カラフルエッセイ  さかもっちゃんの知ったかぶりぶり

2018年3月21日 (水)

命の値段

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 180~

仕事柄、今、とても悩んでいることがあります。それは「命の値段」。

例えば、不治の病にかかった25歳の若者が、画期的な薬によって元気に1年延命できるとします。ところが、この画期的な薬は目玉が飛び出るほど高価で、投与するためには月額で300万円、1年間で3,500万円必要です。そんな場合、この若者にこのよう高価な薬を投与し続ける意味・意義があるのかと言う悩みです。

人間の命は地球より重い、と言う人がいらっしゃいます。そんな人間の命を救うためにはお金に糸目をつけずにいくらでも払うべき、とのご意見も分かります。では、もし、この患者が前途有望な25歳の若者ではなく、80歳の老人だったらどうでしょうか?

ご存知のように、日本は国民皆保険の国ですから、どんなに高額な薬であっても公的医療保険や高額療養費制度からほとんどが支払われ、患者個人の自己負担はそれほど多くありません。先に挙げた3,500万円も例外ではなく、そのほとんどが公的医療制度から支払われます。

このように、一患者の立場からは日本の公的医療制度はとても優れた制度なのですが、問題はその財源。 公的医療保険や高額療養費制度は、納税者が納める税金や、多くの国民が払っている公的医療保険費を財源として成り立っています。80歳の老人を1年延命するために、皆さんが払った貴重な税金や保険費から3,500万円も払うのを許容する覚悟がありますか?

皆んなから集めたお金なんだから3,500万円くらい払っちゃえ!と言う方へ。もし、同じような不治の病の患者が全国に5万人いるとしましょう。3,500万円 x 患者数 5万人 = 年間1兆7500万円! 現在、国民医療費の中で、捻挫の湿布薬や風邪でもらう抗生物質なども含めると全医薬品総額は約9兆円。この9兆円のうち、なんと20%近くをたった1つの薬で使ってしまうんですよ。どんなに優れた公的医療保険と言えども、これでは破綻してしまうのは目に見えています。

それでは、こんな素晴らしい日本の公的医療保険制度を破綻させないために、私たちは何をすべきでしょうか?私なりに、処方箋を3つほど考えてみました。

1つめは、公的医療保険のカバー範囲を「命にかかわる病気」だけに限定し、捻挫の湿布薬や風邪でもらう抗生物質など「命に関わらない軽い病気やケガ」は全額自己負担とすること。

肥満や喫煙治療などの自業自得型は完全自己負担として、難しいのは「命にかかわる病気」の線引き。特定のがんや致死的感染症は当然含まれるとして、心臓病や認知症はどうでしょうか?これらは命にかかわる病気ではありませんが、保険でのカバーは必要そう。う~ん、も少し議論と合意形成が必要なようです。

2つめは、医療費全体を圧迫するような超高額薬の値段を下げること。

一見、これは有効そうですが、大きな落とし穴があります。それは薬を開発し提供する側の問題。薬の開発には莫大な経費と時間がかかり、また、開発の成功確率も他の製品に比べて極めて低いのが特徴。そのため、どうしても画期的な新薬は高額にならざるを得ません。もし強制的に値段を下げたら、企業が開発意欲を失ってしまう恐れに加えて、欧米企業が日本での新薬開発と発売を諦める事態もあり得ます。欧米で使える新薬が日本では使えない、との悪夢が再び現実になるかも知れません。

さて、3つめ。1年延命の「費用対効果」を算出し、投与対象患者を絞ること。

ここで話は最初に戻り、前途有望な25歳の若者と80歳の老人の比較。どちらの命も地球より重いのですが、はたして「命の値段」は同じでしょうか?逸失利益の計算などで、それぞれの「費用対効果」を算出することは机上では可能です。ただし、老人には老人なりのイブシ銀のような価値があります。その価値はお金では測れません。したがって、「効果」についての考え方は百人百様、これももう少し議論と合意形成が必要なようです。

う~ん、どれも決め手に欠けますね。「命の値段」について、あれこれ悩んだあげく、結局、答えは出ませんでしたが、今後も引き続き考えていきたい問題です。

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2018年2月18日 (日)

