カラフルエッセイ  さかもっちゃんの知ったかぶりぶり

2018年1月20日 (土)

平成の世 30年目に想うこと

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 178~

親子関係で続く一世代の平均間隔はおよそ30年。元号が昭和から平成に変わってすぐに第一子が産まれ、新米父親となった私ですが、その第一子が先日結婚。ちょうど一世代30年の流れについて、我が身を持ってシミジミと感じている今日この頃。

この30年間、私が父になったように、我が国でもとても大きな変化がありました。それは、65歳以上の高齢者人口が激増したこと。

平成元年には日本人の10人に1人ほどだった65歳以上の高齢者が、30年を経た現在では4人に1人まで比率が高まり、さらに3人に1人をうかがう勢い。この30年間の日本の高齢化は、人類史上、前例の無い猛スピードで進んだことになります。これはもう、30年前とは違う人々が住む国と言っても良いでしょう。

その結果、日本の国家予算に占める年金・医療・介護などの社会保障費が、平成の30年間で10兆円から30兆円へなんと3倍も激増。歳出に占める割合は18%から33%に膨らみました。これはもう、歴史に残る30年と言って良いでしょう。

ことほど左様に、平成の30年という歳月はヒトと国が変わるのに十分な時間だったのです。

冒頭で述べたように、ヒトの一世代は約30年。これはあらゆる生物種の中で最も長い部類に入ります。動物が母親から産まれて次世代の子どもを産めるようになるまでの平均的な時間は、ネズミが約1か月、ネコ・イヌ 約半年、ウシ 約2年、ゾウ 約12年。

ヒト以外の多くの動物はヒトより世代交代が速いため環境の変化に対応しやすくなり、その分、進化の可能性も高くなると考えられます。平成の30年間でこれらの動物に起きた大きな変化と言えば、ペット飼育実態調査でネコの数がイヌを初めて上回ったこと、そして、日本でペットとして飼育されるイヌとネコの平均寿命が過去最高になったことの2つでしょうか。

平成の世、イヌの寿命は8.8歳から13.2歳へ1.5倍延び、ネコは更にすごく、5.1歳から11.9歳まで2.3倍も延びました。このようにイヌとネコの平均寿命が劇的に延びたのは、ワクチン接種の普及などで感染症対策が進んだことが大きな理由なんだとか。

ことほど左様に、平成の30年という歳月は動物が変わるのに十分な時間だったのです。

もし、私が今から100年後に生きる歴史家だったら、こんな平成の30年を振り返り、「猫も杓子も大延命の時代」と名付けることでしょう。「杓子」が何を意味するかは、人それぞれ。それは、さらに後世の歴史家に評価してもらうことにしましょう。

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2017年12月19日 (火)

戌年に犬を想う

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 177~

2018年は戌(いぬ)年。犬(イヌ)と聞いて、まず私が連想するのは「忠誠と裏切り」。何やら戦国時代の下克上のようですが、それがイヌの特徴です。

童話の桃太郎や花咲か爺に登場する犬は忠誠心の塊のようで、実は、飼い主の命令にただ従っているだけ。訓練で仕込まれた行動を条件反射で繰り返しているに過ぎません。これが犬の「忠誠」。

そんな忠犬もストレスが溜まった時など、飼い主に歯を剥き本気で噛むことがあります。イヌとしてごく自然な行動ですが、飼い主にしてみれば、これが犬の「裏切り」。

こんな「忠誠と裏切り」から、「飼い犬に手を噛まれる」との歪んだコトワザが生まれました。犬にしてみれば、飼い主に「忠誠」を誓っているわけでも「裏切り」をしているわけでもありません。動物種としてのイヌの特徴を、人間が勝手に擬人化して解釈し、思い込んでいるだけなのです。

このように犬は人間と長い付き合いのため、「飼い犬に手を噛まれる」のような犬にまつわる多くのコトワザや慣用句が存在します。今回は戌年にちなんで、犬のコトワザや慣用句を2018年の自分に当てはめ占ってみました。

