カラフルエッセイ  わさくの悪知恵

2018年4月10日 (火)

プレミアムフライデーは何処へ

~ わさくの悪知恵 211 

最近では巷でも話題にならない「プレミアムフライデー」、通称「プレ金」。

ちょうど先月3月の該当の日に仕事の打ち合わせを業者の方をしていて「そういえば今日プレ金ですねえ」と話を振ったら、「ええ何ですか、それ?」と返されたので少し驚いた。一応その方部長職にあるのだが・・・

さて、この「プレ金」いつから施行されたか覚えておられるだろうか?

昨年、平成29年の2月からで記念すべき第1回が2月24日。

第2回目が同3月31日で、この日が我が誕生日の前日で、ちょうど海外からの長い付き合いの友人たちが来日中で、都内で誕生日夕食会を家族とともに開催してくれたので記憶にある。当日都内は冷たい雨が降っていた。

元々プレミアムフライデーは政府と経済界が提唱した「個人消費喚起キャンペーン」。毎月末の金曜日は午後3時に仕事を終え、普段よりも「プレミアム」な生活を推奨する個人消費を喚起するという主旨のもの。<Wikipediaより抜粋>

少し調べてみたが、施行から1年過ぎてある調査では、1回でも「プレ金早帰り」できた人は全体の8.3%で、さらに100人以下の企業の場合は4.5%となると示している。

この数値をどう捉えたら良いやら?

関連して私が仕事絡みで遭遇した海外の企業の特殊な金曜日は--------

大英帝国北アイルランドの多くの企業では毎週金曜日は1:00PM終業。その分朝が早かったかどうかは記憶にない。

アメリカで長年取引のある製造業工場は、月曜から木曜までが7:00AMから4:30PMまでが通常就業時間。金曜日が7:00AMから10:30AMで終業というシフトを敷いていた。ただしこれはあくまで工場稼動のシフトで営業その他の管理部門には適応されていなかった。

さて我が現在の仕事に置き換え「プレ金」を見てみると・・・

一応「販売に係る」職種なので、月末最終金曜日は月のなかでも最も重要な日にあたり提唱されている「プレ金」は別世界のお話と捉えざるを得ない。

同じ捉え方をされる企業、企業人は結構多いのではないかと想像する。

そんな具合でプレ金に早く仕事を上がることもないからか、「プレ金スペシャル」を掲げ消費を煽っている小売店に遭遇した記憶もない。

どうもこのプレ金、『2千円札』と同じ道を辿るような気がしてならない。

少し違うレベルの話になってしまうが、よく立ち寄る自宅近くの立ち飲み屋さんが「金曜スペシャル」なるメニューを掲げ、「ウィスキーハイボール」が毎金曜日は何と1杯¥150で飲ませてくれる。

先月の悪飲み仲間大集合の飲み会で、ほぼ我々だけでそのお店の金曜スペシャルのウィスキーハイボールのキャパをすべて飲みきってしまったことがあった。

こういった「消費喚起」企画は大歓迎だ。

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2018年3月11日 (日)

ウォーキング~整骨院

~ わさくの悪知恵 210 

昨年の後半から治療?している血糖値が良かったり、時に急激に上がったりで、何かもう1つ位日々の生活習慣で改善すべくものを取り入れようと始めたのが「ウォーキング」。

「散歩」ではない「ウォーキング」。

元々運動して体を動かし汗を出すのが好きな方なのだが・・・

日頃の通勤に取り入れ、とりあえず週に2日ほどは一日に13,000歩以上歩くようにしている。これまでの平均が一日8,000歩前後なので40%弱のUPで、往復で時間にして30分弱のプラス、距離にして地元のJR1駅弱分くらいだろうか。

