カラフルエッセイ  さかもっちゃんの知ったかぶりぶり

2018年7月19日 (木)

真夏の夜、土の中から這い出す生き物を喰らう

~ さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 184 ~

ちょうど今頃、暑い真夏の夜、土の中からモゾモゾ這い出してくる謎の生き物がいます。まるでB級ホラー映画に登場するゾンビのようですが、その正体はセミの幼虫。

土の中で数年を過ごしたセミの幼虫は、夏の夜に土中から出て来て羽化し、成虫となります。とっても長~い幼虫の期間に比べ、なんとも短い成虫の期間。たった数週間で恋して結婚して子孫を残さなければなりません。

セミの成虫は交尾して卵を産んだら役割完了。そう、繁殖だけがオトナの仕事。なんて忙しく儚い成虫の命でしょう。恋せよ、成虫。

さて、暑い夏の夜、「やっとオトナになって恋が出来るぞ!」と張り切って土の中から出てきた幼虫をオトナになる前に喰らっちゃう人々がいます。いわゆる「セミ喰い」。

古来から、少なからぬ有名人がセミ喰いでした。

古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、「セミは味わい きわめて甘美なり」とセミ幼虫の美味しさを讃える言葉を残しています。アリストテレスは生物学者でもありましたから、彼の言葉には強い説得力がありますね。

また、ファーブル昆虫記で有名なファーブルもセミ幼虫を食べてます。オリーブオイル、塩、玉ねぎなどでソテーして食べたセミ幼虫を、「エビのような味」と記しています。さすがグルメの国 フランスで生まれ育ったファーブルです。

実は、何を隠そう、不肖私もセミ喰いの1人。アリストテレスやファーブルのように、後世に名を残す訳ではありませんが、真夏の夜、土の中から這い出す生き物を喰らってます。

私のセミ喰い方法は、チョコレートでコーティングしたセミチョコ。土の中から出たばかりのセミ幼虫を、再び、黒いチョコレートの中へ封じ込めます。チョコに包まれたセミの味わいはとってもビター&スイート、そして確かな歯ごたえ。

夏の夜、アリストテレスやファーブルも愛したセミ喰いを、あなたもいかがでしょう。

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2018年6月18日 (月)

無料&癒しの集中思考創造空間

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 183~

仕事で頭が煮詰まった時など、いったん仕事の手を休め、思い切って外に出ることにしてます。人によってはこんな外出を「オサボリ」とも呼ぶようですが、私の場合は仕事を決してサボるのではなく、忙しい仕事の間に静かに集中し瞑想・発想に更けるのが目的です。

そんな瞑想・沈思黙考にかなうような場所の条件は、職場から徒歩10分程度で、無料(タダ)で、静かで、快適で、座ってゆっくり寛げる空間であること。

例えば、高級ホテルのロビーのようなところはこれらの条件にピッタリと合いますが、ホテル従業員に常に監視されているようで落ち着いて集中出来ませんし、お宝空間を発掘する面白みもありません。

さて、お待たせ致しました。私がオススメする「東京都心の無料&癒しオサボリ場所 ベスト20」…、もとい、「東京都心 無料で寛げる集中思考創造空間 ベスト20」を紹介しましょう。