まずは「犬も歩けば棒に当たる」。あまりに有名なコトワザですが、「何かをしているうちに思いがけない幸運に当たる」などと、良い意味として誤用している方も多いようです。実は、「棒に当たる」のホントの意味は「人に棒で殴られる」こと。犬がうろつき歩いていると人に棒で叩かれるかも知れないから、「でしゃばると災難に遭う」が本来の意味。犬もとんだ災難です。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、犬のようにあちこち歩き回って多くの人と会い、多くのことを学ぶことにします。「犬も歩けば幸運に当たる」。

次は「犬が西向きゃ 尾は東」。当たり前過ぎるほど当たり前であることの例えで使われます。でも「犬が西向きゃ 尾は東」って、ホントに常識なのでしょうか?尾が短い犬は確かに「犬が西向きゃ 尾は東」ですが、尾が長く垂れ下がっている犬の尾は明らかに違います。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、常識を常に疑うことにします。「犬が西向きゃ 尾は真下」。

最後は「羊頭狗肉」。これも有名なコトワザですから、今さら説明は不要でしょう。2018年、私は「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」を誓います。でも実際には、ヒツジ肉とイヌ肉は見た目も味も臭いもまったく違いますから、「羊頭狗肉」で誤魔化すことなんて絶対ムリ。ですから「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」なんて、全然自慢にもなりませんが。

2018年、私は棒を恐れず、常識を疑い、有言実行の看板を掲げ、飼い犬のような社畜にならないよう、前へ進んでいきます。

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2017年11月19日 (日)

ひとりランチの効用

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 176~

平日、仕事の合間、私は「ひとりランチ」を週1~2回は必ず取るようにしてます。それも意図的に。「ひとりランチ」とは文字通り1人でランチを食べること。

なにやら独居老人のようで寂しげな響きですが、決してそんなことはありません。「ひとりランチ」は前向きでとってもポジティブなんです。

ランチに限らず食事は複数でテーブルを囲みながらワイワイガヤガヤが楽しいのですが、ひとりランチにもそれなりの効用があります。効用をいくつか挙げてみましょう。

まず1つ目は、他人に気兼ねなく新しいお店にチャレンジ出来ること。ガード下のちょいとウス汚れたお店や、路地裏にあるウラ寂れた食堂なんかにチャレンジするのは、「ひとりランチ」の時こそ絶好のチャンス。例え美味しくなくて大失敗だったとしても、自分1人の責任と後悔で済みますからね。

2つ目は、自分がホントに好きなものをじっくりマイペースで食べられること。複数で食べると、当然、そこに会話が生まれます。これはこれでコミュケーションがあって良いことなのですが、その分、自分のペースでは食べられません。私の最長じっくり記録ですが、ホルモン炒め定食に1時間近く費やしたこともありました。味が染み込んだホルモン炒めを、じっくりよ~く噛み噛みしながら至福のひと時でした。

3つ目、次の仕事の構想を練ったり、プライベートのことを考えたり出来ること。おそらく、これが最大の効用。ひとりランチは食事に集中できる分、視覚、嗅覚、味覚に加えて噛む際の触覚と聴覚から得られる膨大な情報が一斉に脳を刺激し、脳の働きを大いに活性化してくれます。そのため、ひとりランチは考え事にぴったり。

ひとりランチ、言葉は寂しげですが、私にとっては午後の仕事に向けた心の平穏と自分を取り戻す大切な時間なのです。

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2017年10月15日 (日)

歴史の重層

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 175~

秋晴れの一日、人気エッセイストのsojiさんと一緒に、埼玉県の遺跡を巡る機会がありました。日本の近代資本主義が勃興した明治時代から、埼玉の源流とも言える古墳時代までを一気に遡る、sojiさんらしい壮大な企画でした。

渋沢栄一の生家も圧巻でしたが、私の中で今回の目玉だったのは古墳時代、行田市のさきたま古墳群と東松山市の吉見百穴。どちらも5世紀から7世紀にかけてのお墓です。

まず圧倒されたのは、さきたま古墳群の中の丸墓山古墳。緑の草木に覆われた古墳は、爽やかに晴れ渡った秋空に向かって雄々しく聳え立ってました。その姿はまるで自然の丘と見紛うほど。