週2日であれば無理なくできるであろうとはじめる。今のところ無理なくこなしているが、気候がよくなってくればもう1日ほど増やせるかもと思っている。

朝の往路では割と気が張っているためか無心に近い状態で歩いているが、夜の復路は割とリラックスしているためか新しい色々な「アイデア」などが沸いてきている。

嬉しい消費も出てきた。

私はラジオ文化ファンであり、週に4つ程のFM番組をタイマー録音し、欠かさず通勤時間帯を中心に聞いているが、このウォーキングで聞ける時間の幅が広がり、4つの番組を消化するに余裕が生まれたのは嬉しい発見だ。

それに関連する訳ではないが・・・

私はここ20年以上仕事場近くの「整骨院」に大体週1のペースで通っている。

ウォーキングとは別に「草テニスプレーヤー」になって早30年が過ぎ(現在は週一の90分のレッスン通いだけだが)、そのメンテも兼ねて通っている。足の「肉離れ」も何回か経験しておりお世話になっている。

その間オーナーが3人変わっているが、私は通い続けている。日々の仕事を終えて立ち寄るのに丁度良いところにあるからだろうか。

現在の院長は40代半ばの男性。昨年の3月で故郷の三重に帰られることになっていたが現在まで後継者がいないようで彼が続けて治療をしてくれている。

ただ現在一人で切り盛りしているためと、患者/ファンが多いためか混んでいるのが難点だ。混んでいようとも患者一人にかける治療時間は一切短縮妥協などしないところが支持を受けているのかと思う。

そこで「ウォーキング」をはじめてから言われるのが、「背中と腰がかなり張っています。」だ。

混んでいたり、自己都合で2週に一度ペースになるとこの状態のようだ。自覚症状はないのだけれど。

前回治療を受けた際には「張りは段々となくなりつつある」と言われた。勝手に「ウォーキング」が体に馴染んできているのではと解釈。

よく言われるのが「ゆっくり入浴して体をほぐし、簡単なストレッチを」だ。どんなストレッチがよいかも教えてくれるので有難い。

「ウォーキング」と「整骨院」、今後も長いお付き合いになりそうだ。

最後にあれから早7年。3/11に合掌。

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2018年2月10日 (土)

3rd Place/サードプレイス/第3の場所

~ わさくの悪知恵 209 

都市生活者の「自宅(ファーストプレイス)」、「職場(セカンドプレイス)」でもない、自分らしさを取り戻せる、または一個人としてくつろぐ事のできるのが「第3の居場所/サードプレイス」と紹介されているのを購読しているメルマガで発見し興味深く思った。

以下讀賣広告者都市生活研究所の「自分の居場所(サードプレイス)に関する調査」(スーモジャーナル住まいと暮らしのニュースに掲載)を参考にさせてもらいながら書き綴ってみたい。

アメリカの社会学者のレイ・オルデンバーグ氏が長年この〝サードプレイス″に関する研究をされており、その特徴として「無料または安価で利用できる」「アクセスがしやすい(徒歩圏内)」「常連客が集まる」「快適で居心地がよい」「古い友人と新しい友人の両方に出会える」などを挙げている。

代表例としてフランスのカフェ、イギリスのパブなどが挙げられているが、これらのビジネスコンセプトも含め日本市場に参入してきたのがアメリカ資本の大手のコーヒーショップチェーン。それが1996年、もう22年前だというからビックリだ。

この調査によると、この〝サードプレイス″を持っているのは25.6%。4人に1人が所有者であるという。その場所については「カフェ喫茶店」「公園や河原、海などの屋外」「スポーツクラブ/ジム/ヨガ」がトップスリー。

年代別にみると20-30代では男女とも「カフェ/喫茶店」がトップであるのに対して、60代男性では「居酒屋/飲み屋」であり、60代女性では「スポーツクラブ/ジム/ヨガ」であるなど年齢や性別によって違いが見られる。

しかしながら60代男性の多くのそれが『居酒屋/赤提灯』であるのに対し、近い将来、若い世代が「バーチャルサードプレイス」として『スマホ』を挙げるようになってくるかもしれないと予測する方もいる。