「流域地図」から考えてみる

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 179~

青森県の日本海側に、鯵ヶ沢町という鄙びた港町があります。NHK大相撲解説者 舞の海さんの出身地として知られていますが、同じく津軽出身の太宰治は小説「津軽」の中で、この町を次のように描いてます。やや長文引用の上に旧仮名遣い、なにとぞ御容赦下さい。

「私は、深浦からの帰りに、この古い港町に立寄つた。この町あたりが、津軽の西海岸の中心で、江戸時代には、ずいぶん栄えた港らしく、津軽の米の大部分はここから積出され、また大阪廻りの和船の発着所でもあつたやうだし、水産物も豊富で、ここの浜にあがつたさかなは、御城下をはじめ、ひろく津軽平野の各地方に於ける家々の食膳を賑はしたものらしい。…(中略)… この町は長い。海岸に沿うた一本街で、どこ迄行つても、同じやうな家並が何の変化もなく、だらだらと続いてゐるのである」

明治時代になると、鉄道網の発達とともに海運の中継地としての機能は廃れ、鯵ヶ沢は沿岸漁業の町となりました。漁業の他はこれと言った産業も無い、典型的な寂れた小さな港町のイメージでしょうか。

話は跳んで、世界自然遺産の白神山地。青森県と秋田県にまたがる広大な天然ブナ林で有名です。白神山地の県境付近に「二ツ森 (ふたつもり)」と呼ばれる標高1087メートルの山があります。実は、この二ツ森、先に述べた鯵ヶ沢町に属しているのです。鯵ヶ沢町の中心部からは、なんと90キロメートルもの距離。関東で例えれば、東京駅から山梨県の大月、埼玉の本庄や群馬の太田あたりの距離でしょうか。

太宰治が書いたように、鯵ヶ沢の商店街は海岸沿いだけで、残りの大部分は住む人もいない山岳地帯。しかも、そんな山岳地帯がはるか秋田県境まで90キロ近く延々と続きます。それにしても、鯵ヶ沢町の行政区域って、なんでこんなに細長く歪なんでしょう?

その謎を解くカギは、2つの大きな川(赤石川と中村川)にありました。これらの川は鯵ヶ沢町の漁港近くで日本海に注ぎますが、その源流ははるか彼方、前述の白神山地の県境「二ツ森」付近。秋田県境付近の源流から日本海の河口まで、延々90キロメートル。鯵ヶ沢町の行政区分地図は、この2つの川の「流域地図」そのものだったのです。

「流域地図」って、あまり聞き慣れないことばですが、東京・神奈川を流れる多摩川を例に考えてみましょう。多摩川の「流域地図」は、東京都の奥多摩町、青梅市、あきる野市、羽村市、福生市、昭島市、立川市、国立市、府中市、八王子市、日野市、多摩市、稲城市、調布市、狛江市、世田谷区、大田区、そして神奈川県川崎市まで、なんと18もの市区町村を含みます。「流域地図」には、都県境を越えてもともと「武蔵国多摩郡」だった歴史的・地域文化的に一体感のある地域が広がります。

多摩川の堤防が現在のように頑丈ではなかった時代、多摩川はたびたび氾濫しました。最近の例では、昭和49年(1974年)9月、狛江市付近で堤防決壊した「狛江水害」が知られています。首都圏の住宅地で、しかも多摩川の本堤防が決壊するという、信じられないような光景でした。

この大水害は多摩川沿いの各自治体(例えば、東京都狛江市と神奈川県川崎市など)が、個別に災害対策をしてもまったく意味がないことを世に知らしめました。河川の環境防災対策は行政区分単位ごとに行うのではなく、「流域」全体が1つの生態圏として行う必要性があるのです。そこに「流域地図」の意味と意義があります。

さて、再び鯵ヶ沢町。源流から河口までの川に沿った90キロにも渡る細長~い行政区分は、形こそ歪ですが、「流域地図」全体をたった1つの町でカバーしています。これは、防災上、極めて合理的と言えるでしょう。

「流域地図」に18市区町村が混在する多摩川とは大違いですね。ここは鯵ヶ沢町を見習って、多摩川沿いの18市区町村は、東京都と神奈川県の枠を越えた「多摩県」または「武蔵県」として大合併し独立すべきでしょう。その県庁所在地はもちろん、「武蔵国多摩郡」の国府があった府中市です。

