カラフルエッセイ むーたの「今日も吉日」

2015年6月18日 (木)

オワッ、蜂の巣!

~ むーたの「今日も吉日」 23 ~

この季節、植物はグングン伸びて成長し、樹木も緑が濃くなっていく、とても活発な時期です。我が家の菜園でも夏野菜がどんどんとれてきて、食べきれない状態になったりします。

けれども、この季節は困ることも多数。野生のハクビシンが跋扈(ばっこ)したり、昆虫の大発生が起きたり、なかなか安心できません。

先日、家の扉を開閉していたら、突然、蜂がブーンと飛んできました。黒い帽子を被っていたら、そこに向かってポンポンとぶつかってくる。刺されたら、危ない! 慌てて現場を退避します。

しばらくして、先ほどの蜂を忘れてまた扉を開けようとすると、今度は2,3匹の蜂が襲ってきました。あれっ、もしかすると・・・・・

見ると扉のすぐ上に、スズメバチと思われる蜂がたくさんたむろしています。そのうちの何匹かは着々と「自分たちの城作り」をしているではありませんか。「あっ今は、巣作りの時期なんだ!」

帽子に蜂がぶつかってきたのも、よくわかります。スズメバチは黒いものが大嫌い。警報的な動きも含め、黒いものを攻撃するのです。巣作りを観察していたら、巣はグングン大きくなっていきます。これは、まずいことになりそうです。

興奮した蜂に襲われると、アナフィラキシー・ショックと言われて死者も出るような事故も起きかねません。少しでも早い行動が、問題拡大を防ぐことになります。さあ、対策を打たなくては。

夜、遅い時間になってから行動開始です。蜂は夜間に飛ぶことがほとんど無い生き物。相手が見えないうちに「強力スプレー」を巣に吹きかけて、動きを止めます。スプレーの中身は、昆虫に効く麻酔薬のようなもの。巣から離れたところから満遍なく吹き付け、中にいる蜂を麻痺させます。

その日のうちに巣を叩き落とし、ここまでの蜂の努力を無かったことにします。頭上にあった時は、随分大きく見えたのに、地面に落としてしまうと小さく見えます。モノって見方・見え方で大きく変わります。

細かいけれど大変なのは、そこから。蜂の巣の残骸が付いていると「再チャレンジ」をする蜂が現れると言います。きれいにしておかなくては、いけません。

また、蜂は同じ時期に一斉に巣を作ります。見回りをしておかないと、後フォローが大仕事になる可能性があります。具体的には「他の軒などに巣ができていないか」を、丁寧に観察します。

少し前ならば「強力スプレー」などもなかったので、蜂の巣のギリギリそばまで行って防虫スプレーを吹きかけていたと思います。さらに前だと、「蜂の巣を直接にビニール袋に取り込む」ようなやり方を記憶しています。

ちょっとした道具と経験で、困ったことも軽減しています。

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2015年3月16日 (月)

わたしのお店

~ むーたの「今日も吉日」 22 ~

ちょっと嬉しい「うどん屋」を見つけてしまいました。

多摩地区は、昔に水利が悪かったこともあり、米作りよりも麦作りが盛んでした。そのために「地元流」のうどん屋さんが何軒かありますし、チェーン店もあります。「武蔵野うどん」などと言われ、濃いめの味付けと腰の強い麺が特徴です。

その店のうどんは、適度に腰のある滑らかなもので、頼むとキリッとしたそばも出てきます。地域特有の「肉汁うどん」などもありますが、少し甘めの汁がベースになっていて、くせがありません。また、出てくるメニューには、パリッと揚がった天ぷらや手作りの副菜が付いてきます。

さて、この「うどん屋」一番の特徴は、その所在地です。場所は、駅から離れた住宅地の中の一角。お店の構えではなくて、完全に個人の住宅です。やっているときは「のぼり」が一本立っているのですが、やっていない時は、住宅地の中の一軒に過ぎません。

開いているのは週に3回だけ、昼時のみの営業です。入口は住宅の玄関で、上がる時に応接用スリッパに履き替えて入ります。座席は広めのリビング、厨房は広めの台所という具合です。

お店をやっているのは、定年退職をされたご主人と、その家族の皆さん。値段も高くなく、対応もアットホーム。お客さんは常連の方ばかりで、多人数で伺うとさらりと移動して広い場所を空けてくれます。