さらに細分化すると、仕事を持っている人に絞ってみると「通勤時間」との関係が係ってくるという。つまり通勤時間の長い人ほど「第3の場所は持っていないが、その場所は重要だと」答える傾向が強いという結果が出ているという。

わがケースに当てはめてみると・・・・

サードプレイスといわれる場所は〝ある″。

私の場合も同世代に同じ「居酒屋/飲み屋」が該当するだろう。しかも自宅近辺に3軒ほどのお気に入りがあるが、隠れ家的にしているからあまり新しく知り合った人々には紹介したくない「第3の場所」だ。

相方をみればやはり同世代が挙げる「スポーツクラブ・ジム」である。かくなる私も20代半ばに転勤していた地でジムに2年ほど熱心に通ったことがある。

昨年より我が仕事の雇用形態が「嘱託」に変わったこともあり、時間的に少し余裕ができつつあるのでジムの再デビューを狙ってみようかとも思っている。

ただ最新の我が雇用形態から「職場(セカンドプレイス)」があと数年でなくなってしまう可能性が高い。

その場合も「サードプレイス」は「サードプレイス」か?

さて皆様は「サードプレイス」をお持ち? その場合はどちら?

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2018年1月10日 (水)

年末の断捨離

~ わさくの悪知恵 208 

謹賀新年!!

今年も我が拙筆エッセイへのお付き合いの程をよろしく!

とはいえ今年私は喪中にあたる点を先にご了承いただきたい。

昨年5月に父が亡くなり、この年末年始は割と静かに過ごしたつもりだ。

ただ年末が近づく前にかなりヘビーな「大掃除/断捨離」を行なった。

父の遺品?整理を兼ね、実家の不用品の処分、ついでに我が家の不用品も一緒に処分しようと11月下旬からその準備に入った。

その間時間があれば「ゴミ出し」準備に励んだ。幸い我が家から実家までは徒歩5分以内なので実家で一括して業者に引き取りの段取りで作業を始めたのだが・・・・

この際だからと出てくる、出てくる不用品の数々。両家ともここ25年程溜め込んでいた不要物のオンパレード。

ここで少し厄介な事に改めて気付く。

我が家は今年築51年目の集合住宅の4階。当然エレベーターなどなくこの搬出作業には手を焼いた。階下に車を廻し実家まで何往復したことか。

実家の方も現在は母の一人住まいなので、不用品の搬出準備を手伝っていたため結構肉体的にもかなり効いた。我が家人も然りで、体調を崩し風を引いてしまい2日程寝込んだ。

業者が引き取りに来る前日の土曜日には実家はまさに「ゴミ屋敷」化。

翌日無事に業者にすべて引き取ってもらったが、かなりな予算オーバー。結構な悪徳〝ボッタクリ″業者に当たってしまったようだ。基本料金からの見積もりを聞いてビックリしたが、すでに収集場所の実家はゴミ屋敷状態。仕方なく提示の見積もり通りですべてを引き取ってもらう。

改めて日頃小まめにゴミ出しをしておくべきかを痛感する。まさに「断捨離」の意味そのままだ。

この教訓を元に年明けからまた実家の整理を敢行。私の担当は主に父が書斎として使っていた部屋の整理。

父とは足掛け20年ほど一緒に仕事をしていた。

物を書くのが好きな人だっただけに出てくる、出てくる書類の山。それらを何年も放置状態だったようで少し手間取っている。

この作業、母からは〝時間のある時にゆっくりやってくれれば良い”と言われてはいるのだが…

嬉しい驚き発見もあった。父が企画したイベントの祝儀袋の束を整理していたら中味が額面通りの¥30,000の現金がそのまま入ったものを見つけた。有難く年末の突出予算に充当させてもらった。

そんなことがあり今年の生活目標として「断捨離」を意識して過ごしていこうと思う。

流行り?の「ミニマ二スト」までには到底成り切れないだろうけれど・・・

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2017年12月10日 (日)