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2018年1月20日 (土)

平成の世 30年目に想うこと

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 178~

親子関係で続く一世代の平均間隔はおよそ30年。元号が昭和から平成に変わってすぐに第一子が産まれ、新米父親となった私ですが、その第一子が先日結婚。ちょうど一世代30年の流れについて、我が身を持ってシミジミと感じている今日この頃。

この30年間、私が父になったように、我が国でもとても大きな変化がありました。それは、65歳以上の高齢者人口が激増したこと。

平成元年には日本人の10人に1人ほどだった65歳以上の高齢者が、30年を経た現在では4人に1人まで比率が高まり、さらに3人に1人をうかがう勢い。この30年間の日本の高齢化は、人類史上、前例の無い猛スピードで進んだことになります。これはもう、30年前とは違う人々が住む国と言っても良いでしょう。

その結果、日本の国家予算に占める年金・医療・介護などの社会保障費が、平成の30年間で10兆円から30兆円へなんと3倍も激増。歳出に占める割合は18%から33%に膨らみました。これはもう、歴史に残る30年と言って良いでしょう。

ことほど左様に、平成の30年という歳月はヒトと国が変わるのに十分な時間だったのです。

冒頭で述べたように、ヒトの一世代は約30年。これはあらゆる生物種の中で最も長い部類に入ります。動物が母親から産まれて次世代の子どもを産めるようになるまでの平均的な時間は、ネズミが約1か月、ネコ・イヌ 約半年、ウシ 約2年、ゾウ 約12年。

ヒト以外の多くの動物はヒトより世代交代が速いため環境の変化に対応しやすくなり、その分、進化の可能性も高くなると考えられます。平成の30年間でこれらの動物に起きた大きな変化と言えば、ペット飼育実態調査でネコの数がイヌを初めて上回ったこと、そして、日本でペットとして飼育されるイヌとネコの平均寿命が過去最高になったことの2つでしょうか。

平成の世、イヌの寿命は8.8歳から13.2歳へ1.5倍延び、ネコは更にすごく、5.1歳から11.9歳まで2.3倍も延びました。このようにイヌとネコの平均寿命が劇的に延びたのは、ワクチン接種の普及などで感染症対策が進んだことが大きな理由なんだとか。

ことほど左様に、平成の30年という歳月は動物が変わるのに十分な時間だったのです。

もし、私が今から100年後に生きる歴史家だったら、こんな平成の30年を振り返り、「猫も杓子も大延命の時代」と名付けることでしょう。「杓子」が何を意味するかは、人それぞれ。それは、さらに後世の歴史家に評価してもらうことにしましょう。

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2017年12月19日 (火)

戌年に犬を想う

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 177~

2018年は戌(いぬ)年。犬(イヌ)と聞いて、まず私が連想するのは「忠誠と裏切り」。何やら戦国時代の下克上のようですが、それがイヌの特徴です。

童話の桃太郎や花咲か爺に登場する犬は忠誠心の塊のようで、実は、飼い主の命令にただ従っているだけ。訓練で仕込まれた行動を条件反射で繰り返しているに過ぎません。これが犬の「忠誠」。

そんな忠犬もストレスが溜まった時など、飼い主に歯を剥き本気で噛むことがあります。イヌとしてごく自然な行動ですが、飼い主にしてみれば、これが犬の「裏切り」。

こんな「忠誠と裏切り」から、「飼い犬に手を噛まれる」との歪んだコトワザが生まれました。犬にしてみれば、飼い主に「忠誠」を誓っているわけでも「裏切り」をしているわけでもありません。動物種としてのイヌの特徴を、人間が勝手に擬人化して解釈し、思い込んでいるだけなのです。

このように犬は人間と長い付き合いのため、「飼い犬に手を噛まれる」のような犬にまつわる多くのコトワザや慣用句が存在します。今回は戌年にちなんで、犬のコトワザや慣用句を2018年の自分に当てはめ占ってみました。