聞けば、この丸墓山古墳、行田市で最も高いところとか。円墳の頂頭部からの眺めは抜群。彼方に行田の市街地を一望することが出来ます。

この古墳が造成された時代から約1,000年後、天正18年(1590年)、すなわち今から500年ほど前、私たちが立っているまさにこの場所から、歴史上とても有名な武将が同じ方向を見下ろしてました。

その武将の名前は石田三成。後の関ケ原合戦における敗軍の将です。三成が丸墓山古墳から見下ろした視線の先には、映画「のぼうの城」で知られる忍城がありました。

豊臣秀吉の命を受けて忍城を水攻めした際、三成は、当時から周辺で最も高かったこの場所に本陣を構えたのです。そして更に、水攻め用の堤防を造るため古墳の一部を壊すという蛮行までしてのけたのでした。

遺跡の上に戦のための本陣を造り踏み荒らしただけではなく、戦のために遺跡の一部まで破壊。なんて野蛮な行為、と現代に生きる多くの方々は憤慨するかも知れません。ただ、今では三成による遺跡破壊の蛮行自体が歴史の一部となってしまい、「石田堤」の名のもと貴重な観光資源となっています。なんとも皮肉な歴史の重層。

さて、さきたま古墳群を後にし、次に向かったのは吉見百穴。私たちはここでも遺跡破壊の蛮行を目にすることになります。ここで遺跡破壊が行なわれたのは現代、ほんの数十年前のこと。

太平洋戦争末期、吉見百穴遺跡の真下に地下軍需工場が作られました。米軍の空襲を避けるため、当時の中島飛行機が地下に作った戦闘機部品工場です。この辺りに分布する凝灰質砂岩が、古墳時代の人々にとってだけでなく、現代人にとっても掘りやすかったのが理由だとか。

工事の際、貴重な遺跡がいくつも破壊されてしまいました。三成による古墳破壊を「蛮行」と呼ぶならば、わずか70年ほど前の吉見百穴破壊は「愚行」とでも呼ぶべきでしょうか。

一方で、500年前に古墳を破壊して造成された石田堤と同様、この地下軍需工場跡も既に歴史の一部となりつつあるようです。1,500年前の遺跡より70年前の地下工場跡を目当てに、吉見百穴を訪問する方もかなり多いようですから。

水攻めのために古墳を破壊した三成、そして、戦闘機部品製造のために吉見百穴を破壊した軍需工場。どうやら戦時には、遺跡を顧みる余裕が無くなってしまうようです。思えば、我々人類は歴史の中で、このような「蛮行」や「愚行」を絶えず繰り返してきたのではないでしょうか。とっても皮肉なことに、そんな「蛮行」や「愚行」もやがては歴史の一部に。

歴史の上に歴史を造る。そんな歴史の重層の上に私たちは生きているのかも知れません。

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2017年9月19日 (火)

私は「ゆでガエル」

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 174 

「ゆでガエル」って言葉をお聞きになったことありますか?

 

「ゆで●●」と聞いて美味しそうな食べ物を想像したそこのアナタ、ブッブー不正解。「ゆでガエル」は「ゆで卵」や「ゆで豚」、「ゆで野菜」とは違い、とても食べられません。また、「ゆで太郎」のような蕎麦屋さんの名前でもありません。

 

「ゆでガエル」とは、最近、ビジネスマン向け講演会や雑誌記事に、頻繁に登場するようになったカエルのこと。カエルをグツグツ煮えたぎる熱湯に放り込むと驚いて飛び出しますが、冷たい水に入れゆっくり徐々に熱すると温度変化に気が付かず、やがてゆで上がって死んでしまうようなおバカなカエルの話です。

 

流行語に敏感なビジネス書作家やコンサルタントは、今の50代男性の会社人生を、こんな「ゆでガエル」に例えて揶揄してます。高度成長期の右肩上がりの豊かな時代に子ども時代を過ごし、大人になってからもバブル期に就職して、そのまま右肩上がりの経済成長の中で定年まで順調にいけると信じていた「ゆでガエル」世代。

 

