カラフルエッセイ  sojiの今日もワクワク

2017年8月 1日 (火)

インドの食文化を初体験

~ soji の今日もワクワク 229  ~

「カレーはスプーンより、素手で食べる方が美味い」

人気落語家、春風亭昇太がラジオで話していたコメントです。カレーにも造詣の深い昇太師匠、本場インドの食習慣通りに食べたところ、はまったそうです。毎日が初体験を継続中の私、早速トライすることにいたしました。

食卓に上った我が家のカレーライス。ご飯の上にかかったカレールー。横に福神漬けとラッキョウが乗っている、ごくごく定番のものです。スプーンを使わず手で食べようとしたのですが・・・無理、どうしても出来ませんでした。にぎり寿司は素手でつまめるけれど、ちらし寿司に指を突っ込む気にはなれない。そんなたとえで分かっていただけるでしょうか。

自宅のカレーライスを素手で食べるには抵抗がある。それじゃあ本場のインドカレーでチャレンジするしかありません。ネットで調べたところ、手で食べられる店を発見。早速行ってきました。

八重洲地下街にあるカレー専門店「エリックサウス」。平日の夜7時ごろに訪ねると、こじんまりとした店内はほとんど満席。一人だったので、運よくカウンターの端に通してもらえました。手で食べられるとネットで紹介されていましたが、誰もがスプーンで食べています。不安になり、店員に確認してみると大丈夫です、と。定番メニューを頼んでみました。水と一緒に出てきたのはフィンガーボール。もう後戻りはできません。

やがて出て来たのはお盆くらいの大皿。真ん中にぱさぱさしたタイ米のライス。その上にパパドと呼ばれるせんべい。横には黄色いサフランライス。そして4種の椀に入った4種類のカレールーとヨーグルト。

Imag0191










食べ方を教えてもらえると期待していましたが、店員は皆忙しく、誰も構ってくれません。しかたなく、スマホで映像を検索し、左手でスマホを眺めながら、トライしてみました。(https://www.youtube.com/watch?v=AcQKYxzVqcA)

カレールーは湯気がたっています。それをライスにかけて恐る恐る指を突っ込むと・・・熱いじゃあないですか。ガマンしながらワシワシと指でまぜていくと、いつの間にか熱さは消えました。一つまみして口に入れてみます・・・

実を言うと、味は良く覚えていないのです。なぜならば、3つの罪の意識に苛まれ、とても味わう気になれなかったからです。

まず一つ目は手づかみで食べること。カウンターの隣で食べていた女性二人組。私が手で食べ始めると、息を飲むように会話が止まりました。その後凍ったような空気が。私は恥ずかしくてとても横を見られませんでした。

二つ目。指でつまんだカレーは崩れてしまうため、口まで運ぶことができません。どうしても口から迎えに行くことになります。昔から行儀が悪いと言われた「犬食い」となってしまう。これがどうも良心をとがめるのです。

そして三つ目。インドでは左手は不浄の手。決して使ってはいけません。ですからコップの水を飲むのも右手。どうするかというとその都度フィンガーボールとおしぼりで手を洗ってからコップをつかむ。油までは落ちず、どうしても コップを 汚します。これがなかなか耐えられないのですね。

こうしたことは、実際に体験してみないと、決してわかりません。毎日は初体験活動は、実は大きなチャレンジ活動でもあるのです。

しかし、日本国内でインドと同じような食べ方が出来るとは思いませんでした。経済成長の著しいインド。これまで以上に多くのインド人がやってくる日も近いでしょう。その際、同席した食事で同じように手で食べられたら、きっと喜んでくれるに違いありません。

今度は仲間を募り、同じ店に行くことを予定しています。たった一人での私のチャレンジを、称えてくれた人たちです。皆でカレーを素手で食べるところを、他のお客に見せつけてやるつもり。あらためてインドの食文化を堪能してきます。

あ、スプーンと素手と、どちらが美味いか。これはまた別のところで実験してみます。大皿の中央にしゃもじでよく切ったライスを乗せ、同じルーをかけて食べ比べる。結果についてはしばらくお待ちを。

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2017年6月30日 (金)

嫌いなモノの魅力

~ soji の今日もワクワク 228 ~

私はピーマンが嫌いです。あの苦み、なぜ食卓に上るのか理解できません。出されれば食べますが、特別美味しいと思ったことはありません。

前回ご紹介した「毎日が初体験」活動。まずは今まで決して頼まないメニューを探すことです。よく行く立ち食いそば屋で見つけたピーマン天。今回は勇気を出して頼んでみました。

出されてびっくり。ピーマンが丸ごと、それも2個も乗っているではありませんか。私が知っているのは、タテに2つに切り、中のタネを取り出してからコロモをつけて揚げるもの。しかしこの店のは違ってました。

