カラフルエッセイ  わさくの悪知恵

2018年9月10日 (月)

第31回サラリーマン川柳より

~ わさくの悪知恵 215

毎年5月に発表される、第一生命保険株式会社が主催する「サラリーマン川柳」コンクール。今年で31回目。入選作から私独断のお気に入りを紹介したい。

<ベスト100>より
第1位 スポーツジム 車で行って チャリをこぐ
第3位 ノーメイク 会社入れぬ 顔認証
第4位 効率化 進めて気づく 俺が無駄
第18位 汗だくは イケメンだけが 許される
第24位 父さんの 苦労知ってる 靴の底
第25位 ヨガマット いつしか昼寝の 敷布団
第28位 妻いない この日は朝から プレミアム
第41位 お腹出た? 「内部留保」だ 気にするな
第43位 改善を 提案すると 業務増え
第47位 天職と 言って転職 繰り返す
第55位 AIが 俺の引退 早めそう
第64位 辞めますも SNSで 済ます部下
第73位 制度より 働き方は 風土から
第77位 プレミアム おかげで木曜 残業だ
第86位 忖度し 娘と別に 選択し
第93位 履歴書に インスタ映えの 顔写真
第99位 飲み会に 部下を誘って 10連敗

<健康・美容>より
●待ち長く 診察2分 加齢です
●健康危惧 焦って手を出す 健康器具

<流行・話題>より
●忖度し 出世はずれて 損たくさん
●過去は「花」 今は「プレミア」 金曜日
●俺だって 競馬・パチンコ 二刀流
●お・も・て・な・し 4年たったら ち・が・う・だ・ろ

<職場>より
●部署の名が カタカナになる 何する部

<夫婦・男女>より
●休みいつ 昔合わせて 今づらす
●有給を 消化するにも 妻の許可

<その他>より
●駅遠く 住めば都と 誰言った
●頑張って 何とかなったのは 昭和だけ

昨年の流行語の「忖度」(そんたく)の登場が多いのが個人的には気になった。

皆様のお気に入りをこちらからお探しあれ!
http://event.dai-ichi-life.co.jp/company/senryu/

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2018年7月10日 (火)

週のうち4日間神奈川県でお仕事

~ わさくの悪知恵 214 

6月の最終週は4日間も神奈川県で仕事をすることになった。

まず最初の3日間は横浜で大きな展示会のお仕事。出展者としての参加だ。

私は個人的に展示会を覗き歩くのが好きだ。何かワクワク感があるからだ。

逆に展示会を視察して「新しいものなかったねえ!」とコメントする方々が結構多いのには異議を唱えたい。たぶんこの方々は行かれる展示会ほぼすべてに同じコメントをしておられるのではないかとさえ思う。

かく言う私もその昔はその風潮だった。

しかしながらその昔付き合いのあった業者さんの担当者に彼の「展示会の観方」というものを教わってから大きく変わった。

それは「どんな展示会にもその展示会から受け取れる〝流れ″があるはず。その〝流れ″を自分なりに探そうとする事が大事だよ。」だった。

これは正直〝衝撃″に近いものがあり、それまでの我が展示会の観方を大いに反省させられ、それ以降常にその〝流れ″を必死にキャッチしようとする自分がいる。

こちら首都圏では大きな展示会の会場としては東京有明の「ビッグサイト」、横浜の「パシフィコ・ヨコハマ」、千葉の「幕張メッセ」が主になるが、今年もこの3つすべてにすでに行っている。

今回は出展社する側。会場は「パシフィコ・ヨコハマ」だ。

みなとみらい線ができてアクセスが便利になったとはいえ、私は千葉県民。余裕を持って臨もうとするとドアトゥドアを一時間半はみなければいけない。特に朝の通勤時間帯はすごい混雑する路線。かなり余裕を持って毎日通った。

さらに出展者として臨むと一日中出展小間にアテンドが基本になるが、イコール一日中立っているか、歩いているかのどちらかになるため足腰に来る負担は半端でない。3日間が終わりすぐにいつも通っている「整体院」に駆け込んだ。

さて、今回の展示会は我が業界が4年に一度開催する大きなイベント。時代の流れからかなり海外からのお客が見込まれ、実際にその通りとなったが、我々の出展テーマをある一つに絞った。