1. 新丸ビル7階の「丸の内ハウスのテラス」。東京駅の赤レンガ駅舎を一望しながら寛ぐことが出来ます。

2. 新丸ビル3階の「行幸通り側に面したソファスペース」。吹き抜けで天井が高く、緑あふれる憩いの場。ソファに座りながらゆったり出来ます。

3. 新ビル2階の「仲通りに面した小さな隠れスペース」。ソファが3人分しかありませんが、その分、とっても静かで隠れ家のようなスペースを味わえます。

4. 丸ビル5階の「空中庭園」。大きな木が植えられており天井も高いため、抜群の吹き抜け感が心地よい場所。東京駅の赤レンガ駅舎を一望しながら寛ぐことが出来ます。

5. 丸ビル2階「1階の催事広場MaruCube を見下ろすテラス」。あまり知られてない隠れ家のようなスペース。そのため人通りもほとんどありません。

6. 丸の内オアゾ1階の「OO広場(おお広場)」。壁にはピカソの名作「ゲルニカ」原寸大複製陶板壁画が飾られており、雨の日にオススメの場所です。

7. KITTE 2階・3階の「東京大学総合研究博物館 インターメディアテク」。大型動物の骨格標本や剥製、鉱物のコレクションに囲まれて沈思黙考すれば、気分はすっかりインディジョーンズ。

8. KITTE 6階の「屋上庭園KITTEガーデン」。東京駅の駅前広場を吹き渡るそよ風にしばしの寛ぎ。

9. 丸の内ブリックスクエアの「一号館広場」。丸の内パークビルディングと三菱一号館美術館に囲まれた緑いっぱい中庭は見事。

10. 明治生命館1階のラウンジ。重要文化財のラウンジは天井も高く重厚にして荘厳。

11. 東京国際フォーラムのガラス棟の地下ロビー。「バブルの遺物」として、東京都のお荷物施設の1つとも揶揄されますが、地下とは思えない自然光がたっぷりの素敵空間。太田道灌にも会えます。

12. 東京交通会館3階の「木のテラス」。ここは鉄ちゃんの聖地です。走行中の東海道新幹線を同じ目線の高さで間近にみることができます。

13. 有楽町イトシア地下入り口のベンチ。江戸時代に南町奉行所があった場所。江戸時代の石垣から作ったベンチや木樋から作ったベンチで寛げば、気分は大岡越前。

14. Ginza Six(銀座シックス)の屋上庭園「GINZA SIX ガーデン」。森林ゾーン、水盤ゾーン、芝生ゾーンなどからなる見どころ満載の癒しスポット。銀座のド真ん中でのんびり自然と親しむことが出来ます。

15. 銀座三越9階の「屋上庭園」。出世地蔵尊もあるため、ここで寛ぎながら仕事すれば出世も間違いなし!(とは限りません)

16. ミッドタウン日比谷 6階の「屋上テラス」。緑いっぱいのテラスからは日比谷公園や皇居が見渡すことが出来ます。そよ風がとっても爽やかな居心地のよい空間。

17. 日本工業倶楽部会館の1階「三菱UFJ信託銀行 信託博物館」。東京駅前のこんな一等地に、こんなガラガラの博物館が存在するなんて、スペースの無駄使いと思ってはいけません。ピーターラビットにも会えます。

18. 三井住友銀行東館2階の「金融ミュージアム」。いつもガラガラの博物館。その分、ゆっくり寛げます。

19. 大手門近くの「ホトリア広場」。皇居外苑濠に隣接する約3,000m2もの緑地広場。皇居外苑濠の豊かな自然と歴史的景観を楽しみながら集中出来ます。

20. 大手町の森「OOTEMORI オーテモリ」。都心に作った本物の森。暑い夏のランチ時、ここの緑陰は最高です。

以上の集中思考創造空間はすべて、無料(タダ)で、静かで、快適で、座ってゆっくり寛げる空間です。さて、賢明な読者の皆様はもう既にお気づきかもしれませんが、もう1つだけ素晴らしい共通点があります。

それは、これらの場所がすべて地下通路でつながっていること。つまり、大雨や強風の日でも、フラッと手ぶらで簡単に移動できるのです。

こんなことばかり書いていると、なにやら私は職場を抜け出してオサボリばかりしているサボリーマンの典型みたいに思われそうです。でも、考え事に集中したい時や気分転換したい時など、上記のようなお気に入りの「オサボリ場所」、もとい、「集中思考創造空間」を複数持っていることは、とても重要なことだと考えています。

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2018年5月20日 (日)

料理教室

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 182~

私、最近、料理教室にハマってます。

もともと研究者のハシクレだった私にとって、料理は科学実験のようなもの。手を動かすのはそれほど苦になりません。科学実験成功の秘訣は、仮説設定とそれを証明するための段取りと下ごしらえ。これは料理と実験に共通する考え方です。

料理の最終イメージをしっかりと思い描き、そのイメージを実現するために段取りと下ごしらえする。レシピにしたがって材料を揃え、適切に下ごしらえさえすれば、あとは手順通り調理するだけ。ほぼ成功は保証されます。