丸ごとですからおそらく揚げる前に湯がくのでしょう。タネの詰まった茎の付いた側からかぶりつくと、思ったよりも軟らかい。もちろんタネもそのままいただけました。味はというと、あの特有の苦みがありません。ほのかに感じるだけ。それほど不味くはないな、というのが第一印象でした。

毎日が初体験。他人に話すと関心を持って聞いてくれます。ピーマン天を初体験、と聞いて、何人もの人にイヤな顔をされました。どこでもピーマンは嫌われモノのようです。

丸ごと出て来た。タネまで食べられた。2個乗っていて380円で満腹感。そんな話をしていつも質問されるのは、

「それって美味しかったですか?」

さて、どうだっただろう。さほど苦みがない。意外と不味くは無かった。その程度の感想しか持たないことに気づきました。うーん、他人に伝えるには今一つインパクトにかけるな。で、再度食べに行ったのです。

今度は前回と違い、タネのある方とは逆の、先の方から食べてみました。するとどうでしょう。あの特有の苦さがきちんと広がるではありませんか。

「ん?」

気が付いたのは、苦みの奥にほのかな甘みを感じたこと。新鮮な野菜に共通する、あの甘さです。ピーマンの先から食べ進んで、最後はタネのある茎のまわり。前に食べたとおりほとんど味はありません。そのため特有の苦みをいい感じで緩和してくれて実にウマい。これが正しい食べ方か。ピーマンは、正しく食べるとこんなに美味しいモノなのか!!!

どんな野菜でも採れたては美味しいと聞きます。食べたピーマンは採れたてだったか分かりませんが、一番味の詰まったところから食べ進めると、実に美味しくいただけることを発見しました。

誰でも嫌いなモノはあります。嫌いだから食べない。美味しいからと言われても、かたくなに食べない。でも皆が皆、嫌いというわけではありません。好きな人がいるから世の中で生き残っているのです。そこには評価されるだけの魅力が必ずある。自分では理解できない。いや、しない。それだけです。

歳をとると考え方が固定化し、視野が狭くなります。だから頭もカタくなる。新しい発想が出なくなる。今まではそれで済んだかもしれませんが、これからはダイバーシティ(多様性)が求められる時代です。意固地では生きづらくなる。火を見るよりも明らかです。

自分が嫌いだからと言って、魅力がないとは言い切れません。むしろ自分の嫌いなモノの魅力を評価し、積極的に取り込もうとすることが重要ではないでしょうか。手垢の付いたたとえで恐縮ですが、幕末、日本の夜明けを目指すために、自分を捨てた土佐藩まで取り込もうとした坂本龍馬を思い出します。

閉塞感に満ちた現代。ひょっとすると、幕末のころに似ているかもしれません。

「小さなことに、こだわってたらいかんぜよ!」

毎日が初体験。これからも続けて行きます。

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2017年5月31日 (水)

毎日が初体験

~ soji の今日もワクワク 227 ~

先日、家人と中華料理屋に行ったときのことです。

そこのメニューは、16ページはあるカラー冊子。写真を見て料理を選ぶことが出来ます。いつものように注文した後、料理が来るまで何気なくメニューを見続けていました。ふと気が向いて、家人に尋ねました。

「この中で、頼みたくない料理はある?」

家人が答えます。

「これとこれ。とても辛そうだし。あとこれ。見るからに美味しくなさそう」

ああ、確かに。この写真では自分でも注文しないでしょう。

しかし、あらためて気づきました。自分たちは頼まないけれど、他に頼んでいる人がいる。だから立派にメニューに載っているんだと。

歳をとると、冒険を好まなくなります。行きつけの店、お気に入りの席、定番の料理。ファーストフードでさえ、無意識にいつもと同じメニューを頼んでいます。外食に限りません。朝起きてから夜寝床に入るまで、いつの間にかルーティンで行動している自分に気づきます。

いろいろな情報を収集し、自分なりに取捨選択した結果、最短で最善な行動をとる。それが生活の知恵であり、自分なりに蓄積してきた生きるノウハウです。「安住」と言っていいかもしれません。

でもそれは本当に最善でしょうか。すべての選択肢を試した結果、これ、と決めたことでしょうか。試すことさえせず、自分に合わないに違いない。そう勝手に決めつけてはいないでしょうか。

「あなたの初体験はいつですか」

女性に問いかけたら、セクハラで訴えるわよ、と凄まれそうです。いや、変な意味ではありません。しかし突然質問されると、はて、そう言えばいつだったかと首をかしげてしまうのではないでしょうか。

初体験は、考え方次第で毎日行うことが可能です。例えば日々歩くルートを敢えて違えてみる。初めて歩く路地、初めて見るマンションの表札、初めて見上げるビルの上層階のテナント・・・初体験の材料は、好奇心を持ち、新発見を心がければ日常にたくさん転がっています。ルーティンの中でも、例えば行きつけの店だけど日ごろ頼まないメニューを頼んだり、日ごろ使わない香辛料を使うだけでも立派な初体験です。