それは、時代の流れ=流行で【インスタ映え】だった。

連日その「インスタ映え」に行列ができ盛況だったので我々としては「流れ」を提供できたかと思っている。

その横浜での展示会の疲れが完全に癒える間もなく2日後には同じく神奈川県の秦野市へ出向く。

此処は親会社にあたる工場があるところで、半年に一度は必ず行くことになっている。さらに荷作業がメインとなる。

丹沢の麓がそれほど遠くないところだ。

我が家からのアクセスはドアトゥドアで余裕を持って「3時間」。ドアトゥドアで新幹線を使えば名古屋まで十分に行ける
時間枠だ。

新宿から小田急線の急行に乗って大体80分かかるので半端ではない。

幸いにもほぼ同じチームメンバーで毎回「荷作業」をこなすので精度がかなり上がって来ているからか作業時間がどんどん短縮されていっているのは有り難い。

最近はほぼ午前中でメイン作業が終了し、昼食をはさんで午後は再確認を行い割と早目に引き上げることができるまでになった。

ちょうど当日が関東でも「梅雨明け」宣言された日で〝暑さ″を感じる日であった。

週のうち4日も神奈川で仕事だったので、さすがに「アウェイ感」感満載でその週を終える。

体力的にも少し辛かったけれど、今現在もこういった仕事ができることに感謝しようと思っている。

残り少なくなりつつある我が仕事人生。まだまだプラス志向で臨まなければ、そして臨められると感じさせてくれた一週間だった。

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2018年6月 8日 (金)

文豪 永井荷風が愛し、通い続けた老舗飲食店2店の閉店

~ わさくの悪知恵 213 

文豪の永井荷風(1878年~1957年)は東京文京区に生まれたが、晩年を我が街千葉県市川市で過ごされ、市川市縁の著名人の一人としてあげられている。昭和21年から亡くなる昭和32年までを此方で過ごされていた。

文豪として華やかな経歴がある一方、遊女をこよなく愛し、2度の離婚を経て私生活を破綻し、独身で死を迎えたことから「稀代の変人作家」と称される事も多かったらしい。

その永井荷風が自宅の近くで、ほぼ毎日のように通われた和食の【大黒屋】というお店が京成八幡駅ホームのすぐ脇にあった。毎回食されていたのが、並カツ丼、上新香、日本酒一合で、後にお店で「荷風セット」(¥1,500)となるものである。

Photo一説によると亡くなる前日にもこのセットを召し上がられたそうで、日本最高の日記文学と称される「断腸亭日乗」の最後に記することになったのがこの大黒屋さんのことらしい。(私は未だ読んだことがないので〝らしい″とさせていただく)

この大黒屋さん、創業は昭和13年の老舗。

私自身も小さい頃から何回か利用させてもらった記憶があるが、一つ苦い思い出がある。

もう30年ほど前に地元の出身高校のOB会がそこで開かれたのだが、出席者が少ない云々の流れからか年配の先輩方が気を害されたのか、出席している我々が「正座」を食らってしまった事がある。最も男子校の格闘技部のOB会であるからその当時であれば当たり前の事ではあったのだが・・・

それ以降足が遠のいてしまったが、2017年6月末にて閉店となってしまった。その年の3月に食中毒事件を発生し、そのまま再開することなく閉店となった流れは気付かなかった。80年の歴史に幕を下ろしたことになる。

現在は建物も屋号,看板もそのままで「学習塾」として運営されている。

もう1店は浅草にある洋食屋「アリゾナキッチン」だ。1949年(昭和24年)創業の老舗だった。

こちらにも永井荷風は頻繁に市川からタクシーに乗られて通われたという。店内には大きな荷風の写真が飾られていたのが記憶にある。

先日家族絡みで浅草に繰り出し、久しぶりにこの「アリゾナキッチン」に行ってみようとなったが、どう探しても店が見つからない。

もともと路地裏にあったところなので見落としたかと思ったが、近くのお店で聞いてみたら2016年10月に閉店となったことがわかる (67年間の営業)。

ご丁寧に場所まで教えてくれて行ってみたら、いかにも少し前に閉店したお店の佇まいで窓ガラスには確かにArizona Kitchenとプリントされているのが判った。

ここで永井荷風がこよなく愛したのが「チキンレバークレオール」。

Photo_3鶏肉と鶏のレバーを玉ねぎと一緒にトマトソースで煮込んだもので、ハッシュドビーフに近い味付けの料理で、どちらかというと鶏肉はあまり食さない私でも大好物の一つだった。

