影響しているのでは。こんな仮説を立ててみました。

日本の平均寿命は、香港に次いで世界2位だそうです。男性は80.98歳。そして女性はなんと87.14歳。しかし支援や介護の要らない健康寿命は、男性で9年、女性で12年も短いんだとか。これが高齢社会となってしまった、現代日本の現実でしょう。寝たきり、要介護。人に迷惑をかけなければ生きられない。これが自分本来の姿とはなりたくないものです。

貝原益軒の「養生訓」には、長生きの秘訣が書かれています。その主たる内容が食べ物。医食同源の言葉があるように、食に注意することで、医者いらずの元気な体が作られるとか。その中で、体調が悪いと言ってすぐに薬や鍼灸に頼るな。旬の時に、旬の食べ物をよく味わって食べよ、とありました。

最近は私も、醤油やドレッシングをかけないで、食べ物本来の味を味わうように心がけています。といってもすぐに物足りなくなり醤油をつけますが、極力少なくしようと考えています。刺身の盛り合わせ。 魚の種類によって味わいが大きく違うものですね。これまで、全部醤油の味にしてしまったような気がします。それが刺身の美味しさだとも。

アジのたたきは醤油を付けないと、混ぜ込まれた刻みネギの辛味が途端に主張をし始めます。そして刺身のつま。これは何もつけないで食べると、ほんのりと大根の甘味が感じられます。 でも大体が無味無臭。シャキシャキとした歯触り感ばかり立ってきます。 そして気づいたのです。これは、別の刺身を味わう時に、口の中に残った魚の油を取り去るためにあるのではなかろうかと。 だからほとんど味がしないのだ。 私はわざわざ醤油に付けて食べていました。なにか、今さらながら気が付いた感じです。

現代人は、醤油やドレッシングをかけることで、塩分をはじめとした栄養分を過剰に摂りすぎるのではないでしょうか。それを私たちは無条件に美味しいと考えている。しかし消化器系の内臓たちは大忙し。何とか余分の栄養素は体外に排出しているけれど、さすがに疲弊してくる。そのうち排出しきれなくなり、毒素も含めて体内に蓄積されてしまう。すると調子が悪くなり、やがて何とか不全という病気になります。血管がつまったりしたら、すぐに死につながってしまう。一方で日本の医学は発達しているから、薬や手術で延命策が講じられます。そのあげくに、要支援、要介護。結果、生きているだけの不健康な老人が量産されるわけです。

日頃から病院のような食事をしろとは言いませんが、栄養素の過剰摂取は危険だと自覚するべきでしょう。食べ物本来の味は、 往々にして薄味。しかしその中に深い味わいがこめられています。 それを楽しめれば、将来不幸にも入院生活を送ることになったとしても、辛さを減らせるのではないでしょうか。「体」の声に出来るだけ耳を傾け、「体」が喜ぶ食べ物を摂取する。これが大事なことです。

自分を生かしてくれているのは、他ならぬ無意識下にある「体」です。決して敵対してはいけません。暴飲暴食などもってのほか。安易に薬やサプリに依存するのも避けたいですね。お迎えが来るその日まで、元気に動く「体」と共に過ごしていきたい。それを自分本来の姿としたいものです。

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