のんびりと話をしながら食べていると、「お店で食べている」という感じはなくなり、「ご近所のお宅で、お昼をごちそうになっている」という感覚にするりと変わります。

お店は近隣市の市民講座の講師をしていて紹介を頂いたものですが、毎週通っていたら、自分も「常連」の仲間入りをした気持ちになってきました。

この気持ち、すごく小さな幸せですが、「一期一会」って言葉を思い出します。因みに、このお店の名前、未だに私は知りません。

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2015年2月16日 (月)

ちょっと良い感じ

~ むーたの「今日も吉日」 21 ~

つい先日、近隣市の「シルバー大学」で講師をしてきました。内容は「いつもの話し合いを、今より少し良くする」というもの。

時間が2時間と短いのですが、体験型のワークを中心にして、講義はちょびっと・・・という構成で進めました。

40人近い人数のためか、席替えをわかり易く指示しても、聞いていない方が出ます。いきなり「君の指示の仕方が悪いから、こうなるんだ」などと言われます。

ひゃー、今日は大変だ・・・と思いながら、何とか着席して頂き、フセンを使ったワークを開始しました。

「うまくいかなかった話し合いの状態」を書いてもらい、抽象化したあとで「良くない状態を、少し改善するための話し合いのルール」を考えていくというものです。

最初は予想以上にバタバタ。「お金」と書いて終わりの方がいます。「このフセンは、どんな状況を言われているのですか?」と聞いていくと「話し合った結果を実現しようとすると、お金がかかる。お金がないから話し合いがうまくいかない」と言われます。

もう少し伺っていると、「使える費用が限定的なことが、わかっていない方がいて困る」という意味でした。「なるほど、これは前提条件が共有できていない」という状態のことですね、となってようやく落着。

「誰かが悪い、何かが悪い」ということを「どういう状況なのか」という形に直していくことで、少しだけとまってきました。

この後の「ルール検討」では、「少しだけ、今よりも状況を良くするためのルール」を考えてもらい、何とか講座は終了です。

終わって、ぐったりしていたのですが、参加した方々から「これまでの講座で一番役に立った」「話し合いを少し変えることができそうな気がする」などという嬉しい言葉の数々。

「歯が立たない方がいるなあ」と思っていたのが、講座終了時には様子が大きく変化。うーん、少し自信回復かも知れない。

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2014年12月16日 (火)

パワーの違いか? 前傾姿勢はどこから来るのか?

~ むーたの「今日も吉日」 20 ~

最近、様々なところで「中堅の」女性陣と一緒の活動を行うことがあります。年代から言うとアラフィフかな?という感じですが、正確な年齢は良くわかりません。「世代論」などは嫌いな考え方なのですが、これらの「層」の方々に、パワーをもらえることが多いんです。

諸活動をやっていると「ここから先は、尻つぼみになるのだろうな」とか「形を作るのは私が(“男が”という意識かも知れません)片づけないといけないのだろうな」などと考えるケースが良くあります。

まあ、義務教育や高等教育の段階でも、「委員長は男性、副委員長が女性」などという形式が多かったことも影響しているような気がします。

ところが、最近は少し様相が違うんです。「わかり難いんで、整理をしたものを作りました」とか、「このままだと、次のステップに進まないので、アクション案を考えました」などと、女性陣が前に出てくるんです。

最初は、「この人、少し変わり者なのかな?」とか「このグループは、特殊だからかな?」などと思っていたのですが、そうでもない。

この世代の男性と話をしていると、「私自身のプロテクトのため」とか「モチベーションが上がらないから」など、「お前は中学生か?」などと言いたくなるような消極性や守りの姿勢にガッカリすることが多いのです。

「仕事は与えられるもの」という意識も強く、強いリーダーシップが無いと動かない。「手順が不明確なので、放置していました」などと言い訳が多くを占めるケースもあります。

この男性陣と色彩が違う「前傾姿勢の女性たち」に、いろいろと話を聞いてみました。すると、「変えなきゃいけない」「動かなきゃいけない」「自分がやろう」という意識が違うレベルにある。

男性は「危機意識」「役割・責任」などを煽られないと動かない人が多い気がするのですが、そうした「煽り」「扇動」などが無くても、進もうとする。

この国は、滑り落ちて行ってしまうのだろうなあ-などと感じてきたのですが、違うのかもしれない。

少しずつ私の見方も変わってきました。ちょっと、これからの社会でも、楽しみなことがあるかな?