このお店かなり前になるが、浅草で我ら<遊子会>を開催した際に懇親会パート1で利用したことがあるので、覚えておられる方もいるかと思う。

このお店も「断腸亭日乗」にもよく登場しているらしい。

初代タイガーマスク、「あしたのジョー」のちばてつやさんなどもこの店のファンだったとの事。

閉店理由はわからないが、最後のオーナーで3代目だったはずだ。

いづれにしても何度か利用したことのある老舗飲食店がなくなっていく事は、時代の流れとして受け止めるしかないのだが、何となく寂しい気持ちになってくる。それも我が寄る年波かな?

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2018年5月10日 (木)

2018年5月2日

~ わさくの悪知恵 212 

朝、珍しく普段よりも早く目覚めて自宅を出勤のため出発。

ここ数年「5月2日」は私にとって鬼門の日だ。

某テレビ局が頑なに「大型連休」と呼称するのに違和感を持つゴールデンウィーク谷間の「平日」。3日からの連休後半の前日だ。

何故鬼門かというと、毎年何故か「休んでいる面々のため働かされる」からだ。不思議と毎年そんな案件がわが身に降り掛かって来る。さて今年は如何に?

出社してみると現在10人体制の我が部署ですでに3人が有給取得済み。

私自身はこの連休の谷間にやっておかなければいけないミッションが一つあった。

とある「有価証券」の海外への送付だ。

その昔はその証券の裏にサインをして書留扱いで送付していたものだが、現在は電子化のデータの送付でOKになったので便利な時代を感ずる。幸い発行する業者から前日に受け取って早々と相手方に送付済みなので一安心なのだが・・・・

午前中は大事も発生せず昼休みに。

ここで2人が午後半休のため退社。

気分転換ではないが、仕事場近くの「1,000円カット」のサロンにヘアカットに。すぐ近くで税込み¥1,080で約10分で仕上げてくれるし、何といっても仕上がりが大のお気に入り。ただ仕事柄(巷の美容室が顧客)、あまり1,000円カットに通っている事は大きな声で言えない。

帰りにコンビニで昼食を買い、仕事場で頬張っている最中に電話が・・・・

前日に有価証券を送った相手からだ。あわてて食べ終え、その対応へ。

少し微妙な案件だったが、何とかこちら側で出せる答えを先方に提出。あとは先方側での対処を依頼。

そうこうしているうちにさらに2人が打ち合わせのため外出〜直帰。残ったのは私を含め3人。

こんな状況の中、例年数件の「ピンチヒッター案件」が発生するのだが、恐ろしいほど静かに時間が過ぎていく。

結局今年は何も発生せずに終業。少し拍子抜けだ。

毎年ゴールデンウィークを迎えるにあたり、昔ある大手商社に勤められていた知人が言ったコメントを思い出す。

それは「経済先進国ほど国民の祝日は少ないが、自由に有給休暇が取りやすく、経済発展国、後進国ほどその逆だ。そういう意味では、残念ながら我が国は後者に当たるのかも」というもの。

この辺が最近指摘されている日本の「労働生産性の低さ」にも関連するのかなあと考えながら退社準備を。

さあ今日は地元の立ち飲み屋で一杯やって帰ろうか?

おつかれさま、自分!

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2018年4月10日 (火)

プレミアムフライデーは何処へ

~ わさくの悪知恵 211 

最近では巷でも話題にならない「プレミアムフライデー」、通称「プレ金」。

ちょうど先月3月の該当の日に仕事の打ち合わせを業者の方をしていて「そういえば今日プレ金ですねえ」と話を振ったら、「ええ何ですか、それ?」と返されたので少し驚いた。一応その方部長職にあるのだが・・・

さて、この「プレ金」いつから施行されたか覚えておられるだろうか?

