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2019年4月

2019年4月25日 (木)

一級河川「琵琶湖」

~ おさむの鳥の目 229 ~

標題がおかしいと思われる方があるかも知れません。しかし、「琵琶湖」は、法律の上では「一級河川」なのです。自宅近くの嵐山には、渡月橋の横に「一級河川 桂川」と書いた長方形の看板が立っていますが、それと同じなのです。

琵琶湖が川とは信じられないと、思われる人がおられるらしく、ネット上には、そういう看板があれば見たいという書き込みもあり、上記「一級河川 桂川」と同じ形の「一級河川 琵琶湖」と書いた看板の写真が載っているほどです。

琵琶湖は、日本で一番大きい湖で、下流の府県にとっては命綱とも言うべき貴重な水源です。このため、関西では次のような笑い話が、よく語られます。「そんな事を言うなら、琵琶湖の水を一滴も使わせないぞ」と滋賀県の人が言うと、「参りました」となるという話です。

ところが、これは、とんでもない誤解なのです。琵琶湖に流れ込む川は百以上と沢山あるのに、流れ出る川は、瀬田川一本だけ。ほかに、京都へ流す琵琶湖疏水があるが微々たる量です。流れ込んだ水を溜め込んで外へ流さないと、湖周辺は洪水になってしまいます。

このような次第で、上記笑い話が成り立たないことは明確です。もし困る人があるとすれば、京都に住んでいる上水道の利用者だけですが、残念ながら、水を流す権限を持っているのも滋賀県でなく国です。同じく、瀬田川に流す水の量を決めるのも滋賀県でなく国ですから、滋賀県の人が、下流の人に上から目線でものを言うことは出来ません。

笑い話というともう一つ次のような議論があるということです。それは、「そもそも、滋賀県の中に琵琶湖があるのか、琵琶湖の周りに滋賀県があるのか」という話だそうです。私にはこのような議論が存在すること自体が信じられません。

というのは、このような考え方が出て来るのは、大昔から変わらず現在の地形が存在していたことを前提にしているのですが、事実はそうではないからです。昔は、琵琶湖は滋賀県にあったのではないという事実を知れば、このような考えが出て来るはずはないのです。

昔々は、琵琶湖は滋賀県でなく、三重県大山田村にあったのです。それが一度なくなって、約300万年前に再び現れ、またなくなって位置を変えてまたまた現れ、だんだん北へ位置を変えたのです。最後に現れたのが現在の堅田付近ということです。そして、当時の琵琶湖は現在の琵琶湖とは比べものにならない小さささでした。したがって、現在の滋賀県と琵琶湖の関係とは状況が違い過ぎます。

琵琶湖の古い時代のことに話が及びました。しかし、その古い時代を別にして、現在の琵琶湖も湖として十分に古いのです。古い湖を古代湖と言うのだそうですが、琵琶湖は古代湖です。古代湖の定義は、時間で言えば1万年、僅か1万年経てば古代湖なのです。

そしてもう一つ、古代湖というためには、固有の生物が住んでいることが条件ですが、琵琶湖には、魚と魚以外にもの固有種が生息しているので、古代湖であるということです。

京都の人は琵琶湖とは縁が深く、子供の時に水泳に行ったことを始め、若者の時代、成人して家庭をもってからも、いろいろと関係が深く、人生の上で、琵琶湖を切り離して考えることは出来ません。

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2019年4月22日 (月)

新紙幣の肖像3人の意外な接点

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 193~

先日、紙幣の新しい肖像が公表されました。御存知の通り、1万円札は日本の資本主義の礎を築いた渋沢栄一、5千円札は女性教育を推進した津田梅子、そして千円札は日本近代医学の先駆者である北里柴三郎です。

さて、この3人が公表された時、私はこの3人の意外な接点に思い当たりました。この3人を結ぶのは、私が住んでいる東京都国立市にある滝乃川学園。

滝乃川学園は知的障がい者のための日本最初の教育機関・福祉施設。1891年の創立以来、120年以上の歴史を有しています。創立者は石井亮一・筆子夫妻。この夫婦を通して、3人がつながるのです。

まずは渋沢栄一。渋沢栄一は滝乃川学園の第3代理事長でした。「日本資本主義の父」として実業家の側面がよく知られる渋沢栄一ですが、実は、数多くの教育・社会事業にも携わりました。慈善事業にも理解が深かった渋沢栄一は、名前だけの理事長ではなく、滝乃川学園の経営や財政的支援にも積極的に関与し、石井亮一・筆子夫妻が園児たちの教育に専念できる環境を整えたと言われています。