もちろん、どんなに万全に準備しても、時として料理を失敗することもあります。そんな時は、科学実験と同様、失敗の考察が大事。

科学実験ではiPS 細胞のように失敗から大きな新しい発見につながることがありますが、料理の失敗も同様です。肉じゃがはビーフシチューの失敗から生まれたとか。

さて、そんな料理教室で、私が特に好きな料理を2つほど紹介させて下さい。

まずはメインディッシュから。

1. 天ぷら粉を水で溶き、少しもったりするくらいにしておきましょう。

2. タマネギはなるべく薄切りに、ニンジンは細切りにカットし、天ぷらの衣と混ぜます。

3. アブラゼミ成虫を丸ごと1匹、天ぷらの衣と混ぜます。そして丸ごと揚げます。

4. タイワンツチイナゴを丸ごと1匹、天ぷらの衣と混ぜます。そして丸ごと揚げます。

5. カイコ、コオロギ、ミールワームにタマネギとニンジンを天ぷらの衣と混ぜて、かき揚げを作ります。

6. 次にタレを作ります。ハチの子を発酵させて作った蜂の子醤油とみりん、砂糖、料理酒を混ぜて弱火にかけ、2分ほど温めます。

7. 丼に御飯、天ぷらを乗せてタレをかけたら、「昆虫天丼」の完成です。

次はデザート。

1. ツムギアリとタガメを下茹でし、アリはザルで水気を切ります。

2. タガメを解体して、柔らかい肉を集めます。

3. ボウルに寒天とアリ、解体したタガメの肉を混ぜましょう。

4. リンゴ、キウイフルーツは一口サイズに切って、寒天とツムギアリの中に混ぜます。

5. クロスズメバチをミルサーで粉末状にし、粒あんと混ぜます。セミ幼虫は、溶かした砂糖と絡めてキャラメリゼ状態にしておきましょう。

6. 白玉を茹でて、そろそろ盛り付けの準備です。アイスが溶け出す心配があるので、盛り付ける時間を見計らいましょう。

7. アリ寒天、あんこ、アイス、ホイップクリームの順にのせます。

8. その上に、セミ幼虫を1匹、イナゴ3匹、バナナとサクランボをのせます。

9. 最後にアイス付近に黒蜜をかけたら、「虫あんみつ」の出来上がりです。

「虫天丼」に「虫あんみつ」。そう、私が最近ハマっているのは昆虫料理教室。はい、ムシの料理です。蒸し料理ではありませんよ。

冒頭で、料理は科学実験のようなものと述べましたが、色鮮やかな昆虫たちを解体し調理するのはまさに科学実験そのものなのなんです。ワクワクしながら楽しむ昆虫料理作り。

ところで、昆虫料理が科学実験と大きく違うところは、昆虫料理では大きな失敗をすることが無いこと。そもそも誰も「これこそが正統派の昆虫料理!」って言うイメージを持っていませんからね。これも昆虫料理の素晴らしいところ。

創意工夫あふれる昆虫料理、アナタもいかがでしょ?

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2018年4月22日 (日)

地元飲みの楽しみ

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 181~

最近、地元飲みの機会が多くなってきました。今のところ、だいたい月イチから月2回のペース。ここで言う地元飲みとは、自宅から徒歩圏内での飲み会のこと。

この街に暮らし始めて以来、平日は自宅と仕事場の電車往復に明け暮れ、休日は近所で愛犬の散歩くらいしか知らないまま20ウン年。この間、たまに地元のファミレスなどで家族と食事をすることはあっても、地元の仲間たちと盃を傾けることは全くありませんでした。地元の飲み仲間すらいませんでした。

そこで、地域デビュー計画の一環として、最初に始めたのは地元での飲み仲間探し。これはこれでもう一つのエッセイを書けてしまうくらいの壮大な物語でしたが、ぜひ別の機会に。今回は、地元飲みのメリットとデメリットについて少し考えてみました。

まずはメリットから。

メリット1: 自宅から徒歩圏内のため終電を気にせずに飲め、それこそ這ってでも帰れること(実際にそんなことはありませんが…)