昨年、平成29年の2月からで記念すべき第1回が2月24日。

第2回目が同3月31日で、この日が我が誕生日の前日で、ちょうど海外からの長い付き合いの友人たちが来日中で、都内で誕生日夕食会を家族とともに開催してくれたので記憶にある。当日都内は冷たい雨が降っていた。

元々プレミアムフライデーは政府と経済界が提唱した「個人消費喚起キャンペーン」。毎月末の金曜日は午後3時に仕事を終え、普段よりも「プレミアム」な生活を推奨する個人消費を喚起するという主旨のもの。<Wikipediaより抜粋>

少し調べてみたが、施行から1年過ぎてある調査では、1回でも「プレ金早帰り」できた人は全体の8.3%で、さらに100人以下の企業の場合は4.5%となると示している。

この数値をどう捉えたら良いやら?

関連して私が仕事絡みで遭遇した海外の企業の特殊な金曜日は--------

大英帝国北アイルランドの多くの企業では毎週金曜日は1:00PM終業。その分朝が早かったかどうかは記憶にない。

アメリカで長年取引のある製造業工場は、月曜から木曜までが7:00AMから4:30PMまでが通常就業時間。金曜日が7:00AMから10:30AMで終業というシフトを敷いていた。ただしこれはあくまで工場稼動のシフトで営業その他の管理部門には適応されていなかった。

さて我が現在の仕事に置き換え「プレ金」を見てみると・・・

一応「販売に係る」職種なので、月末最終金曜日は月のなかでも最も重要な日にあたり提唱されている「プレ金」は別世界のお話と捉えざるを得ない。

同じ捉え方をされる企業、企業人は結構多いのではないかと想像する。

そんな具合でプレ金に早く仕事を上がることもないからか、「プレ金スペシャル」を掲げ消費を煽っている小売店に遭遇した記憶もない。

どうもこのプレ金、『2千円札』と同じ道を辿るような気がしてならない。

少し違うレベルの話になってしまうが、よく立ち寄る自宅近くの立ち飲み屋さんが「金曜スペシャル」なるメニューを掲げ、「ウィスキーハイボール」が毎金曜日は何と1杯¥150で飲ませてくれる。

先月の悪飲み仲間大集合の飲み会で、ほぼ我々だけでそのお店の金曜スペシャルのウィスキーハイボールのキャパをすべて飲みきってしまったことがあった。

こういった「消費喚起」企画は大歓迎だ。

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2018年3月11日 (日)

ウォーキング~整骨院

~ わさくの悪知恵 210 

昨年の後半から治療?している血糖値が良かったり、時に急激に上がったりで、何かもう1つ位日々の生活習慣で改善すべくものを取り入れようと始めたのが「ウォーキング」。

「散歩」ではない「ウォーキング」。

元々運動して体を動かし汗を出すのが好きな方なのだが・・・

日頃の通勤に取り入れ、とりあえず週に2日ほどは一日に13,000歩以上歩くようにしている。これまでの平均が一日8,000歩前後なので40%弱のUPで、往復で時間にして30分弱のプラス、距離にして地元のJR1駅弱分くらいだろうか。

週2日であれば無理なくできるであろうとはじめる。今のところ無理なくこなしているが、気候がよくなってくればもう1日ほど増やせるかもと思っている。

朝の往路では割と気が張っているためか無心に近い状態で歩いているが、夜の復路は割とリラックスしているためか新しい色々な「アイデア」などが沸いてきている。

嬉しい消費も出てきた。

私はラジオ文化ファンであり、週に4つ程のFM番組をタイマー録音し、欠かさず通勤時間帯を中心に聞いているが、このウォーキングで聞ける時間の幅が広がり、4つの番組を消化するに余裕が生まれたのは嬉しい発見だ。

それに関連する訳ではないが・・・

私はここ20年以上仕事場近くの「整骨院」に大体週1のペースで通っている。

ウォーキングとは別に「草テニスプレーヤー」になって早30年が過ぎ(現在は週一の90分のレッスン通いだけだが)、そのメンテも兼ねて通っている。足の「肉離れ」も何回か経験しておりお世話になっている。

その間オーナーが3人変わっているが、私は通い続けている。日々の仕事を終えて立ち寄るのに丁度良いところにあるからだろうか。

現在の院長は40代半ばの男性。昨年の3月で故郷の三重に帰られることになっていたが現在まで後継者がいないようで彼が続けて治療をしてくれている。

ただ現在一人で切り盛りしているためと、患者/ファンが多いためか混んでいるのが難点だ。混んでいようとも患者一人にかける治療時間は一切短縮妥協などしないところが支持を受けているのかと思う。