ちょい飲み、ギャラ飲み

~ わさくの悪知恵 207 

我が自宅のある地元で「ちょい飲みクラブ」なる有志のグループが自然に発足し、私も気が付いたらメンバーになっていた。

地元で「今ちょっと飲んでるよ、誰か来ない?」ってSNSで呼びかけると都合の付く何人かが加勢し、気軽な小宴となるといったような主旨のグループだ。

大体「立ち飲み屋」系が多く、値段も俗に言う「せんべろ」(千円で結構飲み食いできる)系の飲み屋さんでのセッションが多い。

私は本来ビール好きなのだが、ここのところ血糖値が少し高めで糖質が多い通常のビールはできるだけ飲まないようにしている。そこで専ら嗜むようになったのがウィスキーのハイボールかホッピーの焼酎割り「ホッピーセット」。

この2つが格安で飲める「ちょい飲み屋」を自宅と仕事場近くに見つけ、たまにボッチ飲み(一人飲み)している。

Pix写真のとおり、これで¥700也!

この2店ともどちらかというと愛想のない兄ちゃんたちが切り盛りしているので、反ってそれが不思議と私には落ち着く。

普通ちょい飲みというと、仕事を終えて帰宅する前にちょいと一杯が多いかもしれないが、私の場合それがほとんどない。ただ単に習慣的にないだけなのだが・・・・

多くの場合、次への「時間調整」または勝手に「0次会」でのちょい飲みが多く、ちょい飲みクラブのお誘いに合流することはあまり多くない。

この「ちょい飲み」と関連はしないが、購読しているメルマガで『ギャラ飲み』なるものがあることを最近知った。

ギャラ飲みとは、主に女性(特に若い)の「飲み会参加バイト」で30代から50代のリッチな男性陣の飲み会に参加して、一緒に楽しんでくれたお礼として「ギャラ」(謝礼金)をいただくものらしい。

最近の傾向では大人数でなく、1対1でのギャラ飲みパターンも増えているような・・・

ギャラは幅が色々あるようだが、大体最低でも1人1回の参加で¥10,000位は稼げているようだ。

たまたまそのメルマガは、最近起業した経営コンサルの女性が本業がなかなか軌道に乗らず「ギャラ飲み」で食繫いでるという内容だった。それも忘年会シーズンに入ったので、週に4日もギャラ飲みすることもあるという。

まあ先輩コンサルに「喝」を入れられてはいたが・・・・

専用アプリまで登場しているようでビックリである。

安全面は大丈夫だろうか? 社会的な問題に発展しなければ良いが・・・・

さて、ちょうど12月の第3週末に「ちょい飲みクラブ第1回忘年会」が開催されるので参加する予定だ。

久しぶりに仲間たちと会えそうなので楽しみだ。ちょい飲み屋の情報も膨らんでくるかと思うので楽しみだ。

あっという間の年の瀬。今年一年間の我が拙筆エッセイへのお付き合いに感謝したい。そして皆様良いお年を!!

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2017年11月10日 (金)

6回目の岩手県大船渡へのツアーに参加して

~ わさくの悪知恵 206 

去る11月の第1週末にここ数年我が恒例となっている岩手県大船渡へのツアーへ参加してきた。

東日本大震災に対して微力ながら我々も何かできないかと、我が地元千葉県市川市にあるライブハウスに集うミュージシャンたちが働きかけはじめ、2012年から毎年大船渡を中心に数箇所でライブを行うというイベント、今回で6回目だ。参加者は旅人は約60名、現地で迎えてくれる仲間たちが30人弱とこちらは毎年増えている。

過去5回の内容はすべてこのエッセイにて紹介させてもらっているので、こちらを参照してほしい

昨年のこのツアー、我が父が、私が出発したすぐ後に実家の玄関先で転倒し入院。結局それから帰宅することなく半年後に亡くなってしまったので、私自身にもこのツアーはさらに特別なものとなりつつある。