メリット2: 散歩のような気軽さでフラッと飲めること

メリット3: これまではほとんど接点のなかった地元に住む学生さんやフリーランスの方々、さらには市議会議員さんとも知り合い、一緒に飲めること

メリット4: そんな方々からのクチコミ情報で地元の隠れた名店を知り、意外なお店で飲めること

メリット5: 仕事や職業に関する話題は少なく、仕事関連のグチも無いことから美味しいお酒が飲めること

次はデメリット。

デメリット1: 終電を気にせずに飲める安心感から、ついつい深酒になってしまうこと

デメリット2: 散歩のような気軽さでフラッと飲めることから、散歩のように酒が生活の一部になってしまう恐れがあること

デメリット3: 初対面の方と飲む機会が多いため、共通の話題を見つけるまで時間がかかり沈黙が続く時があること

デメリット4: 地元の隠れた名店は地元の常連さんたちが圧倒的に多く独特の雰囲気に満ちており、アウェイな気分になってしまうこと

デメリット5: 私の仕事や趣味に全く関係ない地元関連の話題や音楽・芸術関連の話題が多いことから、会話についていくのが精一杯なこと

以上のように、メリットとデメリットは表裏一体で日なたと日かげの関係。でも、プラスとマイナス全てを考え合わせると、地元飲みでは多様な方々と多彩な会話が出来る点において、メリットの方がはるかに大きい様な気がします。

これだから、地元飲みはやめられません。

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2018年3月21日 (水)

命の値段

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 180~

仕事柄、今、とても悩んでいることがあります。それは「命の値段」。

例えば、不治の病にかかった25歳の若者が、画期的な薬によって元気に1年延命できるとします。ところが、この画期的な薬は目玉が飛び出るほど高価で、投与するためには月額で300万円、1年間で3,500万円必要です。そんな場合、この若者にこのよう高価な薬を投与し続ける意味・意義があるのかと言う悩みです。

人間の命は地球より重い、と言う人がいらっしゃいます。そんな人間の命を救うためにはお金に糸目をつけずにいくらでも払うべき、とのご意見も分かります。では、もし、この患者が前途有望な25歳の若者ではなく、80歳の老人だったらどうでしょうか?

ご存知のように、日本は国民皆保険の国ですから、どんなに高額な薬であっても公的医療保険や高額療養費制度からほとんどが支払われ、患者個人の自己負担はそれほど多くありません。先に挙げた3,500万円も例外ではなく、そのほとんどが公的医療制度から支払われます。

このように、一患者の立場からは日本の公的医療制度はとても優れた制度なのですが、問題はその財源。 公的医療保険や高額療養費制度は、納税者が納める税金や、多くの国民が払っている公的医療保険費を財源として成り立っています。80歳の老人を1年延命するために、皆さんが払った貴重な税金や保険費から3,500万円も払うのを許容する覚悟がありますか?

皆んなから集めたお金なんだから3,500万円くらい払っちゃえ!と言う方へ。もし、同じような不治の病の患者が全国に5万人いるとしましょう。3,500万円 x 患者数 5万人 = 年間1兆7500万円! 現在、国民医療費の中で、捻挫の湿布薬や風邪でもらう抗生物質なども含めると全医薬品総額は約9兆円。この9兆円のうち、なんと20%近くをたった1つの薬で使ってしまうんですよ。どんなに優れた公的医療保険と言えども、これでは破綻してしまうのは目に見えています。

それでは、こんな素晴らしい日本の公的医療保険制度を破綻させないために、私たちは何をすべきでしょうか?私なりに、処方箋を3つほど考えてみました。

1つめは、公的医療保険のカバー範囲を「命にかかわる病気」だけに限定し、捻挫の湿布薬や風邪でもらう抗生物質など「命に関わらない軽い病気やケガ」は全額自己負担とすること。

肥満や喫煙治療などの自業自得型は完全自己負担として、難しいのは「命にかかわる病気」の線引き。特定のがんや致死的感染症は当然含まれるとして、心臓病や認知症はどうでしょうか?これらは命にかかわる病気ではありませんが、保険でのカバーは必要そう。う~ん、も少し議論と合意形成が必要なようです。