一世代上で、なんとか定年まで逃げ切った団塊世代を見上げながら会社人生を送った今の50代も、「そのうち何とかなるさ、これまでがそうだったように」と安心・油断し切って何のアクションも起こしませんでした。

 

ところが、ふと周囲を見渡せば、職務等級制度導入や役職定年早期化などで雇用環境はじわじわと大激変。無事に逃げ切れた団塊世代とは大違い。このままでは安泰に定年を迎えることすら厳しい「ゆでガエル」になってしまいました、とサ。

 

さて、自己紹介が遅くなりましたが、私は50代男性、まさにそんな「ゆでガエル」世代のド真ん中。ですが、私はまったく悲観してません。その理由は、実際のカエルを良く知ってるから。

 

実際のカエルは、この「ゆでガエル」の例え話ほどおバカではありません。小賢しいビジネスコンサルタントや講演家などによって、いかにも生物実験結果であるかのように語られている「ゆでガエル」ですが、これは真っ赤な大ウソでエセ科学です。実際のカエルは温度変化にとても敏感。カエルを冷たい水に入れ徐々に熱したら真っ先に逃げ出し、決して「ゆでガエル」にはなりません。

 

カエルは環境変化に鈍感どころか、環境変化に対して非常に高い感受性と適応力を持ってます。その結果、カエルは地球上で最も多様性に富む生き物の1つとなっており、今でも毎年100種を超すカエルの新種が生物学の学術誌に発表されるほど。

 

世の「ゆでガエル」世代の皆さん、もっと自信を持ちましょう。小賢しいビジネスコンサルタントや講演家が言う「ゆでガエル」なんて大ウソです。カエルは環境の変化にとても敏感で、環境変化への高い適応力を持った生き物なのです。

 

「お前はゆでガエルだ」と言われたら、それは最上級の誉め言葉。「お前は環境変化に敏感で、周囲の環境激変にも見事に適応し、常に変化している」と言われたと理解しましょう。

 

江戸時代の有名な俳人も応援してます。

ゆでガエル

負けるな一茶

これにあり

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2017年8月19日 (土)

オハイオございます

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 173~

仕事柄、米国からの仕事仲間を日本へ迎える機会が多いのですが、その際、日本での生活に最低限必要な2つの簡単な日本語を教えるようにしてます。

それは「おはようございます」と「どうもありがとう」。日本人と交わす頻度の多い、最も基本的な日常の挨拶です。米国人がこの2つの言葉を口にするだけで、ラーメン屋の店員さんや初対面の方の態度や印象がガラリと変わります。まさに言葉のチカラですね。

こんな「おはようございます」と「どうもありがとう」を日本語完全初心者の米国人にどう教えるか? ここが工夫のしどころ。その秘訣は、米国人にとって馴染み易い言葉に置き換えること。

まず、「おはようございます」は、「オハイオございます」と教えます。

「オハイオ」は米国の州の1つで、米国人なら誰でも知っている地名。米国の真ん中あたりの最も北側、カナダとの国境沿いに位置し、気候は良好でとても過ごしやすい土地。オハイオ州の北は広大なエリー湖に面し、森林地帯や野生動物も多い素敵な場所なのです。そんな爽やかなイメージのオハイオから、爽やかな朝の挨拶「オハイオございます」と覚えてもらいます。

この記憶法の問題点は、オハイオ州の隣の州で、同じように爽やかイメージの「イリノイ」と混同し、たまに「イリノイございます」と挨拶する米国人がいることでしょうか。イリノイ州もそれなりに爽やかなのですが、広大な平原地帯しかなく、爽やかな大自然の朝のイメージはオハイオ州ほどではありません。

2つ目の「どうもありがとう」は、「どうもアリゲーター」と教えます。

「アリゲーター」は米国南部に生息するワニで、米国人なら誰でも知ってる動物。アリゲーターはとても温和でおとなしい動物で、以前はワニ革の貴重な供給源として人々から感謝されてました。そんなワニ革に感謝イメージのアリゲーターから、感謝の言葉「どうもアリゲーター」と覚えてもらいます。