さて、今年は旅人の参加者に少し変化があった。常連の何人かの参加がない。

その理由を聞くと大体2つ。

1つは収入が減って旅費が捻出できないというもの。かくなる私もこの5月からは第一次定年で収入減なので気持ちがわかる。ただ私の場合、ここ数年は年間を通じて旅費を捻出すべく毎月貯金をしているので対処できているのだが・・・

もう1つが家族、特に親の介護のため。私も昨年はそれにぶつかるところだったのだから・・・・ 皆そういう年代にきているということか・・・・

例年通り夜行バスに約8時間揺られ、早朝に大船渡に到着。

Photo昨年までの過去5回、活動の中心としていた「屋台村」なる飲食店集合施設が今年の4月下旬でなくなってしまい、見事に更地になり、かさ上げが行われていた。まったくの更地を見た時に過去5年の思い出が蘇ってきて胸が熱くなってしまった。

しかしながらその屋台村で営業していた多くのお店がすぐそばの「キャッセン大船渡」なる新設になった総合商業施設に移転している。(キャッセン=来やせん=いらっしゃい の意味らしい)

新しいこの商業施設に立ち入り、ビックリした。新しい、きれい、大きい。まるで『新しい町』に来たようだ。

Photo_3このキャッセンの千年広場が今回から我々のライブの中心地となり、オープニングの日のMC
(Master of Ceremonies/司会進行)を私が仰せ付かった。天気も良く、温かい絶好の屋外ライブ日和となり実に気持ち良かった。

その夜に仲間たちをその日を労いながら飲みつつ、この「新しき町」について語り合ったが、これが「復興」のひとつだと考えるなら、当初の我々の微力ながらの「復興支援」としての使命はそろそろ終わったのかもしれないね、などとの声も上がってきた。

確かにそうかもしれないが、現在我々の多くが、大船渡でできた頼もしい仲間たちに会いたいから、あのお馴染みになったお店でまた飲み食いしたいからという目的で訪問するという方向に変わっていっても毎年開催する意義は十分にあると思う。

2012年に始まった時のこのツアーの主旨を各参加者が忘れなければ・・・・

そんなことを胸に留めながら3日間の日程はあっという間に無事に終了した。旅人全員の無事帰還が確認されるとこの旅の終わりが告げられる。

私自身この旅が終わるとその年が終わっていくような寂しい気持ちになってくる。“ジャーニーロス”とでも言ったらよいのだろうか?

来年の開催も決定しており、すでに少しづつ動き出している。

私も当然来年も参加したい。そのためにまた来月から貯金しはじめなければ・・・・

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2017年10月10日 (火)

2人の若き女性とともにお仕事

~ わさくの悪知恵 205 

去る5月、ちょうど私が第一次定年から再雇用スタートの頃から我が職場の労働環境が少し変わり、私のデスク隣と斜め前に若い女性がいるものとなった。

オヤジ目線だと羨ましがられるかも・・・・

この二人の共通点は、過去にデパート等に出店している化粧品メーカーの美容部員だったことだ。そこから2人の容姿については想像ができることかと思う。(さらに羨ましがられるかも・・・・?)

我々も一応「化粧品」を扱う業種なので、ある程度の経験を持つ二人は我が部署のマーケッターというポジションには最適かと思われ採用されている。

ただ二人のキャラが違うので「面白い」。

まず私の隣にいるMI女子。入社ちょうど1年経過。つい先日28歳になったばかりだが、見た目20歳そこそこにしか見えない。

神奈川県海老名市出身。小柄で目が大きく、どちらかというとギャル系の「かわいらしさ」を持ち合わせた人物。猫を2匹飼っているからかその雰囲気がキャラに表れているよう思える。

しゃべり口調も少ししゃがれ声で舌足らず気味なので電話応対など非常に受けが良い。実際にその明るい性格から誰からも好感度が高く、出入りする業者関係者たちも一度会って話したら忘れないキャラかと思われる。