まずは「犬も歩けば棒に当たる」。あまりに有名なコトワザですが、「何かをしているうちに思いがけない幸運に当たる」などと、良い意味として誤用している方も多いようです。実は、「棒に当たる」のホントの意味は「人に棒で殴られる」こと。犬がうろつき歩いていると人に棒で叩かれるかも知れないから、「でしゃばると災難に遭う」が本来の意味。犬もとんだ災難です。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、犬のようにあちこち歩き回って多くの人と会い、多くのことを学ぶことにします。「犬も歩けば幸運に当たる」。

次は「犬が西向きゃ 尾は東」。当たり前過ぎるほど当たり前であることの例えで使われます。でも「犬が西向きゃ 尾は東」って、ホントに常識なのでしょうか?尾が短い犬は確かに「犬が西向きゃ 尾は東」ですが、尾が長く垂れ下がっている犬の尾は明らかに違います。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、常識を常に疑うことにします。「犬が西向きゃ 尾は真下」。

最後は「羊頭狗肉」。これも有名なコトワザですから、今さら説明は不要でしょう。2018年、私は「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」を誓います。でも実際には、ヒツジ肉とイヌ肉は見た目も味も臭いもまったく違いますから、「羊頭狗肉」で誤魔化すことなんて絶対ムリ。ですから「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」なんて、全然自慢にもなりませんが。

2018年、私は棒を恐れず、常識を疑い、有言実行の看板を掲げ、飼い犬のような社畜にならないよう、前へ進んでいきます。

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2017年11月19日 (日)

ひとりランチの効用

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 176~

平日、仕事の合間、私は「ひとりランチ」を週1~2回は必ず取るようにしてます。それも意図的に。「ひとりランチ」とは文字通り1人でランチを食べること。

なにやら独居老人のようで寂しげな響きですが、決してそんなことはありません。「ひとりランチ」は前向きでとってもポジティブなんです。

ランチに限らず食事は複数でテーブルを囲みながらワイワイガヤガヤが楽しいのですが、ひとりランチにもそれなりの効用があります。効用をいくつか挙げてみましょう。

まず1つ目は、他人に気兼ねなく新しいお店にチャレンジ出来ること。ガード下のちょいとウス汚れたお店や、路地裏にあるウラ寂れた食堂なんかにチャレンジするのは、「ひとりランチ」の時こそ絶好のチャンス。例え美味しくなくて大失敗だったとしても、自分1人の責任と後悔で済みますからね。

2つ目は、自分がホントに好きなものをじっくりマイペースで食べられること。複数で食べると、当然、そこに会話が生まれます。これはこれでコミュケーションがあって良いことなのですが、その分、自分のペースでは食べられません。私の最長じっくり記録ですが、ホルモン炒め定食に1時間近く費やしたこともありました。味が染み込んだホルモン炒めを、じっくりよ~く噛み噛みしながら至福のひと時でした。

3つ目、次の仕事の構想を練ったり、プライベートのことを考えたり出来ること。おそらく、これが最大の効用。ひとりランチは食事に集中できる分、視覚、嗅覚、味覚に加えて噛む際の触覚と聴覚から得られる膨大な情報が一斉に脳を刺激し、脳の働きを大いに活性化してくれます。そのため、ひとりランチは考え事にぴったり。

ひとりランチ、言葉は寂しげですが、私にとっては午後の仕事に向けた心の平穏と自分を取り戻す大切な時間なのです。

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2017年10月15日 (日)

歴史の重層

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 175~

秋晴れの一日、人気エッセイストのsojiさんと一緒に、埼玉県の遺跡を巡る機会がありました。日本の近代資本主義が勃興した明治時代から、埼玉の源流とも言える古墳時代までを一気に遡る、sojiさんらしい壮大な企画でした。

渋沢栄一の生家も圧巻でしたが、私の中で今回の目玉だったのは古墳時代、行田市のさきたま古墳群と東松山市の吉見百穴。どちらも5世紀から7世紀にかけてのお墓です。

まず圧倒されたのは、さきたま古墳群の中の丸墓山古墳。緑の草木に覆われた古墳は、爽やかに晴れ渡った秋空に向かって雄々しく聳え立ってました。その姿はまるで自然の丘と見紛うほど。

聞けば、この丸墓山古墳、行田市で最も高いところとか。円墳の頂頭部からの眺めは抜群。彼方に行田の市街地を一望することが出来ます。

この古墳が造成された時代から約1,000年後、天正18年(1590年)、すなわち今から500年ほど前、私たちが立っているまさにこの場所から、歴史上とても有名な武将が同じ方向を見下ろしてました。