この記憶法の問題点は、別のワニの種類「クロコダイル」と混同し、たまに「どうもクロコダイル」と感謝する米国人がいることでしょうか。クロコダイルはアリゲーターに比べてかなり獰猛かつ狂暴で、感謝のイメージにはまったく似合いません。

さて、こんな外国語の記憶法ですが、別に目新しいものではありません。難解な英単語を日本語との語呂合わせで記憶した方も多いのではないでしょうか。私の記憶法を以下に少し紹介します。

amnesia (記憶喪失、健忘症): あ~むなしい、記憶喪失 
asthma (喘息):東(あずま)さんは喘息
atelectasis (無気肺):ムキになってアテレコ
elucidation (説明):居留守でションベンしたと説明
hallucination (幻覚):春、死ねと幻覚
osteoporosis (骨粗鬆症):押す手をポロリ、骨粗鬆症
ubiquitous (どこにでもにある):指切った事故はどこでも起こる
ulcer (潰瘍):あるさぁ、胃に潰瘍が
tremendous (とてつもなく大きい):鳥が目を出すほど大きい

下品な記憶法ばかりでスミマセン。そこで、本エッセイの最後は高尚なお話で締めましょう。

最近、日本では絶滅した野生カワウソと思われる動物が、長崎県の対馬で撮影されました。もし、これが二ホンカワウソであれば大発見となります。

カワウソは英語で otter(オッター)。ちなみにラッコは sea otterと、同じイタチ科らしい名前。日本のラッコは北海道沿岸に細々と生息してますが、ニホンカワウソは残念ながら絶滅してしまいました。「むか~し昔、日本にはカワウソがオッターそうじゃ~」と覚えましょう。

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2017年7月19日 (水)

童謡に歌われた「獲得形質」と「遺伝形質」

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 172~

トンボは青く澄み渡った秋の空を飛んでるイメージがありますが、実は、今頃の季節、夏の方が種類・個体数ともに多いとか。夏の間、薄暗い林の中や高い山の上で目立たないように生活していたトンボが、秋になって産卵のため里の水辺や田んぼに集まってきます。

そんな身近なトンボですが古くは秋津(あきづ、あきつ)や蜻蛉(かげろう)と呼ばれ、多くの詩歌に詠まれてきました。万葉の時代、稲の収穫前に群れ飛ぶトンボは豊作・豊穣の象徴。童謡「赤とんぼ」の歌詞とメロディが、多くの日本人に郷愁と安堵の気持ちを誘うのは、そんな古代人の記憶が現代人の遺伝子にも深く刻みこまれているからでしょうか。

現代に生きる日本人の遺伝子を刺激する「赤とんぼ」の歌ですが、トンボを歌った童謡にもう1つ有名なのがあります。それは「とんぼのめがね」。

♪ とんぼのめがねは水いろめがね
♪ 青いお空をとんだから とんだから

♪ とんぼのめがねはピカピカめがね
♪ おてんとさまを見てたから 見てたから

♪ とんぼのめがねは赤いろめがね
♪ ゆうやけぐもをとんだから とんだから
(作詞 額賀誠志、作曲 平井康三郎)

「とんぼのめがね」は、保育園や幼稚園で多くの方が口ずさんだことがあるような定番中の定番童謡。実はこの歌、幼い園児たちには到底理解出来ないような深~い意味を持ってます。「トンボの目の色が、空の色によって変化する」という、生物に及ぼす環境の影響を歌った童謡だったのです。

通常、生物の形や色といった特徴や性質(形質)は親から子へと受け継がれます。それが「遺伝形質」。ところが、この童謡で「トンボの目の色」を決定するのは「空の色」という外部環境。親から子へ、子から孫へ代々引き継がれる「遺伝形質」に対し、「空の色」のような環境の影響によって後天的に獲得した形質を「獲得形質」と呼びます。

生物学の常識は「獲得形質は遺伝しない」こと。つまり、生まれた後、「空の色によって変化したトンボの目の色」は、次の世代に受け継がれることはありません。親から子へ性質や能力が遺伝するのは親から子へ遺伝子が受け継がれるからですが、後天的に獲得した「獲得形質」の情報が遺伝子に書き込まれることはありません。(最新の研究では「獲得形質」の一部で次世代へ引き継がれるものがあることが分かってきましたが、それはまた別の機会にでも)