もう一人の斜め前の彼女HK。

去る5月の連休明けからの採用。宮崎県宮崎市出身の24歳。彼女もMIと同じく目が大きい。

MIのギャル系キャラと比べるとこちらは少し”コンサバ系“で「癒し系」だ。美容部員を経験しているので決して”おとなしい”タイプではないのだが、私は「癒し系」と感ずるし、しゃべり口調もおっとりしている。

まだ入社後の日が浅いため、あわてる事が多い彼女だが、我々オジ軍が後ろからしっかりとフォローするようにしている。

来月、今まで私が担当している案件をHKと共同作業することになっており、色々と良い意味での経験を積ませてあげたい。

見方によっては羨ましがられる職場環境かもしれないが、それなりに自分でもそういった環境に気を使ってきているようにも思える。

一応、化粧品→女性がターゲットな業種なのでそれなりの常識は持っているつもりだが、この5月以降の今の環境で自然にだがさらに気を使ってきているかと思う。(我が家人と弟もその筋の企業にいたことがあるのだが・・・)

まず身の回りは常にきれいにしておくこと。特に私は社歴が長くなってきたので「持ち物」が多い。以前にも増して「*断捨離」加速中だ。

そして我が部署にはもう一人私と同年代のオジサンがいるが、彼がたまに俗にいわれる「オヤジギャグ」に類するギャグをかますことがある。

それが見事に”受けから外れる”事があり、その一瞬独特の空気が漂う。こういったことも私的にはNGとしている。

それにしても2人とも「平成生まれ」世代だ。もし自分に娘がいたらこの世代なのかなあと思ったりもする。

我が世代と比較すると「時代」を感じてしまうが、今後彼女たちとも長く、仲良く、楽しく仕事をしていきたいと思う今日この頃。有難いことだ!

(*「断捨離」はやましたひでこさん所有のhttp://danshari.kame.in/kiso/yamashita.htmlの商標)

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2017年9月10日 (日)

運賃の高い2つの鉄道

~ わさくの悪知恵 204 

我が住む千葉県には運賃が高いことで有名な2つの鉄道がある。

私自身年に1,2度はどちらも利用するのでその度に「やはり?だなあ?」と感じてしまう。
運賃が高い理由はそれぞれにあるが、ここでは省略させていただきたい。

一つ目は「北総鉄道」。https://www.hokuso-railway.co.jp/ 

最近だと首都圏から成田空港へのアクセスで京成線からこの北総線を利用しての「スカイアクセス」が少しは知られてきているかと思う。

もともと千葉ニュータウン建設と密接な関係を持ち、第3セクターでありながらも株の半分が京成電鉄の保有のため車両には京成グループのロゴが使用されている。一応この線のスタートが京成との乗り換えができる高砂駅でもあるためか何かと京成色が濃いように思える。

その千葉ニュータウンの中心たる「千葉ニュータウン中央」駅まで行くことが年に数回あるけれど、我が住居地区からだと京成線を利用して片道¥950、距離にして30km弱、時間にして最短で約35分。

わが仲間のひとりが彼の地から東京駅まで通勤しているが、6ヶ月の通勤定期代が¥250,000強。1ヶ月割りにしてみても私の現在の通勤定期代の6ヶ月分よりも高い。

この路線に関する意外な驚きがこちら「千葉ニュータウン」がある千葉県印西市が、東洋経済誌が選出する日本の「住みやすさ」No.1の街であるということだ。それも6年連続だ!