別に心がけなくても、毎日のように初対面の人と会うし、初めて行く得意先も多いよ。私も以前はそんな時代がありました。ところがあらためて考えてみると、自分が望んで会ったり訪問したりすることはほとんどありませんでした。あくまでも自らの意志で体験する。忙しくなると、そんなことを忘れてしまう。そしてあるとき、ふと流されている自分に気がついたりするのです。

「安住」の日常を否定する。無意識に拒絶する自分がいます。それは悪いことだと。

5月9日付毎日新聞の「万能川柳」で、こんな句が載っていました。

悪いこと していないのに 句ができぬ    東京 ひねのり

掲載では常連のひねのりさんも、こうした境地に陥るのかと、妙に感に入ってしまいました。今まで書いてきた流れでこの句に手を加えるとすれば、

良いことを してばかりでは 句ができぬ

と言えるかもしれません。句に句をぶつける。まさに「くにく」の作。ひねのりさん、申し訳ありません。

初体験は、心がざわつきます。いつもの通りやればいいのに。でもいつもの通りでは、たくさんの魅力を見過ごしているかもしれません。ですから私は、毎日手帳に初体験を書き留めるようにしました。時には大外しするかもしれませんが、これはご愛嬌。まずは続けて行こうと思っています。

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2017年4月30日 (日)

海へ還る

~ soji の今日もワクワク 226  ~

4月15日土曜日、藤沢に住む義母が亡くなりました。

肺炎からの心不全。入院してわずか一週間、あっという間に逝ってしまいました。あまりに突然だったので、本当の身内だけの葬儀となりました。

それだけではありません。残された人たちに出来るだけ負担をかけたくない。故人の希望を叶えるために、通夜も告別式もない。お坊さんを呼んでのお経も戒名も要らない。おまけに海へ散骨して欲しいと。

喪主となった義弟から、忙しかったら無理しないでとの申し出に、私は葬儀場でのお別れ会を失礼し、火葬場から同席しました。

待合室。義父。義母の兄、姉とお子さん。義弟夫婦に私と奥さん。そして義弟の奥様のご両親。10人ほどがテーブルをはさみ、持ち込んだお菓子やサンドイッチをつまみながらおしゃべりして過ごします。

義弟の奥様のお父さんがこんな話をし始めました。

「私は80を過ぎて、死について自分なりに考えるようになりましてね。ものの本によると人の死には2種類あるそうです。一つは肉体的な死。二つ目は皆の記憶から消えてしまう死、です」

それを聞いて、義弟の奥様がかみつきます。

「それじゃあ、歴史上の人物はどうなのよ」

「忘られないうちは死なないことになるね」

「そんなの変よ、変!」

いくつになっても娘は父に反抗的なのでしょうか。ちょっと微笑ましい、和やかな時間が流れて行きました。

4月20日木曜日、江の島は快晴。散骨葬の運営会社に言わせると、これ以上の天気はないとか。義父と義弟夫婦。そして私と奥さん。5人だけの一番シンプルなプランです。

青空に飛行機雲が3筋。遠くには富士山。観光客が嫌がるので喪服の参加はNG。パーカーを着こんだ5人には、悲しさは微塵もなく、むしろワクワク感が込み上げます。

沖に出るクルーザーの中で考えました。多くの人を招いての通夜や告別式。当たり前だと思っていたこれらの儀式は本当に必要だろうか。昨今は、散骨葬が増えていると聞きます。結婚、出産が減少し、将来、墓を守ってくれる子孫もない。「花」よりも、お金のかからない「実」を選ぶのは当然かもしれない。

それになかなか墓参りに行けないと悔やむより、海に出さえすれば故人を偲ぶことが出来る。死んだ後の自分にとっても遺族にとってもずっといいことではないだろうかと。

出発してから30分。ポイントに着いたようです。江の島のヨットハーバーが見える海上で、2㎜平方以下に粉砕された骨を5人が手分けをして海に撒きます。大きな粒は揺らめきながら沈んで行き、細かいのは白く水面に漂います。その後は花びらを撒いてあげます。義母の嫌いな菊の花は入っていません。

油絵が好きで、展覧会に出展するために入院の直前まで描いていた義母。全身全霊を傾けていたのでしょう。死に顔はかすかに笑っていたように思えました。

「安らかにお眠りください」

そう唱える私の後ろで、義弟が叫びます。

「じゃあねえ、お母さん。また来るよ~」

「人の記憶にある限り、死ぬことはない」その言葉を思い出し、私はちょっと恥ずかしくなりました。

「夢のお告げだって?ああ、気持ち悪い。いつまでもクヨクヨしていてはダメよ、sojiさん。私、暗いのは嫌いよ」

陸地に戻り、ふと義母の声が聞こえたようで私は沖を振り返りました。しかしそこには、春の日ざしを受けて、キラキラ光る水面があるだけでした。

江の島は、もうすぐお昼です。なんだかお腹が空きました。

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2017年3月25日 (土)