環境の影響による「獲得形質」を歌った童謡は「とんぼのめがね」だけではありません。なんと、他にもありました。しかも、あの北原白秋の作詞によるもの。

♪ 赤い鳥 小鳥 なぜなぜ赤い
♪ 赤い実を食べた

♪ 白い鳥 小鳥 なぜなぜ白い
♪ 白い実を食べた

♪ 青い鳥 小鳥 なぜなぜ青い
♪ 青い実を食べた
(作詞 北原白秋、作曲 成田為三)

北原白秋は、童謡「赤い鳥 小鳥」で環境の影響による「獲得形質」を語りました。「とんぼのめがね」より30年も前のこと。

「獲得形質」を歌った童謡が続きましたが、次に、親から子へと受け継がれる「遺伝形質」を歌った童謡も紹介しましょう。

♪ ぞうさん ぞうさん おはなが ながいのね
♪ そうよ かあさんもながいのよ
(作詞 まどみちお、作曲 團伊玖磨)

2014年、104歳で亡くなったまどみちおさんは、童謡で遺伝を語りました。ゾウの鼻が長いのは親から引き継いだ「遺伝形質」。ゾウがゾウである所以です。

童謡に歌われた「獲得形質」と「遺伝形質」。童謡って結構奥が深いんですね。

最後に、童謡ではありませんが、北原白秋の詩「薔薇二曲」を紹介しましょう。

薔薇ノ木ニ
薔薇ノ花咲ク。
ナニゴトノ不思議ナケレド。

バラの木にはバラの花が咲きます。当たり前過ぎて何の不思議もありません。つい見過ごしてしまいそうな「遺伝形質」を前に、白秋は生命の神秘を感じたのでしょうか。

白秋は、童謡「赤い鳥 小鳥」で「獲得形質」を語り、詩「薔薇二曲」で「遺伝形質」を語りました。なんと今から100年ほど前、大正時代始め頃のこと。恐るべし、白秋。

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2017年6月18日 (日)

海外出張に持参すると意外に活躍する小物類たち

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 171~

海外出張の際、必ず持参する小物類があります。パスポートやクレジットカードなどのように絶対必須というモノではありません。無ければ無いでどうにかなりますが、あると「こりゃ便利」というシロモノです。

まずは室内用スリッパ。どんなホテルでも歯ブラシとスリッパが備わっているのが日本の常識ですが、海外では違います。特に米国のホテルには、どちらもありません。宿泊客のマイ歯ブラシ持参は常識ですし、ベッドやシャワーに入る直前まで靴を履いてる文化ですから、スリッパは不要なのです。でも、私を含め大方の日本人は、ホテル室内でスリッパがないとなんかソワソワ。

そんな時は薄っぺらな安物スリッパの出番。クルクルっと丸めればおにぎりより小さくなりますし、なにより軽い。ホテルのベッド横にスリッパがあるだけで心が落ち着きひと安心。

2つ目の小物は「耳かき棒」と「足裏マッサージ棒」。これらも生活必需品ではありませんが、仕事が終わった後、疲れた身体を癒やしてくれます。乾燥し過ぎるホテルの部屋での耳かき、そして、シャワー後の足裏マッサージは至福のひととき。明日への活力が沸いてきます。

3つ目は食事のお供。腹が減っては戦と仕事が出来ません。でも、海外での毎日の朝食はとっても単調かつ大味で、すぐに飽きてしまいます。仕事の都合などでランチを食べられないこともありますから、いくら不味い朝食でもお腹に入れておきたいもの。そんな時は醤油とふりかけ。

私がいつも持参するのは、スティック状に小分けされたキッコーマン「丸大豆醤油」と、丸美屋「おとなのふりかけ」。スクランブルエッグやソーセージには丸大豆醤油をかけて。そして、オートミールにはふりかけ。これで和風テイストに早変わり。香りと味がみるみる激変します。