もう一つが「東葉高速鉄道」だ。http://www.toyokosoku.co.jp/

こちらは西船橋から八千代勝田台までの17km弱の路線。西船橋にて東京メトロ東西線との乗り入れがあり、北習志野では新京成線、終点勝田台では京成線との乗り換えができる。

こちらは典型的な第3セクターで主要株主が千葉県で33%、船橋市が24.9%、八千代市が22.1%だ。

こちらの「八千代中央」なる駅に行ってきた。

我が家からはJRを利用して片道¥719、距離にして約18km、乗車時間にして約28分。

8月最後の週末にある店のイベント参加を兼ね、花火大会に参加してきた。

さすがに高い電車賃を払って観た花火なので立派なものだったので、参加価値はあったと思う。

この「八千代中央」の1つ手前の「八千代緑が丘」なる地は昔の仲間が結構いるため訪れる機会は少なくはない。

これら2つの路線に私なりに見つけた共通点がある。それは学校の名前が駅名になっているところが各1つあることだ。

北総鉄道には「印旛日本医大」、東葉高速鉄道には「船橋日大前」なる駅がある。いずれも新設の駅だ。

そのためかどうかわからないが「通学定期券」の値下げ運動が頻繁に起きているが、諸事情にてなかなか実現できていないようだ。

関連することだが、私が体験した「1駅区間」の最も高価な鉄道路線は北神急行電鉄の「新神戸〜谷上」間だ。この1駅間が¥360だが距離が7.5km、約8分弱もかかる。

しかしながらこちらは、六甲山にトンネルを掘って開通させた区間と考えると納得はいく。
ただ神戸市営地下鉄からの乗り入れのため新神戸の1つ先の神戸の中心地三宮からだと¥540(11分弱)とやはり割高感はある。

これらと反対に首都圏で比較的運賃の安い路線は京王電鉄、小田急電鉄、東京急行電鉄(東急)らしく、いずれも初乗りは¥130だ。

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2017年8月10日 (木)

18年振り訪問の富山

~ わさくの悪知恵 203 

先日、酷暑の中を18年振りに富山市を訪れた。

我が仕事の彼の地の得意先の取締役が亡くなられ、その方を「偲ぶ会」に会社代表として出席のための日帰り出張だ。

現我が社の陣営では一番私が縁が深いと思われる得意先なので、今回は私から立候補で出席を申し出た。

私が営業職を上がったのがちょうど18年前で、富山訪問はそれ以来となる。

北陸新幹線にも初乗車。ちょうど夏の臨時便で往復できたので、東京から富山までの停車駅は上野~大宮~長野~富山のみ。東京から富山まで2時間10分で到着。つくづく便利な時代になったと思う。

当時を振り返ると、まず福井へ米原経由で移動して~金沢~敦賀へ戻り富山入りし、富山で一仕事終えて空路東京に帰還という北陸1週間のルーティングを組んでいたことをしっかり覚えている。

さて、富山駅に到着してみると・・・・ 

さすがに18年振り、まさに浦島太郎状態だ!

Photo_2富山県には先のルートで毎月ベースで15年通い、ほぼ県内全域を廻らせてもらったとの記憶がある。

今振り返ると言葉に言い表せないほど現地の皆さんに良くしていただいた。その感謝の意は現在も時が経つほどにさらに深くなってきているような気がする。当然我が営業成績も富山が飛び抜けていた。

特に今回亡くなられた方にはお世話になった。2つ思い出に残るその方に纏わる話がある。

まず営業の駆け出しとしてデビューしたての我が20代半ば、ちょうど大雪が降っている日に訪問していて、それに備えるべく靴を履いていない私に「早く雪靴を買って来い!」と説教をもらった事。

2つ目はそれから時が経ち、営業職自体も大分慣れてきた頃に、そちらの会社でいつもいただくお番茶がとても美味しいのでどこで買って帰ったら良いか訊ねたら、「これ持ってかれ!」と大きなそのお茶の一束をいただいた。帰京してすぐにお礼の品を送ったらご丁寧にお礼状をいただいた。この流れ実に勉強になった。

それらを除いても、私が富山大好きな理由がある。

それは「食文化の豊かさ」だ!