誰もが鑑定士 

~ soji の今日もワクワク 225  ~

sojiさんのエッセイを読み終えてしばらくしたら、「寒川神社の桜見」という神のお告げが聞こえたような……。

前々回の「夢でお会いしましょう」を読まれた、発想多彩ひろば運営者、さとうさんからメールをいただきました。不思議なことがあるものです(苦笑)。

そこで「岡田」ゆかりの地と、私が毎年訪れている江の島を合わせて巡るツアーを企画したところ、8人の申し込みがありました。

特にエッセイ仲間の坂もっちゃんからは、下見に行くならぜひ一緒に、と熱いメッセージが。ということで、去る土曜日に2人で行ってまいりました。

寒川神社を拝観してから「岡田」の交差点を経て歩くこと約40分。縄文時代の土器が多数発見された「岡田遺跡」にたどり着きます。

Photo

実は、この場所はツアーに入れるべきか迷っていたのです。大層な施設があるわけではなく、団地内の公園にプレートがポツンと立てられているだけ(下の写真、クリックすると拡大)。

Photo_10それでも私は、自分の遠い祖先たちがこの地で暮らしていたかと思うと、胸が熱くなりました。

その後江の島を下見し、ツアーの打上げ会場に設定した大船の居酒屋近くで2人。一杯やりながらの打合せです。見どころ満載の寒川神社と江の島に絞るため、岡田遺跡を割愛したい。

そう言う私に対し、日頃温厚な坂もっちゃんがその日は珍しく、強硬に異を唱えます。議論の末、私が折れたのはこの一言で した。

「誰も訪れない所に行って、その魅力を見つけ出すのが発想多彩ツアーの醍醐味ではないか」

もともとこのツアー、昨年末に私が見た夢から始まっています 。たわいもない話が広がり、結果的に何人もの人が自分も見てみたいと声をかけてくれました。しかし現実は、長々と歩かされたあげく、たどり着いたのはこんな所かと落胆させるようで、私はとても申し訳なく思ったのです。

それなのに、坂もっちゃんは楽しいと言ってくれました。遺跡、史跡の類はたいてい、昔日の面影もなく、現在ではたわいもないもの。

しかしたわいもない風景の中から自分なりに当時のイメージを広げる。遊んでみる。それが楽しいのだと。だから皆にも見せる価値があるのだと。

なるほど。人の発想は十人十色。いろいろな見方があるものだなあと、つくづく思いました。

東京12チャンネル「開運!なんでも鑑定団」。たまにしか観られませんが、私はこの番組が好きです。

陶器や掛け軸などの骨董。絵画、彫刻などの美術品。ブリキ玩具や スポーツグッズなどなど・・・プロの鑑定士に見てもらい、鑑定額を発表。

入手した金額と大きく違って歓喜に沸く者。がっくりと肩を落とす者。依頼者の表情はさまざまですが、いずれも人間臭く、観ていて飽きません。

父からの遺品が思わぬ高額で査定され、これを売って温泉に行きたいとはしゃぐ子供たちの姿も。父が大切にしていた遺品も、子供たちにとっては温泉旅行の方が勝ってしまうのですね。

貴重なものはもちろん、そうでないものにも価値を見出す人がいる。その理由を聞き理解することで、新しい発見がある。自分の価値観が広がります。

多士済々。いろいろな人がいます。自分と違う価値観を持っている他人は皆、鑑定士です。歳をとるとどうしても、気の合う仲間やYESマンをまわりに置きたくなる。しかし時には異を唱える人も必要です。それが、自分にとっての大切な鑑定士となるからです。

今回のツアー。私は、様々な鑑定士に出会いたいと思っております。

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2017年2月28日 (火)

アイしていると言ってくれ

~ soji の今日もワクワク 224  ~

スマホが熱くなってしまいました。

ショップでみてもらうと、バッテリーがへたっている。保険を使えば、機種は同じで新機に交換できるとのこと。自宅まで直送してくれるそうです。データの引継ぎはと尋ねると、マニュアルが同梱されているから大丈夫、とニコニコ顔で言われました。

送られてきたマニュアル。工程ごとにスマホの画面が掲載され、分かり易く説明が書かれています。これなら出来そうだ。ところが・・・

マニュアルにあるアイコンを探しても自分のスマホにありません。仕方ない。 同じようなアイコンをタップして進めてみると・・・ EメールとLINEが起動しないではありませんか。まずい 。非常にまずい。このまま我流で進めると大事なデータまで消しかねません。翌朝、あわててショップに駆け込みました。