2つめは、医療費全体を圧迫するような超高額薬の値段を下げること。

一見、これは有効そうですが、大きな落とし穴があります。それは薬を開発し提供する側の問題。薬の開発には莫大な経費と時間がかかり、また、開発の成功確率も他の製品に比べて極めて低いのが特徴。そのため、どうしても画期的な新薬は高額にならざるを得ません。もし強制的に値段を下げたら、企業が開発意欲を失ってしまう恐れに加えて、欧米企業が日本での新薬開発と発売を諦める事態もあり得ます。欧米で使える新薬が日本では使えない、との悪夢が再び現実になるかも知れません。

さて、3つめ。1年延命の「費用対効果」を算出し、投与対象患者を絞ること。

ここで話は最初に戻り、前途有望な25歳の若者と80歳の老人の比較。どちらの命も地球より重いのですが、はたして「命の値段」は同じでしょうか?逸失利益の計算などで、それぞれの「費用対効果」を算出することは机上では可能です。ただし、老人には老人なりのイブシ銀のような価値があります。その価値はお金では測れません。したがって、「効果」についての考え方は百人百様、これももう少し議論と合意形成が必要なようです。

う~ん、どれも決め手に欠けますね。「命の値段」について、あれこれ悩んだあげく、結局、答えは出ませんでしたが、今後も引き続き考えていきたい問題です。

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2018年2月18日 (日)

「流域地図」から考えてみる

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 179~

青森県の日本海側に、鯵ヶ沢町という鄙びた港町があります。NHK大相撲解説者 舞の海さんの出身地として知られていますが、同じく津軽出身の太宰治は小説「津軽」の中で、この町を次のように描いてます。やや長文引用の上に旧仮名遣い、なにとぞ御容赦下さい。

「私は、深浦からの帰りに、この古い港町に立寄つた。この町あたりが、津軽の西海岸の中心で、江戸時代には、ずいぶん栄えた港らしく、津軽の米の大部分はここから積出され、また大阪廻りの和船の発着所でもあつたやうだし、水産物も豊富で、ここの浜にあがつたさかなは、御城下をはじめ、ひろく津軽平野の各地方に於ける家々の食膳を賑はしたものらしい。…(中略)… この町は長い。海岸に沿うた一本街で、どこ迄行つても、同じやうな家並が何の変化もなく、だらだらと続いてゐるのである」

明治時代になると、鉄道網の発達とともに海運の中継地としての機能は廃れ、鯵ヶ沢は沿岸漁業の町となりました。漁業の他はこれと言った産業も無い、典型的な寂れた小さな港町のイメージでしょうか。

話は跳んで、世界自然遺産の白神山地。青森県と秋田県にまたがる広大な天然ブナ林で有名です。白神山地の県境付近に「二ツ森 (ふたつもり)」と呼ばれる標高1087メートルの山があります。実は、この二ツ森、先に述べた鯵ヶ沢町に属しているのです。鯵ヶ沢町の中心部からは、なんと90キロメートルもの距離。関東で例えれば、東京駅から山梨県の大月、埼玉の本庄や群馬の太田あたりの距離でしょうか。

太宰治が書いたように、鯵ヶ沢の商店街は海岸沿いだけで、残りの大部分は住む人もいない山岳地帯。しかも、そんな山岳地帯がはるか秋田県境まで90キロ近く延々と続きます。それにしても、鯵ヶ沢町の行政区域って、なんでこんなに細長く歪なんでしょう?

その謎を解くカギは、2つの大きな川(赤石川と中村川)にありました。これらの川は鯵ヶ沢町の漁港近くで日本海に注ぎますが、その源流ははるか彼方、前述の白神山地の県境「二ツ森」付近。秋田県境付近の源流から日本海の河口まで、延々90キロメートル。鯵ヶ沢町の行政区分地図は、この2つの川の「流域地図」そのものだったのです。

「流域地図」って、あまり聞き慣れないことばですが、東京・神奈川を流れる多摩川を例に考えてみましょう。多摩川の「流域地図」は、東京都の奥多摩町、青梅市、あきる野市、羽村市、福生市、昭島市、立川市、国立市、府中市、八王子市、日野市、多摩市、稲城市、調布市、狛江市、世田谷区、大田区、そして神奈川県川崎市まで、なんと18もの市区町村を含みます。「流域地図」には、都県境を越えてもともと「武蔵国多摩郡」だった歴史的・地域文化的に一体感のある地域が広がります。