その武将の名前は石田三成。後の関ケ原合戦における敗軍の将です。三成が丸墓山古墳から見下ろした視線の先には、映画「のぼうの城」で知られる忍城がありました。

豊臣秀吉の命を受けて忍城を水攻めした際、三成は、当時から周辺で最も高かったこの場所に本陣を構えたのです。そして更に、水攻め用の堤防を造るため古墳の一部を壊すという蛮行までしてのけたのでした。

遺跡の上に戦のための本陣を造り踏み荒らしただけではなく、戦のために遺跡の一部まで破壊。なんて野蛮な行為、と現代に生きる多くの方々は憤慨するかも知れません。ただ、今では三成による遺跡破壊の蛮行自体が歴史の一部となってしまい、「石田堤」の名のもと貴重な観光資源となっています。なんとも皮肉な歴史の重層。

さて、さきたま古墳群を後にし、次に向かったのは吉見百穴。私たちはここでも遺跡破壊の蛮行を目にすることになります。ここで遺跡破壊が行なわれたのは現代、ほんの数十年前のこと。

太平洋戦争末期、吉見百穴遺跡の真下に地下軍需工場が作られました。米軍の空襲を避けるため、当時の中島飛行機が地下に作った戦闘機部品工場です。この辺りに分布する凝灰質砂岩が、古墳時代の人々にとってだけでなく、現代人にとっても掘りやすかったのが理由だとか。

工事の際、貴重な遺跡がいくつも破壊されてしまいました。三成による古墳破壊を「蛮行」と呼ぶならば、わずか70年ほど前の吉見百穴破壊は「愚行」とでも呼ぶべきでしょうか。

一方で、500年前に古墳を破壊して造成された石田堤と同様、この地下軍需工場跡も既に歴史の一部となりつつあるようです。1,500年前の遺跡より70年前の地下工場跡を目当てに、吉見百穴を訪問する方もかなり多いようですから。

水攻めのために古墳を破壊した三成、そして、戦闘機部品製造のために吉見百穴を破壊した軍需工場。どうやら戦時には、遺跡を顧みる余裕が無くなってしまうようです。思えば、我々人類は歴史の中で、このような「蛮行」や「愚行」を絶えず繰り返してきたのではないでしょうか。とっても皮肉なことに、そんな「蛮行」や「愚行」もやがては歴史の一部に。

歴史の上に歴史を造る。そんな歴史の重層の上に私たちは生きているのかも知れません。

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2017年9月19日 (火)

私は「ゆでガエル」

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 174 

「ゆでガエル」って言葉をお聞きになったことありますか?

 

「ゆで●●」と聞いて美味しそうな食べ物を想像したそこのアナタ、ブッブー不正解。「ゆでガエル」は「ゆで卵」や「ゆで豚」、「ゆで野菜」とは違い、とても食べられません。また、「ゆで太郎」のような蕎麦屋さんの名前でもありません。

 

「ゆでガエル」とは、最近、ビジネスマン向け講演会や雑誌記事に、頻繁に登場するようになったカエルのこと。カエルをグツグツ煮えたぎる熱湯に放り込むと驚いて飛び出しますが、冷たい水に入れゆっくり徐々に熱すると温度変化に気が付かず、やがてゆで上がって死んでしまうようなおバカなカエルの話です。

 

流行語に敏感なビジネス書作家やコンサルタントは、今の50代男性の会社人生を、こんな「ゆでガエル」に例えて揶揄してます。高度成長期の右肩上がりの豊かな時代に子ども時代を過ごし、大人になってからもバブル期に就職して、そのまま右肩上がりの経済成長の中で定年まで順調にいけると信じていた「ゆでガエル」世代。

 

一世代上で、なんとか定年まで逃げ切った団塊世代を見上げながら会社人生を送った今の50代も、「そのうち何とかなるさ、これまでがそうだったように」と安心・油断し切って何のアクションも起こしませんでした。

 

ところが、ふと周囲を見渡せば、職務等級制度導入や役職定年早期化などで雇用環境はじわじわと大激変。無事に逃げ切れた団塊世代とは大違い。このままでは安泰に定年を迎えることすら厳しい「ゆでガエル」になってしまいました、とサ。