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2014年11月16日 (日)

気づいていない幸せ

~ むーたの「今日も吉日」 19 ~

幸せかどうかって、比べる対象で決まると言います。成功している人と比べると自分の不幸を呪ったりするのに、失敗している人や困っている人を見ても自分を幸せと思わない。そんなところが「幸せ度の低さ」に繋がるのかも知れません。

つい先日、すごく小市民的ではあるのですが、「今って、幸せなんだな」と感じることがありました。

料理をすることが好きなので、自前でスープを煮込んでラーメンを作ったりすることがあります。けれども、最近は「新世代型ラーメン」が製品化されていて、自作より美味しかったりするんです。「新世代型」というのは、麺がノンフライタイプで生麺のようなモッチリした食感があるタイプで、ここ3年くらいで急に増えてきたもの。即席麺の中で、少しだけ高級?なタイプです。

代表的なものが「日清食品のラ王」「東洋水産のマルちゃん正麺」「サンヨー食品の頂」といったもので、コンビニなどでは1袋100円くらいですが、まとめ買いをうまくすると60円くらいで買うことができます。ラーメンを作る際は、こうした「新世代型」を作って食べる機会が多く、「これが普通のラーメン」という感触で過ごしていました。

ついこの間、あるスーパーで「チャルメラ」というCMでも有名な、かつての名品が割安に売られていました。「昔、これが好きで良く作ったよなあ」と思い、喜々として購入し、早速つくってみたんです。

驚きました。
全然、美味しくない。いつものラ王やマルちゃんと全くの「別物」です。「全部食べるのが辛いなあ」と思ったの、久しぶりです。

「なんで?」
麺がのびているわけでは無いし、具に入れているものが悪いわけでもない。考えてみたら「新世代型の即席ラーメン」が標準になっている自分に気づきました。「たかが即席ラーメン」と思ったのに、違うんです。まるっきり「別物」の即席袋麺。

ちょっとだけ振り返って考えると、「昔に美味しいと感じていた標準」と「今の標準」が変わっているわけです。自分が努力をしたわけでもないのに、明らかに美味しいものを食べることができている。こういうのって、もしかして「幸せ」って言うのかも知れないなあ。

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2014年10月16日 (木)

気持ちの良いチーム・ビルディング

~ むーたの「今日も吉日」 18 ~

本当に「チームでやれている」と感じると、不思議な安堵と共に気持ちが楽になっていきます。

続けざまに、ボランティア・ベースの研修講師をやっていました。片方は「市・公民館主催のファシリテーション講座」、もう片方は「区・社会福祉協議会職員向けのファシリテーション講座」。

両方とも「話し合いをうまく進めるようにしたい」という思いの方に話し合いの基礎スキルを伝えて、実際に演習をしていくもの。この手の講師は良くやるのですが、今回は両方ともいつもと違います。多数の仲間が入ってくれて、一緒に講座を進めてくれたのです。

「ファシリテーション」のように、基礎的なスキルを積み上げていく場合は、単なる講義・講演では意味が伝わり難く、実際に「トレーニング・スタイル」で経験をしていくことが有効です。このため、4人から5人程度の少人数のグループで実践してもらうことにするのですが、そうなると講師一人では各グループの動きを確認することが難しくなります。すごく有効な動きをした方がいても、メンバーがそれに気づかないと埋もれてしまったりするのですが、各グループをサポートするアシスタントがいると、その状況から「その場での気づき、納得」を確保することができるのです。

これまでも、アシスタントの方と一緒に講座を進めたことは何度もありましたし、自分がアシスタントとして支援をしたこともありました。けれども、講師の考えていることとアシスタントの「思い」がズレてしまい、思った通りの結果にならないことが大部分。すごく残念な気分が残ることが多かったのです。

今回は、それぞれの講座で3人ずつの仲間にアシスタントとして入ってもらったわけですが、予想以上の効果が生まれ、驚くばかりでした。個別グループでの参加者の支援は、当然のことのように着実に進めてくれ、本来の狙いをピタリと進めてくれました。さらには、アシスタント同士が相互にサポートをして、着々と進めてくれるではないですか。慣れていないアシスタントのところに余裕のあるアシスタントがスッと寄っていき、軽いアドバイスをするなど、理想的な動き。ちょっと感動ものです。

もちろんメイン講師として、事前に各種の情報を提供したり、直前打ち合わせをしっかりやったりするなど、それなりの準備はしました。けれども、この達成感はちょっと違う。考えてみると、私たちがトータルで「チーム」になっていて、受講生の皆さんも巻き込みながら進めることができていたのではないか?という思いに至りました。

「一人で頑張る」というのとは違う、誰かに頼るというのでもない不思議な安心感。うん、「チーム」ができるのって良いなあ。みんな、ありがとう。

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2014年7月18日 (金)

自分の中の「破れ窓」

~ むーたの「今日も吉日」 17 ~

先日、長く使っている自動車の整備を依頼しました。整備と言っても、内容はヘコミ補修や塗装で、バンパーやボディなど併せて6か所もの細かい傷を補修しました。補修する場所が多いため、3日間ほど修理工場に預けることになります。