多摩川の堤防が現在のように頑丈ではなかった時代、多摩川はたびたび氾濫しました。最近の例では、昭和49年(1974年)9月、狛江市付近で堤防決壊した「狛江水害」が知られています。首都圏の住宅地で、しかも多摩川の本堤防が決壊するという、信じられないような光景でした。

この大水害は多摩川沿いの各自治体(例えば、東京都狛江市と神奈川県川崎市など)が、個別に災害対策をしてもまったく意味がないことを世に知らしめました。河川の環境防災対策は行政区分単位ごとに行うのではなく、「流域」全体が1つの生態圏として行う必要性があるのです。そこに「流域地図」の意味と意義があります。

さて、再び鯵ヶ沢町。源流から河口までの川に沿った90キロにも渡る細長~い行政区分は、形こそ歪ですが、「流域地図」全体をたった1つの町でカバーしています。これは、防災上、極めて合理的と言えるでしょう。

「流域地図」に18市区町村が混在する多摩川とは大違いですね。ここは鯵ヶ沢町を見習って、多摩川沿いの18市区町村は、東京都と神奈川県の枠を越えた「多摩県」または「武蔵県」として大合併し独立すべきでしょう。その県庁所在地はもちろん、「武蔵国多摩郡」の国府があった府中市です。

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2018年1月20日 (土)

平成の世 30年目に想うこと

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 178~

親子関係で続く一世代の平均間隔はおよそ30年。元号が昭和から平成に変わってすぐに第一子が産まれ、新米父親となった私ですが、その第一子が先日結婚。ちょうど一世代30年の流れについて、我が身を持ってシミジミと感じている今日この頃。

この30年間、私が父になったように、我が国でもとても大きな変化がありました。それは、65歳以上の高齢者人口が激増したこと。

平成元年には日本人の10人に1人ほどだった65歳以上の高齢者が、30年を経た現在では4人に1人まで比率が高まり、さらに3人に1人をうかがう勢い。この30年間の日本の高齢化は、人類史上、前例の無い猛スピードで進んだことになります。これはもう、30年前とは違う人々が住む国と言っても良いでしょう。

その結果、日本の国家予算に占める年金・医療・介護などの社会保障費が、平成の30年間で10兆円から30兆円へなんと3倍も激増。歳出に占める割合は18%から33%に膨らみました。これはもう、歴史に残る30年と言って良いでしょう。

ことほど左様に、平成の30年という歳月はヒトと国が変わるのに十分な時間だったのです。

冒頭で述べたように、ヒトの一世代は約30年。これはあらゆる生物種の中で最も長い部類に入ります。動物が母親から産まれて次世代の子どもを産めるようになるまでの平均的な時間は、ネズミが約1か月、ネコ・イヌ 約半年、ウシ 約2年、ゾウ 約12年。

ヒト以外の多くの動物はヒトより世代交代が速いため環境の変化に対応しやすくなり、その分、進化の可能性も高くなると考えられます。平成の30年間でこれらの動物に起きた大きな変化と言えば、ペット飼育実態調査でネコの数がイヌを初めて上回ったこと、そして、日本でペットとして飼育されるイヌとネコの平均寿命が過去最高になったことの2つでしょうか。

平成の世、イヌの寿命は8.8歳から13.2歳へ1.5倍延び、ネコは更にすごく、5.1歳から11.9歳まで2.3倍も延びました。このようにイヌとネコの平均寿命が劇的に延びたのは、ワクチン接種の普及などで感染症対策が進んだことが大きな理由なんだとか。

ことほど左様に、平成の30年という歳月は動物が変わるのに十分な時間だったのです。

もし、私が今から100年後に生きる歴史家だったら、こんな平成の30年を振り返り、「猫も杓子も大延命の時代」と名付けることでしょう。「杓子」が何を意味するかは、人それぞれ。それは、さらに後世の歴史家に評価してもらうことにしましょう。

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2017年12月19日 (火)