 

さて、自己紹介が遅くなりましたが、私は50代男性、まさにそんな「ゆでガエル」世代のド真ん中。ですが、私はまったく悲観してません。その理由は、実際のカエルを良く知ってるから。

 

実際のカエルは、この「ゆでガエル」の例え話ほどおバカではありません。小賢しいビジネスコンサルタントや講演家などによって、いかにも生物実験結果であるかのように語られている「ゆでガエル」ですが、これは真っ赤な大ウソでエセ科学です。実際のカエルは温度変化にとても敏感。カエルを冷たい水に入れ徐々に熱したら真っ先に逃げ出し、決して「ゆでガエル」にはなりません。

 

カエルは環境変化に鈍感どころか、環境変化に対して非常に高い感受性と適応力を持ってます。その結果、カエルは地球上で最も多様性に富む生き物の1つとなっており、今でも毎年100種を超すカエルの新種が生物学の学術誌に発表されるほど。

 

世の「ゆでガエル」世代の皆さん、もっと自信を持ちましょう。小賢しいビジネスコンサルタントや講演家が言う「ゆでガエル」なんて大ウソです。カエルは環境の変化にとても敏感で、環境変化への高い適応力を持った生き物なのです。

 

「お前はゆでガエルだ」と言われたら、それは最上級の誉め言葉。「お前は環境変化に敏感で、周囲の環境激変にも見事に適応し、常に変化している」と言われたと理解しましょう。

 

江戸時代の有名な俳人も応援してます。

ゆでガエル

負けるな一茶

これにあり

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2017年8月19日 (土)

オハイオございます

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 173~

仕事柄、米国からの仕事仲間を日本へ迎える機会が多いのですが、その際、日本での生活に最低限必要な2つの簡単な日本語を教えるようにしてます。

それは「おはようございます」と「どうもありがとう」。日本人と交わす頻度の多い、最も基本的な日常の挨拶です。米国人がこの2つの言葉を口にするだけで、ラーメン屋の店員さんや初対面の方の態度や印象がガラリと変わります。まさに言葉のチカラですね。

こんな「おはようございます」と「どうもありがとう」を日本語完全初心者の米国人にどう教えるか? ここが工夫のしどころ。その秘訣は、米国人にとって馴染み易い言葉に置き換えること。

まず、「おはようございます」は、「オハイオございます」と教えます。

「オハイオ」は米国の州の1つで、米国人なら誰でも知っている地名。米国の真ん中あたりの最も北側、カナダとの国境沿いに位置し、気候は良好でとても過ごしやすい土地。オハイオ州の北は広大なエリー湖に面し、森林地帯や野生動物も多い素敵な場所なのです。そんな爽やかなイメージのオハイオから、爽やかな朝の挨拶「オハイオございます」と覚えてもらいます。

この記憶法の問題点は、オハイオ州の隣の州で、同じように爽やかイメージの「イリノイ」と混同し、たまに「イリノイございます」と挨拶する米国人がいることでしょうか。イリノイ州もそれなりに爽やかなのですが、広大な平原地帯しかなく、爽やかな大自然の朝のイメージはオハイオ州ほどではありません。

2つ目の「どうもありがとう」は、「どうもアリゲーター」と教えます。

「アリゲーター」は米国南部に生息するワニで、米国人なら誰でも知ってる動物。アリゲーターはとても温和でおとなしい動物で、以前はワニ革の貴重な供給源として人々から感謝されてました。そんなワニ革に感謝イメージのアリゲーターから、感謝の言葉「どうもアリゲーター」と覚えてもらいます。

この記憶法の問題点は、別のワニの種類「クロコダイル」と混同し、たまに「どうもクロコダイル」と感謝する米国人がいることでしょうか。クロコダイルはアリゲーターに比べてかなり獰猛かつ狂暴で、感謝のイメージにはまったく似合いません。