修理が終わると、以前は目立っていたヘコミや傷が無くなり、すっかり綺麗な状態です。当り前なことかも知れませんが、これまで気になることのなかったライト周りやタイヤ周りの汚れが目立つようになりました。

これはいけないなあ-と思い、洗車をすることもほとんどない車を磨くことに。清掃をしたり、ワックスをかけたりしていくと、車が光っているような感じになります。

この状態でしばらく車を使っていると、少し奇妙な感覚に襲われました。本当に微妙な点なのですが、自分の運転具合が違うのです。

例えば駐車をする際に、以前なら一回でスパッと停めようとしていたところが、2回程度切り返しをして微調整をしながら駐車するようになっています。細い路地を走る時に制限速度よりも遅い速度で走っていたりします。

なんでだろう?と自己分析をしていくと「せっかくきれいになったのだから、きれいに乗りたい」という思いがあることがわかります。おや、自動車は単なる移動手段と割り切っていたのではないか?と考え、自分の行動変容を捉えなおしてみました。

以前は「もうすぐ車を買い換えるから、汚れていても構わない」「下取りに出しても、大きな違いは無いので多少の傷は同じ」などの気持ちで車を使っていたのです。それが、「きれいにして、しっかり乗るぞ」と切り換えたことが違いの要因のようです。

社会学などの世界で「破れ窓理論」というものがあります。建物などで割れた窓があると、他の窓も割る人が出たり建物を汚く扱う人が出てくるという事象を指します。地域支援策・地域復興策などを行う時には、汚れているところをピカピカにして、それ以上汚すことを避けさせるようにしていくことが基本施策です。

どうも、意識しないうちに自分自身にも「破れ窓」があったことに気づきました。他でも同じようなこと、やっているのだろうなあ。自分を修正していくポイントが、分かったような気がします。

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2014年5月16日 (金)

「構想力」に感心

~ むーたの「今日も吉日」 16 ~

ここ数年、新たな取り組みとして「廃棄物政策」に絡んでいる。「廃棄物」と言っても、原子力とかの話ではなく、日々の生活の中から生じる様々なゴミの処理方法などについての検討である。

少し前までは、「日本の廃棄物政策」は世界の最先端を進んでいると理解をしていた。これは、個々の家庭で細かく分別を行い、再利用等を高度に行う仕組みに基づいている。外国の方々も、分別の徹底に関する日本の教育を驚かれることも多い。

技術的には高度なボイラー技術が柱になって、有毒ガスを生じさせずに様々なものをきれいに燃やしてしまうことが強みである。このボイラー技術は世界でも日本が最先端を進んでおり、日本の各地で大型ボイラーを使った清掃工場が運営されている。

ところが、この技術をどこの国も購入しないのである。一番大きい理由は、技術が高度になり過ぎてしまい、価格が割高になってしまったこと。また、住民が分別を行うことが前提になるため、運営に無理がある。さらには、小さくはなるものの、燃やした後のゴミを捨てる必要があるため、最終処分場が満杯になっている各国にとって魅力的に見えないことも、日本のシステムを購入しない理由である。

この事態に対し全く異なる視点で取り組んでいて、世界標準になろうとしているのが欧州である。欧州では「全ての廃棄物は資源である」という考え方に基づき、家庭や企業から出てきた廃棄物をすべて利用するという構想を打ちたてている。

最初にこの構想を聞いたときは、「理想論に過ぎないなあ」と思った。日本での「廃棄物の再資源化」は、古新聞やペットボトルなどを中心に9割以上の再利用がされており、これ以上の再利用は難しい段階になっていると考えるからである。考え方だけ打ち上げて、無理なことを言っているだけじゃないの?と。

ところが構想に基づいて「あらゆる廃棄物を機械的に分ける」という無謀とも思えるチャレンジに取り組み、それを実現しているのが最近の欧州なのである。巨大な分別工場で、ポリ製の袋やカップなども区分けして収集し、資源(チップ)に作り直すということが行われている。燃やすより安いコストで運営しているため、経済原理でこの分別工場が勝ち残っているのだ。

さらには、資源化したチップが再利用されるように、売買をし易い市場を作ったり、品質標準を作ってメーカーに利用義務を持たせるなどの施策を連続的に打ち出している。それぞれの施策が同じ方向性を示しているので、矛盾が少ない総合的な経済施策になってきている。