もちろん日本海で採れる美味しい魚系を筆頭に、(何人かの富山の方々にそれは「日本海」ではなく「富山湾」だと指摘されたこともあるが・・・・)たくさんの美味しい食材が年間通して賞味でき、それらを提供するお店がたくさんある。

当時出張をしていても俗に言う「一人飲み」(現在の「ボッチ飲み」?)が得意でなかった私だが、富山には何軒かそれができるお店があった。それらのお店に入っていくと、大体そこの大将やマスターが笑顔で閉口一番「いつから来とられたん?」と問いかけてくれ、それだけで癒されていた感がある。

今回時間がない日帰りの中、どうしても食したいと思っていた「富山ブラックラーメン」の元祖。本店は車で行き来しないと難しい場所なので、ダメ元でよく通った富山駅から市電に乗って少しの支店に足を運んでみた。やはり18年の歳月は重く、その支店は見事になくなっていたというか、その通り自体が区画整理されていた。

次回富山を訪れるのはたぶん仕事の絡みがなく、ゆっくりとした個人旅行でのものになると予測する。

そしてそれはそれほど遠くない日になると期待している。

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2017年7月11日 (火)

1995年1月17日

~ わさくの悪知恵 202

先日の7月第2週末に2年振りに神戸を訪れた。

神戸を訪れると大体立ち寄るスポットがある。

神戸港中突堤横のメリケンパークに隣接する「震災メモリアルパーク」だ。

Photo_2立ち寄る度にもう22年前のあの「1月17日」を思い出す。

当時の私の仕事は営業職で旅芸人的な生活を送っていて、割と脂が乗ってきた時期かと記憶している。

1月17日も、午前中は都内の得意先を訪問~帰社~夕方に大阪移動で、1週間の三都物語のルートを予定していた。

前日が成人の日の振替で3連休の後の火曜日の朝、都内の得意先に直行すべく自宅最寄りのJRの駅に行くと、関西地区で地震があったとのアナウンスがあった。当時はまだインターネットもそれほど普及しておらず、ましてやSNSなど全くない時代だ。

状況もそれほど詳しく把握できず、午前中の仕事を終え、事務所へ戻り段々と様子がわかって来たが、予定通りに夕方大阪まで移動できるだろうと安易に考えていた。

その状況がしっかりとわかったのが、遅い昼食を取りに行った職場近くの定食屋のテレビニュースで映っていた崩壊した阪急伊丹駅を見てからだ。半端でないダメージに愕然とし、近くに前年から取引をはじめた得意先があったので急に心配になってくる。

急いで事務所に戻り関西方面に電話をかけるが繋がらない(この状態はしばらく続き、何故か公衆電話からは繋がったので頻繁に利用した記憶がある)。

しばしテレビのニュースからの情報を収集するが、現在と比べるとオンタイムで入って来る情報はかなり限られていたのではないかと思う。何しろネットニュースやSNSがない時代なのだから。

神戸、淡路地区が震源となった大地震の発生を認知し、その週の出張をキャンセルとして夕刻予定外で帰宅する。

母が神戸出身で一番上の年老いた姉が一人で住んでいたために、帰宅してすぐに実家へ立ち寄る。

じっと食い入るようにテレビニュースを見ていた母。相当なショックの様がすぐわかった。

2日後に奈良に住んでいる従兄が避難所にいた伯母を発見し、彼の自宅に連れて帰ったと連絡が入り一安心したのを思い出す。伯母の家は全壊だった。

それからしばらくは京都、大阪まで行けてもそれ以西はわが行動範囲からすると阪急西ノ宮北口までしか行くことができず、やっと神戸まで行けた際に実際に自分の目で見た「壊れた」三ノ宮駅周辺の風景は鳥肌が立つほど怖かった。

現在神戸に行ってみればその風景は震災前に戻っているかのように思えるのだが・・・・

あれから22年の間に東日本大震災を筆頭に、つい最近も九州の豪雨などいくつかの災害が発生している。

それらを風化させてはいけないとの思いがあり、神戸を訪れたらできる限り「震災メモリアルパーク」に立ち寄るようにしている。

1月17日5:46AM。これからも忘れない!

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