さて、こんな外国語の記憶法ですが、別に目新しいものではありません。難解な英単語を日本語との語呂合わせで記憶した方も多いのではないでしょうか。私の記憶法を以下に少し紹介します。

amnesia (記憶喪失、健忘症): あ~むなしい、記憶喪失 
asthma (喘息):東(あずま)さんは喘息
atelectasis (無気肺):ムキになってアテレコ
elucidation (説明):居留守でションベンしたと説明
hallucination (幻覚):春、死ねと幻覚
osteoporosis (骨粗鬆症):押す手をポロリ、骨粗鬆症
ubiquitous (どこにでもにある):指切った事故はどこでも起こる
ulcer (潰瘍):あるさぁ、胃に潰瘍が
tremendous (とてつもなく大きい):鳥が目を出すほど大きい

下品な記憶法ばかりでスミマセン。そこで、本エッセイの最後は高尚なお話で締めましょう。

最近、日本では絶滅した野生カワウソと思われる動物が、長崎県の対馬で撮影されました。もし、これが二ホンカワウソであれば大発見となります。

カワウソは英語で otter(オッター)。ちなみにラッコは sea otterと、同じイタチ科らしい名前。日本のラッコは北海道沿岸に細々と生息してますが、ニホンカワウソは残念ながら絶滅してしまいました。「むか~し昔、日本にはカワウソがオッターそうじゃ~」と覚えましょう。

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2017年7月19日 (水)

童謡に歌われた「獲得形質」と「遺伝形質」

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 172~

トンボは青く澄み渡った秋の空を飛んでるイメージがありますが、実は、今頃の季節、夏の方が種類・個体数ともに多いとか。夏の間、薄暗い林の中や高い山の上で目立たないように生活していたトンボが、秋になって産卵のため里の水辺や田んぼに集まってきます。

そんな身近なトンボですが古くは秋津(あきづ、あきつ)や蜻蛉(かげろう)と呼ばれ、多くの詩歌に詠まれてきました。万葉の時代、稲の収穫前に群れ飛ぶトンボは豊作・豊穣の象徴。童謡「赤とんぼ」の歌詞とメロディが、多くの日本人に郷愁と安堵の気持ちを誘うのは、そんな古代人の記憶が現代人の遺伝子にも深く刻みこまれているからでしょうか。

現代に生きる日本人の遺伝子を刺激する「赤とんぼ」の歌ですが、トンボを歌った童謡にもう1つ有名なのがあります。それは「とんぼのめがね」。

♪ とんぼのめがねは水いろめがね
♪ 青いお空をとんだから とんだから

♪ とんぼのめがねはピカピカめがね
♪ おてんとさまを見てたから 見てたから

♪ とんぼのめがねは赤いろめがね
♪ ゆうやけぐもをとんだから とんだから
(作詞 額賀誠志、作曲 平井康三郎)

「とんぼのめがね」は、保育園や幼稚園で多くの方が口ずさんだことがあるような定番中の定番童謡。実はこの歌、幼い園児たちには到底理解出来ないような深~い意味を持ってます。「トンボの目の色が、空の色によって変化する」という、生物に及ぼす環境の影響を歌った童謡だったのです。

通常、生物の形や色といった特徴や性質(形質)は親から子へと受け継がれます。それが「遺伝形質」。ところが、この童謡で「トンボの目の色」を決定するのは「空の色」という外部環境。親から子へ、子から孫へ代々引き継がれる「遺伝形質」に対し、「空の色」のような環境の影響によって後天的に獲得した形質を「獲得形質」と呼びます。

生物学の常識は「獲得形質は遺伝しない」こと。つまり、生まれた後、「空の色によって変化したトンボの目の色」は、次の世代に受け継がれることはありません。親から子へ性質や能力が遺伝するのは親から子へ遺伝子が受け継がれるからですが、後天的に獲得した「獲得形質」の情報が遺伝子に書き込まれることはありません。(最新の研究では「獲得形質」の一部で次世代へ引き継がれるものがあることが分かってきましたが、それはまた別の機会にでも)

環境の影響による「獲得形質」を歌った童謡は「とんぼのめがね」だけではありません。なんと、他にもありました。しかも、あの北原白秋の作詞によるもの。

♪ 赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い
♪ 赤い実を食べた

♪ 白い鳥 小鳥 なぜなぜ白い
♪ 白い実を食べた

♪ 青い鳥 小鳥 なぜなぜ青い
♪ 青い実を食べた
(作詞 北原白秋、作曲 成田為三)