対応してくれた女性は30代くらいの美人。にもかかわらず能面のようにニコリともしません。マニュアルのプリントアウトを指しながら、これをしてください。次はこうしてくださいと、指示だけ出してきます。作業は基本的にお客様自身でやれ、と言うのでしょう。

LINEは、登録した宛先情報だけ引き継ぐのと、トーク内容まで引き継ぐのとではやり方が違います。セキュリティ上、2台以上では使えないように設定 されている。失敗するとデータ全体が消去されてしまうとのこと。 なるほど、だから店側ではやらないのか。

引継ぐためのデータのバックアップ。

「ファイルコマンダーというアイコンを探してタップしてください 」

探しても見つからないと言うと、ちょっと見せてくださいとスマホを取り上げます。マニュアルを見比べてしばらく探した結果、

「このファイルマネージャーに同じ機能がありますので、こちらでやってください」と。

こりゃあ、マニュアルをみてお客様自身でやれ、とは酷と言うもの。こうしたクレームは随分あるのでしょう。能面の理由が分かって来ました。

旧機と新機。何度もカードを差し替えながら、格闘すること一時間以上。閉口するのは随所にパスワードを要求されること。購入時に設定したでしょうと言われ、何とか思い出しましたが、忘れてしまったらどうなっていたか。朝一番のお客さんが少ない時間で本当に良かった。混雑する時間帯ではこうはいきません。

隣りから別のお客さんの声が聞こえます。「誰の名義で契約したのか分からない」「契約内容を忘れてしまった」「 こんな費用がかかっていたのか」 聞くとはなしに聞いていると、相談内容は基礎の基礎ばかり。よくもそんな理解度で毎月通信費を払っていましたね。ショップの思いが手に取るようです。

最近話題になっているAI(人工知能)。将来、接客業務の多くが AIに置き換わると言われています。スマホの応対は真っ先に機械化したい。店側では絶対に思っているはずです。私たち客側も、表情を押し殺した能面応対は望んでいません。

スマホの契約はもちろん、ネットバンキングにトレーディング、SNS・・・ いつの間にか膨大な量になってしまったパスワード。おまけにそれらは定期的に変更しろと言ってきます。とても覚えきれるものではありません。ID、パスワードの管理こそ、AIはお手のものだろうに。

そんな中、さる通販会社がスマホの販売を始めたと聞きました。本体の値段に通信費を加えても月千円代。機能も現在の私のものと比べて遜色ありません。驚いたのは契約の手続きのために自宅まで来てくれるとか。 思わず飛びつきそうになりました。しかし。なぜこんなに安いのでしょうか。そこには、綿密な計算が通販会社にあるはずです。

何でもハイハイと応対してくれる。その一方で知らぬ間にパスワード など、大事な情報を吸い上げ、他社に移れなくしてしまうのではないか。そう勘繰ってしまったのは私だけでしょうか。

店の都合ではなく、お客様の身になって考える。 応対は優しくも決して迎合せず、時にはダメです、とはっきり叱る。それでも感謝される。そうなるためには、お客様への愛情が不可欠だと思うのです。

今後のAI。便利になるのは歓迎ですが、果たしてこうした愛情を持って接してくれるでしょうか。愛の無いAIだけには、なって欲しくない。そう私は、切に願っているのです。

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2017年2月 1日 (水)

夢でお会いしましょう

~ soji の今日もワクワク 223  ~

映画「君の名は。」を1月2日に観て来ました。

夢の中で男女が入れ替わる。時空や生死を超えた壮大なストーリー。愛の切なさに、多くの人が涙したと思います。が、私はちょっと違う目線で観ていました。というのも、年が変わる前後数日間で不思議な体験をしたからです。

12月29日の朝、私は夢を見ました。誰かと必死に駅を目指しています。着く前に目が覚めてしまいました。しかし不思議と駅の名前を覚えていたのです。

「香川駅」

四国だろうか。しかし香川県の県庁所在地は高松です。調べると「香川駅」はJR相模線。茅ヶ崎駅から2つ目になんと実在していたのです。大晦日から元旦にかけて奥さんの実家、藤沢に行くのが我が家の恒例。江の島で初日の出を拝み、神社で初詣した後、奥さんと別れ一人、香川駅を目指したのでした。

2017年元旦は、穏やかな晴天。香川駅は住宅街にある、何の変哲もない駅でした。時間はまだ午前11時。駅から少し歩くと空き地の向こうに美しい富士山の姿が見えます。このまま帰っても勿体ない。せっかくだから神奈川県下で有名な寒川神社に寄って行こう。本来なら香川駅の次、寒川駅から歩くのですが、折からのポカポカ陽気。電車には乗らず、香川駅から歩くことにしました。