さて、食事とともに極めて大事なのは睡眠。時差ボケの中、夜の睡眠の深さは出張の成功を決めると言っても過言ではありません。

熟睡のために私が持参するのは、「青森ヒバの香りエキス 小瓶スプレータイプ」。枕元にサッとひと吹きすれば、周囲は森林の香りに包まれ心からリラックス。森林浴の気分に満たされながら、深い眠りに落ちていきます。

最後は洗濯用洗剤。2週間以上の出張では洗濯が必要です。そんな時に大活躍するのは、小袋に小分けされた花王の「部屋干し用アタック」。さっと溶けて、泡立ち抜群。しかも部屋干ししても匂いません。こんなスグレモノが日本では100均で買えます。

ほんのちょっとの工夫で楽しい出張。そして仕事の成功へ。大事なことはルーチン小物類を常に持参し、アウェイ戦をホームゲームの気分にすること。私なりの勝利の方程式です。

ところで、今回のエッセイ、米国出張からの帰国便の機内で書いてます。足裏マッサージ棒で足裏をマッサージしながら。

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2017年5月17日 (水)

光あるところに影がある

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 170~

この春、人気エッセイ「soji の今日もワクワク」の著者として有名なsojiさんと、鎌倉周辺を散歩してきました。春の鎌倉は眩いばかりの陽光と、国内外からの観光客が溢れてましたが、sojiさんと歩いたのはその真逆の世界、陽の当たらない鎌倉のダークサイド。

旅のメインテーマは以下の4つ。どれも暗いものばかり。
・北条氏の陰謀
・末法思想
・鎌倉幕府の滅亡
・足利氏の残虐性

訪れたのは、護良親王が9ヶ月間も幽閉された土牢や北条一族870人が自害した東勝寺跡、そして、北条高時の腹切りやぐら、等々。歴史の暗部だけを巡る、気も滅入るようなツアーでしたが、「春の鎌倉観光」という眩しい日なたがあったからこそ、その陰に隠れた日かげの面白さとビジネスチャンスの可能性に想いを馳せることが出来た旅でもありました。

日なたと日かげは常に裏腹の関係にあり、日が差すとそこには日なたと同時に日かげが生まれます。陽光輝く「春の鎌倉観光」の陰に、ダークサイド鎌倉。まさに、光あるところに影がありました。

そんな今回の「鎌倉ダークサイドツアー」で深く感じたのは、その時点で脚光を浴びている日なたを攻めるよりも、日差しが作る日かげの方にもっと大きな面白さやビジネスチャンスがあるかも、ということ。特に、「春の鎌倉観光」のように強く眩しい陽光ほど、日かげの面白さが増すようです。

この旅の途中で連想したのは、なんと、19世紀の米国カリフォルニアで起きたゴールドラッシュ。当時、一獲千金を夢見てカリフォルニアに殺到した人々の中で、莫大な富を得たのはほんの一握りだけ。やがて金は採り尽くされてしまい、大多数の人々は何の儲けも無いまま故郷に帰らざるを得ませんでした。

そんな中、安定的に利益を獲得したのは、金を掘り当てた人ではなく、実は、押し寄せる金鉱掘りにジーンズやスコップなどの生活必需品を売った商人でした。ゴールドラッシュという陽光で生まれた日なたを金鉱採掘とすれば、その日かげに生まれたビジネスが金鉱掘り相手のジーンズ・スコップなどの生活必需品販売だったのです。

「鎌倉ダークサイドツアー」と「金鉱掘り相手の生活必需品販売」。この2つに共通するのは、日なたを避けて日かげを扱うためライバルとの直接競争が避けられること。みんなが日なたに注目している間に、日かげに注目し、そこに面白さを見いだす。そして、あわよくば稼ぐ。ここに日かげの大きなメリットがありそうです。

多くの人は明るい日なたに殺到するため、当然、日なたの競争は激化。陽光輝く「春の鎌倉観光」はメチャ混みな一方で、日かげの「鎌倉ダークサイド」は訪れる人がほとんど無くガラガラ状態。とかく日かげは嫌われるようです。でも、嫌われる分、他の観光客(=ライバル)が少なくてゆっくりと楽しめました。これは「金鉱掘り相手の生活必需品販売」と同じ構図かも。