戌年に犬を想う

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 177~

2018年は戌(いぬ)年。犬(イヌ)と聞いて、まず私が連想するのは「忠誠と裏切り」。何やら戦国時代の下克上のようですが、それがイヌの特徴です。

童話の桃太郎や花咲か爺に登場する犬は忠誠心の塊のようで、実は、飼い主の命令にただ従っているだけ。訓練で仕込まれた行動を条件反射で繰り返しているに過ぎません。これが犬の「忠誠」。

そんな忠犬もストレスが溜まった時など、飼い主に歯を剥き本気で噛むことがあります。イヌとしてごく自然な行動ですが、飼い主にしてみれば、これが犬の「裏切り」。

こんな「忠誠と裏切り」から、「飼い犬に手を噛まれる」との歪んだコトワザが生まれました。犬にしてみれば、飼い主に「忠誠」を誓っているわけでも「裏切り」をしているわけでもありません。動物種としてのイヌの特徴を、人間が勝手に擬人化して解釈し、思い込んでいるだけなのです。

このように犬は人間と長い付き合いのため、「飼い犬に手を噛まれる」のような犬にまつわる多くのコトワザや慣用句が存在します。今回は戌年にちなんで、犬のコトワザや慣用句を2018年の自分に当てはめ占ってみました。

まずは「犬も歩けば棒に当たる」。あまりに有名なコトワザですが、「何かをしているうちに思いがけない幸運に当たる」などと、良い意味として誤用している方も多いようです。実は、「棒に当たる」のホントの意味は「人に棒で殴られる」こと。犬がうろつき歩いていると人に棒で叩かれるかも知れないから、「でしゃばると災難に遭う」が本来の意味。犬もとんだ災難です。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、犬のようにあちこち歩き回って多くの人と会い、多くのことを学ぶことにします。「犬も歩けば幸運に当たる」。

次は「犬が西向きゃ 尾は東」。当たり前過ぎるほど当たり前であることの例えで使われます。でも「犬が西向きゃ 尾は東」って、ホントに常識なのでしょうか?尾が短い犬は確かに「犬が西向きゃ 尾は東」ですが、尾が長く垂れ下がっている犬の尾は明らかに違います。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、常識を常に疑うことにします。「犬が西向きゃ 尾は真下」。

最後は「羊頭狗肉」。これも有名なコトワザですから、今さら説明は不要でしょう。2018年、私は「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」を誓います。でも実際には、ヒツジ肉とイヌ肉は見た目も味も臭いもまったく違いますから、「羊頭狗肉」で誤魔化すことなんて絶対ムリ。ですから「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」なんて、全然自慢にもなりませんが。

2018年、私は棒を恐れず、常識を疑い、有言実行の看板を掲げ、飼い犬のような社畜にならないよう、前へ進んでいきます。

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2017年11月19日 (日)

ひとりランチの効用

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 176~

平日、仕事の合間、私は「ひとりランチ」を週1~2回は必ず取るようにしてます。それも意図的に。「ひとりランチ」とは文字通り1人でランチを食べること。

なにやら独居老人のようで寂しげな響きですが、決してそんなことはありません。「ひとりランチ」は前向きでとってもポジティブなんです。

ランチに限らず食事は複数でテーブルを囲みながらワイワイガヤガヤが楽しいのですが、ひとりランチにもそれなりの効用があります。効用をいくつか挙げてみましょう。

まず1つ目は、他人に気兼ねなく新しいお店にチャレンジ出来ること。ガード下のちょいとウス汚れたお店や、路地裏にあるウラ寂れた食堂なんかにチャレンジするのは、「ひとりランチ」の時こそ絶好のチャンス。例え美味しくなくて大失敗だったとしても、自分1人の責任と後悔で済みますからね。

2つ目は、自分がホントに好きなものをじっくりマイペースで食べられること。複数で食べると、当然、そこに会話が生まれます。これはこれでコミュケーションがあって良いことなのですが、その分、自分のペースでは食べられません。私の最長じっくり記録ですが、ホルモン炒め定食に1時間近く費やしたこともありました。味が染み込んだホルモン炒めを、じっくりよ~く噛み噛みしながら至福のひと時でした。