そろそろ寒川駅に差しかかろうという所で、私はとある交差点を発見しました。信号の上に私の苗字「岡田」の表記。その瞬間、私は昔、栃木で会った岡田さんの話を思い出したのです。この姓は全国各所に発祥の地がある。神奈川県寒川町にある岡田もその一つだと。確かめてみたいと思いながらそのままになっていました。本当にたまたま、この地を訪れることになったわけです。

Photo_14位置的に、香川駅から寒川神社に向かって来ないとこの交差点には出会えません。まるで祖先が私を呼んでいるのではないか。私は実に不思議な気持ちになりました。

奥さんの実家に戻ると、話を聞いていたらしく、義父母が声をかけてきました。

「sojiさんは夢のお告げで茅ケ崎の方まで行ったらしいわよ」

「sojiさんの家では神棚でも祀っているのかい」

ほとんど、からかっているようです。まあ無理もありません。私は自分の感じたことを話さず、特に何もなかったと言葉を濁しました。

夕方、窓の外が赤く染まって来ました。この時間は夕日がきれいだという義母の話を受けて、片瀬山の辺りを散策してみました。いいスポットに巡り合えないまま、日は沈み夕闇が迫って来ます。いわゆるたそがれ時です。おそらく明日も晴れるだろう。私の住む和光市に帰ったら、夕日が見られるスポットを探してみよう。

そして翌日観たのが「君の名は。」です。冒頭「たそがれ」は「誰そ彼」と女性教師が説明する授業風景。私は年末から元旦にかけての偶然とオーバーラップしながら、この映画に観入ったのでした。

大災害で、多くの町民と共に亡くなったとされる女性を求めて旅をする男性。やがて再び女性の体に憑依した男性は気づかされます。自分たちが夢の中で入れ替わったのは、前世からのつながり。避難せよとの祖先からのメッセージだったと。

町民を誘導するのは難しく、特に大人は誰も災害が起こることを信じようとはしません。私も義父母の対応を思い出しながらやきもきしてきます。やがて業を煮やした主人公たちは、大人も思いつかない思い切った手段を講じることに・・・

この先のストーリーはまさに青春讃歌そのもの、一気に大団円に突き進みます。正直、私には主人公たちのような若いパワーを羨ましいというよりは、もっと現実的に行動するだろうなと思って観てました。悲しいかな、私も大人の一人ですから。

映画を観終わり、車を走らせました。事前に調べておいた、和光市と戸田市の間に架かる幸魂(さちたま)大橋。そこから見る、映画のワンシーンのような美しい夕日。沈みゆく富士山の裾野。気が付けばこちらは、寒川町岡田のある方角ではありませんか。これもまた、単なる偶然でしょうか。

Photo_9以来、私は枕元にメモ帳を置いて、見た夢を書き留めるようにしています。朝、大体トイレに行きたくて目が覚めるのですが、用を足しているうちに夢の記憶はどんどん消えてしまいます。本当にそれは、映画の中で男女の姿が消えて離れ離れになっていくようです。

起き抜けの時。それは夜明け前、うっすらと窓の外が明るくなり始めた時です。「たそがれ」と同様、祖先の姿を見られるわずかな瞬間ではなかろうかと、私は思うのです。

メモがたまって来ました。あらためて見ると、起き抜けは観た夢で軽く興奮しているのに、たわいのないものばかり。まどから差し込むわずかな明かりですぐに書き留めないと、ほとんどは忘却の彼方に飛んで行ってしまいます。

そう言えばずっと気になっていることがあります。年末、一緒に香川駅を目指していたのはいったい誰だったのでしょう。女性のような気がして、このごろ、床に就くたびにこうつぶやくのです。

「夢でまた、お会いしましょう」と。

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2016年12月31日 (土)

立ち飲み屋からふるさと歴史散歩へ

~ soji の今日もワクワク 222  ~

明けまして おめでとう ございます

昨年から行き始めた立ち飲み屋。都営三田線、板橋区役所前駅のそばにあります。そこで聞いた、常連さんの話。

その方、30年ほど前には、練馬中学校の正門近くに住んでいたとのこと。実は私、この中学校の出身ですと話すと、とても驚きながら、

「じゃあ、近くの神社に服部半蔵の墓があることを知ってます?」

それが練馬区の高松にあると聞いて、今度は私が驚きました。私は18歳までそこに住んでいたからです。しかし全然聞いたことがありません。

「服部半蔵って、12人もいるという話、知ってました?」

大河ドラマ「真田丸」にも登場した服部半蔵。いくら忍者とはいえ、分身の術を使ったわけではありません。伊賀忍者の頭領だった「服部半蔵」の名は代々受け継がれたそうで、徳川家康の伊賀越えを助けたのは2代目。その功績から江戸入府の際、武蔵の国の橋戸村と白子村を領地として賜ったとのこと。橋戸村とは現在の練馬区大泉。関越練馬インターから東北部一帯がそうだったようです。