もう1つ気付いた点は、日かげほどユニークさ溢れるものを生み出す可能性があること。「鎌倉ダークサイドツアー」と「金鉱掘り相手の生活必需品販売」ともに、誰も目を付けないスキマを狙うようなユニークさがあります。日差しが強ければ強いほど日なたと日かげのコントラストも鮮明になり、日かげのユニークさが際立ちます。

強い日差しで生まれる日なたと日かげ。光あるところに影がある。この2つを比べてみれば、新しい発想のヒントがあるかも知れません。

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2017年4月15日 (土)

「素数」って結構素敵

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 169~

北米大陸には13年おき、17年おきに一斉に現れる「周期ゼミ」と呼ばれるセミがいます。名前の通り13年ゼミは13年に一度、そして17年ゼミは17年に一度、一斉に成虫となって地上で繁殖と産卵を行うのです。言わば、13年ごと、17年ごとの大ベビーブーム。

私も米国滞在時、この大発生に遭遇したことがありますが、言葉では言い尽くせないほどのモノ凄い大群でした。木々の幹という幹、枝という枝には小ぶりのセミがびっしり。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」などといった風情はこれっぽっちも無く、むしろ恐ろしいくらいの雰囲気でした。

さて、この「周期ゼミ」、13と17が素数であることから「素数ゼミ」とも呼ばれます。素数とは、その数自身と「1」以外では割り切れる数がない数字のこと。ちなみに、「1」は割り切れる数が「1」しかありませんので素数ではありません。

以下に、素数を少し並べてみましょう。13と17もしっかりと入ってますね。
2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61、67、71、73、79、83、89、97、101、103 …

周期ゼミの大発生ですが、この「素数」にこそ意味があるのだ、との説があります。もし仮に、周期ゼミの発生頻度が「素数」の13年ではなく12年だとしましょう。12年は2年、3年、4年、6年で割り切れます。セミの天敵である鳥のライフサイクルは多くが2年~6年ですから、周期ゼミはそれこそ大量発生の年ごとに、毎回必ず、鳥などの天敵に襲われて食べられてしまうリスクがあります。12年ごとの大発生が毎回、天敵のライフサイクルと重なるからです。

ところが、13年や17年といった「素数」では、そのようなリスクが大きく軽減されます。例えば、13年ゼミが3年ライフサイクルの天敵に遭遇するのは39年に一度しかありませんし、4年ライフサイクルの天敵に遭遇するのは52年に一度しかありません。

「じゃぁ、なぜ、もっと小さい素数の7年周期や11年周期じゃないの?」との疑問があるかも知れません。おそらく北米大陸には、周期ゼミの天敵となる7年や11年ライフサイクルの鳥がいたのでしょう。同じライフサイクルですからセミの大発生のたびにかち合ってしまい、やがて、そのようなセミは淘汰されてしまったのかも知れません。

また逆に、「じゃぁ、なぜ、もっと大きい素数の19年周期や23年周期じゃないの?」との質問に対しては、こう答えるしかありません。「セミにとって19年や23年は長過ぎる」と。

短過ぎず、長過ぎずの「素数」、13年と17年。自然界の素敵なバランスです。「周期ゼミ」や「素数ゼミ」への興味は尽きません。こんな素数ゼミの存在に、これまで無味乾燥だった「素数」がグッと身近になった次第です。

ところで、話は大きく変わりますが、インドネシアの人口ピラミッド(年齢ごとの人口を表したグラフ)では、5歳おきに大きな突出(=人口増加)が見られるそうです。つまり、5年ごとの大ベビーブーム。そう、まるで北米の周期ゼミのように。

ヒトのライフサイクルは5年ではありませんから、インドネシア特有の何らかの文化的背景があるものと推察されます。例えば、インドネシアのある島で5年に一度大きな祭りがあって国民が熱狂し夜は…とか、日本の丙午生まれを避けるような迷信のせいとか。諸説ありますが、答えは定かではありません。

ちなみにインドネシアのベビーブーム周期も「5年」と素数ですね。ますます「素数」が身近になりました。素数の「素」は素敵の「素」。

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