そこで「ウォーキング」をはじめてから言われるのが、「背中と腰がかなり張っています。」だ。

混んでいたり、自己都合で2週に一度ペースになるとこの状態のようだ。自覚症状はないのだけれど。

前回治療を受けた際には「張りは段々となくなりつつある」と言われた。勝手に「ウォーキング」が体に馴染んできているのではと解釈。

よく言われるのが「ゆっくり入浴して体をほぐし、簡単なストレッチを」だ。どんなストレッチがよいかも教えてくれるので有難い。

「ウォーキング」と「整骨院」、今後も長いお付き合いになりそうだ。

最後にあれから早7年。3/11に合掌。

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2018年2月10日 (土)

3rd Place/サードプレイス/第3の場所

~ わさくの悪知恵 209 

都市生活者の「自宅(ファーストプレイス)」、「職場(セカンドプレイス)」でもない、自分らしさを取り戻せる、または一個人としてくつろぐ事のできるのが「第3の居場所/サードプレイス」と紹介されているのを購読しているメルマガで発見し興味深く思った。

以下讀賣広告者都市生活研究所の「自分の居場所(サードプレイス)に関する調査」(スーモジャーナル住まいと暮らしのニュースに掲載)を参考にさせてもらいながら書き綴ってみたい。

アメリカの社会学者のレイ・オルデンバーグ氏が長年この〝サードプレイス″に関する研究をされており、その特徴として「無料または安価で利用できる」「アクセスがしやすい(徒歩圏内)」「常連客が集まる」「快適で居心地がよい」「古い友人と新しい友人の両方に出会える」などを挙げている。

代表例としてフランスのカフェ、イギリスのパブなどが挙げられているが、これらのビジネスコンセプトも含め日本市場に参入してきたのがアメリカ資本の大手のコーヒーショップチェーン。それが1996年、もう22年前だというからビックリだ。

この調査によると、この〝サードプレイス″を持っているのは25.6%。4人に1人が所有者であるという。その場所については「カフェ喫茶店」「公園や河原、海などの屋外」「スポーツクラブ/ジム/ヨガ」がトップスリー。

年代別にみると20-30代では男女とも「カフェ/喫茶店」がトップであるのに対して、60代男性では「居酒屋/飲み屋」であり、60代女性では「スポーツクラブ/ジム/ヨガ」であるなど年齢や性別によって違いが見られる。

しかしながら60代男性の多くのそれが『居酒屋/赤提灯』であるのに対し、近い将来、若い世代が「バーチャルサードプレイス」として『スマホ』を挙げるようになってくるかもしれないと予測する方もいる。

さらに細分化すると、仕事を持っている人に絞ってみると「通勤時間」との関係が係ってくるという。つまり通勤時間の長い人ほど「第3の場所は持っていないが、その場所は重要だと」答える傾向が強いという結果が出ているという。

わがケースに当てはめてみると・・・・

サードプレイスといわれる場所は〝ある″。

私の場合も同世代に同じ「居酒屋/飲み屋」が該当するだろう。しかも自宅近辺に3軒ほどのお気に入りがあるが、隠れ家的にしているからあまり新しく知り合った人々には紹介したくない「第3の場所」だ。

相方をみればやはり同世代が挙げる「スポーツクラブ・ジム」である。かくなる私も20代半ばに転勤していた地でジムに2年ほど熱心に通ったことがある。

昨年より我が仕事の雇用形態が「嘱託」に変わったこともあり、時間的に少し余裕ができつつあるのでジムの再デビューを狙ってみようかとも思っている。

ただ最新の我が雇用形態から「職場(セカンドプレイス)」があと数年でなくなってしまう可能性が高い。

その場合も「サードプレイス」は「サードプレイス」か?

さて皆様は「サードプレイス」をお持ち? その場合はどちら?

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2018年1月10日 (水)

年末の断捨離

~ わさくの悪知恵 208 

謹賀新年!!

今年も我が拙筆エッセイへのお付き合いの程をよろしく!