さらに調べて行くと、練馬区の高松にあるのは正式には墓ではなく、何代目かの服部半蔵が高松寺(こうしょうじ)に寄贈した阿吽の仁王像。これが御嶽神社の境内に現存しているのだとか。高松寺は明治の時代に廃寺になったため、こちらに移転されたそうです。高松寺は御嶽神社から北に150mほど行ったところにあったのだと。

なぜこの常連さんがこれほど詳しいかというと、以前練馬区史の編纂を手伝ったそうで、実際取材して文章まで書かれたそうです。

ということで私、12月の3連休に行ってみました。大江戸線、練馬春日町駅を下車。ここから徒歩10分ほどでしょうか。私が通った練馬中学校もすぐそばにあります。当時は大江戸線は開通していません。ですから景色は私の思い出と大きく変わっていました。しかし歩くにつれ、そこかしこで記憶がよみがえります。

富士街道を西に向かい、右手にさかえ幼稚園を過ぎてしばらく歩いてから信号を左折。3分ほど歩くと高松小学校に到着します。この学校も私の母校。実に45年ぶりに訪れました。御嶽神社は小学校正門から1分ほど。私が通学ていたころと驚くほど変わっていません。

鳥居をくぐってすぐ左に仁王像は並んで立っていました。まさか服部半蔵ゆかりの像とは。今の今まで気が付きませんでした。まあ練馬区の教育委員会がプレートを設置したのが平成になってからですから無理もないことでしょう。(御嶽神社の映像を紹介しているHPがあるので、こちらをご覧ください

御嶽神社の周辺には昔、随所に広がっていたキャベツ畑が、わずかながら残っていました。少しずつ当時の記憶がよみがえります。そう言えば、来るときに見てきたさかえ幼稚園。そこは昔、墓地でした。整地し幼稚園が建設されたとき、お墓の上に建つなんて気味が悪いと子供心に思ったものです。ひょっとすると、このあたりが高松寺の跡地だったのではないでしょうか。それほど唐突に墓地があったのです。

もうひとつの白子村。この村は、現在の埼玉県和光市白子。そう、私が今住んでいる場所です。(郷土愛 ふたたび ~sojiの今日もワクワク207~を参照のこと)私はなんと生まれてから現在までの大半、服部半蔵が家康から賜った領地内に住んでいたのです。

和光市白子は「シラコ」。一方、苦難の末伊賀越えを果たし、伊勢の国から海路、三河まで舟を出し、家康を見送ってあげたのが、現在の三重県鈴鹿市の白子浜。こちらは「シロコ」。半蔵は領地を賜る際、伊賀越えを思い出して白子村を所望したのでしょうか。そんな記録は残っていませんが、実にロマンあふれる話ではありませんか。

「また練馬の話で盛り上がりましょう」

と常連さん。こんな偶然の出会いも楽しいものですね。今度はぜひ、鈴鹿市の白子浜に行ってみたいと思います。

今年もまた、私のつたない文章で盛り上がってくだされば幸いです。

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2016年12月 1日 (木)

“コメント” 宣言

~ soji の今日もワクワク 221  ~

おさむさん 「~ おさむの鳥の目~」200回の連載、おめでとうございます。何も言及されなかったので、 私から勝手にお祝いのメッセージを贈らせていただきます。

それにしてもこれまで続けて来られた、おさむさんの動機は何だったのでしょう。

ちなみに私の動機といえば、この発想多彩ひろばを運営している、さとうさんのコメントです。投稿するたび、一言返してくださる。それが嬉しいのです。

さとうさんのコメントを直接、ここに記載するわけにはいきませんので、例えば前回のおさむさんのエッセイに、こんな風だったのではと推測し、私が書かせていただきます。

「おさむさん、今回も原稿をありがとうございます。
『一万年の旅路』には、そこに至る十万年の口承があったのですね。アメリカの北東部に生息していた祖先が、アジア、そして遠くアフリカからやってきたことを、途切れさせず伝えてきた。驚きです。それもこれも一族の「長(おさ)びと」のおかげですね。先住民との諍いは、現代の移民難民問題をほうふつさせます。当時の知恵は現代でも通用しそうです。私たちも、後世に対してよき「長(おさ)びと」になれるよう、まだまだがんばりましょうね」

執筆への慰労と的確な感想をコンパクトな文章量にまとめる。なかなか難しいです。上記の文章は、あくまでも私が勝手に書きました。さとうさん、御免なさい。

私の場合、時として自分が伝えたかったテーマとは違うポイントを指摘されたりします。こんなところを面白がってくれたのかと驚いたり。とにかく書いた内容に反応していただけるのがとても嬉しいのです。