「地球の永続性のために、使える可能性のあるものを捨てない、燃やさない」などという正論を約30か国で構成される欧州が言うと、従わざるを得なくなってくる。気付いたら、先頭を走っていたはずの日本が一周遅れになっている。

「構想力の違い」で世界が動いている。

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2014年3月17日 (月)

料理って面白い(スキルアップ)

~ むーたの「今日も吉日」 15 ~

「面白い」と思えると、そこからいろいろなチャレンジが生まれてきます。

大昔から簡単な料理はやっていたのですが、ここ2年くらい「自炊型」で料理をする機会が増えました。

元々は、家庭菜園で作った野菜が採れ過ぎてしまい、それを消化するために保存食を作るところからのスタートでした。ピクルスや、なすのオリーブ油漬け、しその塩漬けなど、手間のかからないものが中心だったのですが、だんだん常備食っぽいものが増えてきます。夏場は、ラタトウィユという冷たい煮物を作って、数日間の食事材料になります。寒くなったら、じゃがいもや里芋を主材料にポトフや芋煮などを作ります。

だんだんと似たものを作るうちに、少しずつスキルが身についてきます。芋の皮むきなど、時間がかかっていたことが、スルスルとやれるようになってくる。以前は、レシピサイトを確認して味付けをしていたのに、「合わせ調味料」なども悩まずにさっさと準備できるようになる。

たまにですが「予想外に美味しい」ものができることがあり、「美味過ぎてダメ」などと言って、仕事をしないようなケースも。仕事が忙しくて追い込まれている時でも、「ちゃちゃっと何か作ろう」などというように。前までは外食が多かったのに、まるっきり違うスタイルです。

どうして、こんなに料理しているのかな?と思って考えると、いくつかの理由が思いつきました。ひとつは「料理をやるようになると、継続的に半端が出るので、止められない」ということです。野菜などでも少し時間が経つと古くなってしまうので、「もったいない」精神で次の料理をすることになります。

もうひとつは、「作業・手順に慣れができて、手早に作ることができるようになった」ことです。必要なものをズラリと揃えておいて、先に利用するものから着手して無駄な時間なしに料理を完成させる。これって、企業の現場で行う作業手順と同じで、「必要なものを必要なタイミングで提供すれば、効率的に生産できる」というトヨタ式のものづくりに近い考え方になります。

そんなことも考えながら料理をしていると、知り合いが変わった材料を提供してくれたりします。山椒の花芽や山蕗など、自生の食材も取れたりします。「何とか美味しく食べる方法を考えたい」と思っての新しいトライ。調べても腑に落ちない時は、知り合いの板前さんに聞いてみて、料理方法を考えます。

考えてみると、子供のころに毎日のようにやっていた「実験」のよう。やっぱり「面白い」と思えることが楽しみの元のように思えます。うん、面白い。

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2014年2月16日 (日)

素直に喜ぶ

~ むーたの「今日も吉日」 14 ~

今日、雪が降った後なので、地元の図書館でデータ整理などをしていました。ここは市民会館も兼ねる総合施設で、地域の会合なども良く開かれるところなのですが、普段は静かな雰囲気の場所なんです。

ところが、今日は1階のフロア部分が尋常な雰囲気ではありません。何か誇らしげな、賑やかな方々がどんどん集まってきます。みんなで雪かきでもやる話なのでしょうか?

私が図書館に出たり入ったりしていると、ついに集まっている方々は400人近い大人数に。でも全く殺気立っていないんです。知り合いの方も何人か見つかり、この場所で起きていることがわかりました。

リトルリーグの祝勝会なのです。地元のリトルが野球で世界一になり、それをみんなで祝う会合でした。OBや父兄、サポートメンバーが多数集まり、過去からの写真などを見ながら談笑していたのです。

選手は100人程度ですが、とても誇らしげです。関係者でないのに、話の輪の中に紛れてみました。なぜか、会話がとても快い。聞いているとみんな「とにかくよかった、素晴らしかった」という話に終始していて、「今日は喜ぶ会なのだ」ということが徹底されているんです。

あれっ、この雑味のない気持ちよさ、最近見たよな?と思い返すと、スケートの羽生君のインタビューでした。試合が終わった後は「転倒が悔しい、ベストができなかった」などと言っていたのですが、受賞後のインタビューが素晴らしい。「本当に何も言葉が見つからないですね。自分の日本語力のなさを痛感しています。金メダルを感じると何も話せなくなっちゃう」。

素直に喜んでいる姿を見ていると、テレビのこちら側であっても、とても嬉しい。嬉しい、楽しい、達成した-と言う時に、素直に喜ぶ姿って周りを幸せにしてくれます。なぜか、雪の日に幸せになることができました。

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