とはいえ今年私は喪中にあたる点を先にご了承いただきたい。

昨年5月に父が亡くなり、この年末年始は割と静かに過ごしたつもりだ。

ただ年末が近づく前にかなりヘビーな「大掃除/断捨離」を行なった。

父の遺品?整理を兼ね、実家の不用品の処分、ついでに我が家の不用品も一緒に処分しようと11月下旬からその準備に入った。

その間時間があれば「ゴミ出し」準備に励んだ。幸い我が家から実家までは徒歩5分以内なので実家で一括して業者に引き取りの段取りで作業を始めたのだが・・・・

この際だからと出てくる、出てくる不用品の数々。両家ともここ25年程溜め込んでいた不要物のオンパレード。

ここで少し厄介な事に改めて気付く。

我が家は今年築51年目の集合住宅の4階。当然エレベーターなどなくこの搬出作業には手を焼いた。階下に車を廻し実家まで何往復したことか。

実家の方も現在は母の一人住まいなので、不用品の搬出準備を手伝っていたため結構肉体的にもかなり効いた。我が家人も然りで、体調を崩し風を引いてしまい2日程寝込んだ。

業者が引き取りに来る前日の土曜日には実家はまさに「ゴミ屋敷」化。

翌日無事に業者にすべて引き取ってもらったが、かなりな予算オーバー。結構な悪徳〝ボッタクリ″業者に当たってしまったようだ。基本料金からの見積もりを聞いてビックリしたが、すでに収集場所の実家はゴミ屋敷状態。仕方なく提示の見積もり通りですべてを引き取ってもらう。

改めて日頃小まめにゴミ出しをしておくべきかを痛感する。まさに「断捨離」の意味そのままだ。

この教訓を元に年明けからまた実家の整理を敢行。私の担当は主に父が書斎として使っていた部屋の整理。

父とは足掛け20年ほど一緒に仕事をしていた。

物を書くのが好きな人だっただけに出てくる、出てくる書類の山。それらを何年も放置状態だったようで少し手間取っている。

この作業、母からは〝時間のある時にゆっくりやってくれれば良い”と言われてはいるのだが…

嬉しい驚き発見もあった。父が企画したイベントの祝儀袋の束を整理していたら中味が額面通りの¥30,000の現金がそのまま入ったものを見つけた。有難く年末の突出予算に充当させてもらった。

そんなことがあり今年の生活目標として「断捨離」を意識して過ごしていこうと思う。

流行り?の「ミニマ二スト」までには到底成り切れないだろうけれど・・・

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2017年12月10日 (日)

ちょい飲み、ギャラ飲み

~ わさくの悪知恵 207 

我が自宅のある地元で「ちょい飲みクラブ」なる有志のグループが自然に発足し、私も気が付いたらメンバーになっていた。

地元で「今ちょっと飲んでるよ、誰か来ない?」ってSNSで呼びかけると都合の付く何人かが加勢し、気軽な小宴となるといったような主旨のグループだ。

大体「立ち飲み屋」系が多く、値段も俗に言う「せんべろ」(千円で結構飲み食いできる)系の飲み屋さんでのセッションが多い。

私は本来ビール好きなのだが、ここのところ血糖値が少し高めで糖質が多い通常のビールはできるだけ飲まないようにしている。そこで専ら嗜むようになったのがウィスキーのハイボールかホッピーの焼酎割り「ホッピーセット」。

この2つが格安で飲める「ちょい飲み屋」を自宅と仕事場近くに見つけ、たまにボッチ飲み(一人飲み)している。

Pix写真のとおり、これで¥700也!

この2店ともどちらかというと愛想のない兄ちゃんたちが切り盛りしているので、反ってそれが不思議と私には落ち着く。

普通ちょい飲みというと、仕事を終えて帰宅する前にちょいと一杯が多いかもしれないが、私の場合それがほとんどない。ただ単に習慣的にないだけなのだが・・・・

多くの場合、次への「時間調整」または勝手に「0次会」でのちょい飲みが多く、ちょい飲みクラブのお誘いに合流することはあまり多くない。

この「ちょい飲み」と関連はしないが、購読しているメルマガで『ギャラ飲み』なるものがあることを最近知った。

ギャラ飲みとは、主に女性(特に若い)の「飲み会参加バイト」で30代から50代のリッチな男性陣の飲み会に参加して、一緒に楽しんでくれたお礼として「ギャラ」(謝礼金)をいただくものらしい。

最近の傾向では大人数でなく、1対1でのギャラ飲みパターンも増えているような・・・

ギャラは幅が色々あるようだが、大体最低でも1人1回の参加で¥10,000位は稼げているようだ。

たまたまそのメルマガは、最近起業した経営コンサルの女性が本業がなかなか軌道に乗らず「ギャラ飲み」で食繫いでるという内容だった。それも忘年会シーズンに入ったので、週に4日もギャラ飲みすることもあるという。