もともとこのエッセイの執筆は、さとうさんが唱える「はじめの一歩」として何をするか、について、私が何気なく「月に一回エッセイを書く」と声明したのがきっかけです。その後、発想多彩クラブの機関紙に掲載してくださることになり、それが紙からメールマガジン、そしてブログへと形を変えて行きました。いつの間にか賛同者が増えて、今日では4名が毎月1本、欠かさずに投稿しています。きっと他の方も、さとうさんのコメントが楽しみなのではないでしょうか。

先日、同じような機関誌を出している方から、よかったら原稿を書いてくれないかと話があり、投稿したことがあります。ところが、文字や掲載する写真の確認だけで、書いた内容には一切触れなかったので、次回を書く気になれず、掲載は一回だけでそのままストップしてしまいました。あらためて自分の文章に対し、何かしらの評価をしてくださる重要性を痛感しました。

まあいろいろと書いてきましたが、月一回のエッセイを書くぞと、最初に誓約した張本人として、今回はこんな声明をいたします。

「他の3名のエッセイに対して、毎回コメントする」

このブログ、コメント機能が付いていたことにあらためて気が付きました。たまに書かせていただきましたが、今にして思います。なぜもっと活用しなかっただろうかと。

本文の執筆もさることながら、他の人へのコメントもまた難しいと思います。でも誰かが読んでいる。毎月楽しみにしてくれている。エールを送るのも大切なことかと。ですので、次回のわさくさんの作品から、コメントを書かせていただくことをここに宣言いたします。

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2016年10月30日 (日)

詐欺師の矜持(きょうじ)

~ soji の今日もワクワク 220  ~

「重要通知」

のタイトルで、私のスマホにメールが届きました。9月28日のことです。

「ますますご清祥のこととお喜び申し上げます」とかなりあらたまった書き出し。「還元金支給対象者に選定させていただいたので、詳細はこのURLをクリックし、お客様ページをご覧ください」ときわめて事務的に書かれています。深く考えずにアクセスしたところ、このような内容でした。

インターネットを利用されている方から毎年、プロバイダーやEC業者の利益を還元する対象者を選んでいる。数千万人の中からあなたが選ばれた。速やかに還元金を振り込むので、指定銀行と口座番号を教えて欲しいと。

その金額はなんと、8,750万円!!

合わせて何やらもっともらしい許可証と、担当者と称する佐藤さんのOL然とした画像が添付されていました。そして手続きの期限は9月28日。そう、今日中とのこと。だからぜひお急ぎくださいと。

まさにいかがわしい。典型的な振り込め詐欺のメールです。通常なら直ぐに削除するのですが、ふと気が向いて止めました。大抵の迷惑メールは若い女性の成りすましなどエッチ系が多い中、文章がキチンとしており、夢を見せてくれるような不思議な魅力を感じたからです。2時間後、今度は担当の佐藤さんからメールが。迷惑メールと誤解されてはいけないと思い、確認のため再度ご案内を差し上げたのだと。

その後夜の9時まで、2時間おきにメールが来るようになりました。それも都度違う文面で。翌日、さすがに期限切れと思いきや期限を延ばしたと。このチャンスを逃すな。手数料はかからないから。手続きは直ぐ終わる。日が代わっても佐藤さんのメッセージは続きます。私の権限ではもう延ばせない。すると今度は上司と称する人が出てきて佐藤の言うことを聞いてくれと。これが連日朝の8時から夜の9時まで2時間おきにキッチリと来るのです。こんな大金、まずは手に出来ないのになぜほおっておくのかと。

メールのアドレスを確認すると毎回違う。これではフィルターがかけられません。よく考えられているではありませんか。

企画力はともかく、文章力、継続力、どれも大したものです。「重要通知 迷惑メール」でネットで検索するとこうした事例は直ぐに出て来ます。バレバレなのに、なぜ正しい方向にこれらの能力を使わないのでしょうか。その本心が垣間見られる文面が、メールの中にありました。曰く、これだけの大金があれば“どれい生活”から抜け出せると。(「どれい」のひらがな表記は原文のまま。“”は、当方で加筆)

真面目にコツコツと働くのはバカバカしい。人を出し抜いても一攫千金を狙うのが俺たちのやり方だ。このように考えているのかもしれません。それだけではない。一向に景気回復の兆しが見えない今の日本。国民は積極的な消費を行わない。だから俺たちが欲の皮の突っ張った小金持ちから金を引き出して流通させる。俺たちは世の中のためにやっているんだ。そんな矜持を持っていると思えてなりません。

電子マネーや I o T、フィンテック…技術の発達で、これから新しいビジネスがますます生まれてくることでしょう。しかしどんな形でも、人を不幸にしてはならないという倫理観を、ブレさせてはダメだと、強く思います。

この迷惑メール、届いても開かずに2日ほどほおっておいたら、ようやく来なくなりました。もしこの還元金に興味があるという方、私にメールアドレスと銀行名、口座番号を教えていただければ代わって手続きをしてあげますよ。フフフ。

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