北原白秋は、童謡「赤い鳥 小鳥」で環境の影響による「獲得形質」を語りました。「とんぼのめがね」より30年も前のこと。

「獲得形質」を歌った童謡が続きましたが、次に、親から子へと受け継がれる「遺伝形質」を歌った童謡も紹介しましょう。

♪ ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね
♪ そうよ かあさんもながいのよ
(作詞 まどみちお、作曲 團伊玖磨)

2014年、104歳で亡くなったまどみちおさんは、童謡で遺伝を語りました。ゾウの鼻が長いのは親から引き継いだ「遺伝形質」。ゾウがゾウである所以です。

童謡に歌われた「獲得形質」と「遺伝形質」。童謡って結構奥が深いんですね。

最後に、童謡ではありませんが、北原白秋の詩「薔薇二曲」を紹介しましょう。

薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花咲ク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。

バラの木にはバラの花が咲きます。当たり前過ぎて何の不思議もありません。つい見過ごしてしまいそうな「遺伝形質」を前に、白秋は生命の神秘を感じたのでしょうか。

白秋は、童謡「赤い鳥 小鳥」で「獲得形質」を語り、詩「薔薇二曲」で「遺伝形質」を語りました。なんと今から100年ほど前、大正時代始め頃のこと。恐るべし、白秋。

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2017年6月18日 (日)

海外出張に持参すると意外に活躍する小物類たち

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 171~

海外出張の際、必ず持参する小物類があります。パスポートやクレジットカードなどのように絶対必須というモノではありません。無ければ無いでどうにかなりますが、あると「こりゃ便利」というシロモノです。

まずは室内用スリッパ。どんなホテルでも歯ブラシとスリッパが備わっているのが日本の常識ですが、海外では違います。特に米国のホテルには、どちらもありません。宿泊客のマイ歯ブラシ持参は常識ですし、ベッドやシャワーに入る直前まで靴を履いてる文化ですから、スリッパは不要なのです。でも、私を含め大方の日本人は、ホテル室内でスリッパがないとなんかソワソワ。

そんな時は薄っぺらな安物スリッパの出番。クルクルっと丸めればおにぎりより小さくなりますし、なにより軽い。ホテルのベッド横にスリッパがあるだけで心が落ち着きひと安心。

2つ目の小物は「耳かき棒」と「足裏マッサージ棒」。これらも生活必需品ではありませんが、仕事が終わった後、疲れた身体を癒やしてくれます。乾燥し過ぎるホテルの部屋での耳かき、そして、シャワー後の足裏マッサージは至福のひととき。明日への活力が沸いてきます。

3つ目は食事のお供。腹が減っては戦と仕事が出来ません。でも、海外での毎日の朝食はとっても単調かつ大味で、すぐに飽きてしまいます。仕事の都合などでランチを食べられないこともありますから、いくら不味い朝食でもお腹に入れておきたいもの。そんな時は醤油とふりかけ。

私がいつも持参するのは、スティック状に小分けされたキッコーマン「丸大豆醤油」と、丸美屋「おとなのふりかけ」。スクランブルエッグやソーセージには丸大豆醤油をかけて。そして、オートミールにはふりかけ。これで和風テイストに早変わり。香りと味がみるみる激変します。

さて、食事とともに極めて大事なのは睡眠。時差ボケの中、夜の睡眠の深さは出張の成功を決めると言っても過言ではありません。

熟睡のために私が持参するのは、「青森ヒバの香りエキス 小瓶スプレータイプ」。枕元にサッとひと吹きすれば、周囲は森林の香りに包まれ心からリラックス。森林浴の気分に満たされながら、深い眠りに落ちていきます。

最後は洗濯用洗剤。2週間以上の出張では洗濯が必要です。そんな時に大活躍するのは、小袋に小分けされた花王の「部屋干し用アタック」。さっと溶けて、泡立ち抜群。しかも部屋干ししても匂いません。こんなスグレモノが日本では100均で買えます。

ほんのちょっとの工夫で楽しい出張。そして仕事の成功へ。大事なことはルーチン小物類を常に持参し、アウェイ戦をホームゲームの気分にすること。私なりの勝利の方程式です。

ところで、今回のエッセイ、米国出張からの帰国便の機内で書いてます。足裏マッサージ棒で足裏をマッサージしながら。

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