まあ先輩コンサルに「喝」を入れられてはいたが・・・・

専用アプリまで登場しているようでビックリである。

安全面は大丈夫だろうか? 社会的な問題に発展しなければ良いが・・・・

さて、ちょうど12月の第3週末に「ちょい飲みクラブ第1回忘年会」が開催されるので参加する予定だ。

久しぶりに仲間たちと会えそうなので楽しみだ。ちょい飲み屋の情報も膨らんでくるかと思うので楽しみだ。

あっという間の年の瀬。今年一年間の我が拙筆エッセイへのお付き合いに感謝したい。そして皆様良いお年を!!

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2017年11月10日 (金)

6回目の岩手県大船渡へのツアーに参加して

~ わさくの悪知恵 206 

去る11月の第1週末にここ数年我が恒例となっている岩手県大船渡へのツアーへ参加してきた。

東日本大震災に対して微力ながら我々も何かできないかと、我が地元千葉県市川市にあるライブハウスに集うミュージシャンたちが働きかけはじめ、2012年から毎年大船渡を中心に数箇所でライブを行うというイベント、今回で6回目だ。参加者は旅人は約60名、現地で迎えてくれる仲間たちが30人弱とこちらは毎年増えている。

過去5回の内容はすべてこのエッセイにて紹介させてもらっているので、こちらを参照してほしい

昨年のこのツアー、我が父が、私が出発したすぐ後に実家の玄関先で転倒し入院。結局それから帰宅することなく半年後に亡くなってしまったので、私自身にもこのツアーはさらに特別なものとなりつつある。

さて、今年は旅人の参加者に少し変化があった。常連の何人かの参加がない。

その理由を聞くと大体2つ。

1つは収入が減って旅費が捻出できないというもの。かくなる私もこの5月からは第一次定年で収入減なので気持ちがわかる。ただ私の場合、ここ数年は年間を通じて旅費を捻出すべく毎月貯金をしているので対処できているのだが・・・

もう1つが家族、特に親の介護のため。私も昨年はそれにぶつかるところだったのだから・・・・ 皆そういう年代にきているということか・・・・

例年通り夜行バスに約8時間揺られ、早朝に大船渡に到着。

Photo昨年までの過去5回、活動の中心としていた「屋台村」なる飲食店集合施設が今年の4月下旬でなくなってしまい、見事に更地になり、かさ上げが行われていた。まったくの更地を見た時に過去5年の思い出が蘇ってきて胸が熱くなってしまった。

しかしながらその屋台村で営業していた多くのお店がすぐそばの「キャッセン大船渡」なる新設になった総合商業施設に移転している。(キャッセン=来やせん=いらっしゃい の意味らしい)

新しいこの商業施設に立ち入り、ビックリした。新しい、きれい、大きい。まるで『新しい町』に来たようだ。

Photo_3このキャッセンの千年広場が今回から我々のライブの中心地となり、オープニングの日のMC
(Master of Ceremonies/司会進行)を私が仰せ付かった。天気も良く、温かい絶好の屋外ライブ日和となり実に気持ち良かった。

その夜に仲間たちをその日を労いながら飲みつつ、この「新しき町」について語り合ったが、これが「復興」のひとつだと考えるなら、当初の我々の微力ながらの「復興支援」としての使命はそろそろ終わったのかもしれないね、などとの声も上がってきた。

確かにそうかもしれないが、現在我々の多くが、大船渡でできた頼もしい仲間たちに会いたいから、あのお馴染みになったお店でまた飲み食いしたいからという目的で訪問するという方向に変わっていっても毎年開催する意義は十分にあると思う。

2012年に始まった時のこのツアーの主旨を各参加者が忘れなければ・・・・

そんなことを胸に留めながら3日間の日程はあっという間に無事に終了した。旅人全員の無事帰還が確認されるとこの旅の終わりが告げられる。

私自身この旅が終わるとその年が終わっていくような寂しい気持ちになってくる。“ジャーニーロス”とでも言ったらよいのだろうか?

来年の開催も決定しており、すでに少しづつ動き出している。

私も当然来年も参加したい。そのためにまた来月から貯金しはじめなければ・・・・

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