3つ目、次の仕事の構想を練ったり、プライベートのことを考えたり出来ること。おそらく、これが最大の効用。ひとりランチは食事に集中できる分、視覚、嗅覚、味覚に加えて噛む際の触覚と聴覚から得られる膨大な情報が一斉に脳を刺激し、脳の働きを大いに活性化してくれます。そのため、ひとりランチは考え事にぴったり。

ひとりランチ、言葉は寂しげですが、私にとっては午後の仕事に向けた心の平穏と自分を取り戻す大切な時間なのです。

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2017年10月15日 (日)

歴史の重層

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 175~

秋晴れの一日、人気エッセイストのsojiさんと一緒に、埼玉県の遺跡を巡る機会がありました。日本の近代資本主義が勃興した明治時代から、埼玉の源流とも言える古墳時代までを一気に遡る、sojiさんらしい壮大な企画でした。

渋沢栄一の生家も圧巻でしたが、私の中で今回の目玉だったのは古墳時代、行田市のさきたま古墳群と東松山市の吉見百穴。どちらも5世紀から7世紀にかけてのお墓です。

まず圧倒されたのは、さきたま古墳群の中の丸墓山古墳。緑の草木に覆われた古墳は、爽やかに晴れ渡った秋空に向かって雄々しく聳え立ってました。その姿はまるで自然の丘と見紛うほど。

聞けば、この丸墓山古墳、行田市で最も高いところとか。円墳の頂頭部からの眺めは抜群。彼方に行田の市街地を一望することが出来ます。

この古墳が造成された時代から約1,000年後、天正18年(1590年)、すなわち今から500年ほど前、私たちが立っているまさにこの場所から、歴史上とても有名な武将が同じ方向を見下ろしてました。

その武将の名前は石田三成。後の関ケ原合戦における敗軍の将です。三成が丸墓山古墳から見下ろした視線の先には、映画「のぼうの城」で知られる忍城がありました。

豊臣秀吉の命を受けて忍城を水攻めした際、三成は、当時から周辺で最も高かったこの場所に本陣を構えたのです。そして更に、水攻め用の堤防を造るため古墳の一部を壊すという蛮行までしてのけたのでした。

遺跡の上に戦のための本陣を造り踏み荒らしただけではなく、戦のために遺跡の一部まで破壊。なんて野蛮な行為、と現代に生きる多くの方々は憤慨するかも知れません。ただ、今では三成による遺跡破壊の蛮行自体が歴史の一部となってしまい、「石田堤」の名のもと貴重な観光資源となっています。なんとも皮肉な歴史の重層。

さて、さきたま古墳群を後にし、次に向かったのは吉見百穴。私たちはここでも遺跡破壊の蛮行を目にすることになります。ここで遺跡破壊が行なわれたのは現代、ほんの数十年前のこと。

太平洋戦争末期、吉見百穴遺跡の真下に地下軍需工場が作られました。米軍の空襲を避けるため、当時の中島飛行機が地下に作った戦闘機部品工場です。この辺りに分布する凝灰質砂岩が、古墳時代の人々にとってだけでなく、現代人にとっても掘りやすかったのが理由だとか。

工事の際、貴重な遺跡がいくつも破壊されてしまいました。三成による古墳破壊を「蛮行」と呼ぶならば、わずか70年ほど前の吉見百穴破壊は「愚行」とでも呼ぶべきでしょうか。

一方で、500年前に古墳を破壊して造成された石田堤と同様、この地下軍需工場跡も既に歴史の一部となりつつあるようです。1,500年前の遺跡より70年前の地下工場跡を目当てに、吉見百穴を訪問する方もかなり多いようですから。

水攻めのために古墳を破壊した三成、そして、戦闘機部品製造のために吉見百穴を破壊した軍需工場。どうやら戦時には、遺跡を顧みる余裕が無くなってしまうようです。思えば、我々人類は歴史の中で、このような「蛮行」や「愚行」を絶えず繰り返してきたのではないでしょうか。とっても皮肉なことに、そんな「蛮行」や「愚行」もやがては歴史の一部に。

歴史の上に歴史を造る。そんな歴史の重層の上に私たちは生きているのかも知れません。

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