次は津田梅子。津田梅子は滝乃川学園創立者である石井筆子の同僚(ともに華族女学校の教師)にして友人でした。実は、津田梅子と石井筆子は 米国・デンバー市で開かれた「万国婦人倶楽部会議」に日本婦人を代表して共に出席し、米国の女子教育と福祉の状況を一緒に見学するほどの盟友でした。なんと、今から120年以上前の明治31年(1898年)のこと。

最後は北里柴三郎。「日本細菌学の父」として知られる北里柴三郎はペスト菌を発見し、また破傷風の治療法を開発するなど感染症医学の発展に大きく貢献しました。また、伝染病研究所(現在の東京大学医科学研究所)創立者としても知られています。

さて、世界的にも有名な医学者・細菌学者の北里柴三郎ですが、滝乃川学園とは意外な接点がありました。それは、滝乃川学園第5代学園長の高木逸磨(たかぎ いつま)を介して。実は、この高木逸磨は滝乃川学園創立者である石井筆子の縁戚にして、北里柴三郎と同じ医学者・細菌学者、そして北里柴三郎が創設した伝染病研究所の教授でした。残念ながら、記録上はこの2人の直接的交流を確認することが出来ませんでしたが、ほぼ同時代に活躍した医学者・細菌学者同士として交流があった可能性は想像に難くありません。

以上のように、国立市の滝乃川学園を媒介として、渋沢栄一と津田梅子、そして北里柴三郎の3人はつながっていると言えます。新紙幣の肖像3人の意外な接点、あなたは御存知でしたか?

 

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2019年4月14日 (日)

売れないならペンを持て!

わたしは商工会議所や商工会で、「ペンを手に売上アップ!」などのテーマで講演をすることがある。

このとき、講演を実りあるものにするために、事前に地元の商店街を訪れ状況を把握している。

北海道から九州までさまざまな所を訪れたが、シャッター通り商店街が至る所に見られる。東京も例外ではない。特に、下町には少なくない。

Photo_2

時代や状況が激しく変化している。

クルマ社会が進展した。また、スーパーやコンビニなどチェーン店が進出してきた。さらには、通信販売やネット販売などが普及してきた。

その一方、人口の流出や少子高齢化により、多くの地域で過疎化が進んでいる。

このような時代や状況の変化により、シャッター通り商店街が加速度的に増えてきた。

では、「時代や状況が変わったのだから仕方がない」と諦めるのか。

大事なことは「仕方がない」と諦めず、時代や状況の変化に応じて柔軟に対応することである。

このとき心掛けることは、成功例を真似るのではなく、自分が置かれた状況に合ったやり方をすることである。

そのために役立つのがペン発想法(別名T発想法)。ペンを手にアイデアを出す。

まず目標を立てるが、このとき「売上を増やす」といった目標を立てる人が多い。しかし、こんな自分勝手な目標を立ててもうまくいかない。

「何を目指すべきか」と自問して目標を立てる。すると、目指すべきは「お客さんに喜ばれる」となる。これを目標にする(書き出す)。

目標を立てたら、目標を達成するアイデアを出す。

アイデアは考えても出ない。ヒントがあれば出る。ヒントは置かれた状況やお客さんの声である。これらを一つひとつ書き出す。

お年寄りが「買った商品を持ち帰るのが大変」というなら、それをヒントに「配達をする」「小分け販売をする」といったアイデアが出る(書き出す)。

そうして出したアイデアの中から、効果と可能性の高いものを順次やっていく。そうすれば、確実に売上アップにつながる。

以上、「売れないならペンを持て!」である。あなたもぜひ、実際にペンを手にアイデアを出してみてほしい。

詳しくはこちら
 

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2019年4月 9日 (火)

平成30年を振り返って

~ わさくの悪知恵 222 ~

元号が平成から「令和」に移行されると発表されて1週間強。

個人的に“ああ、そうだったなあ”と振り返った平成の世の出来事のいくつかをピックアップしてみた。

●平成1年(1989年)
消費税3%導入、天安門事件、ベルリンの壁崩壊、日経平均株価史上最高値を記録。

●平成7年(1995年)
阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件

●平成8年(1996年)
たまごっち発売

●平成9年(1997年)
消費税5%に移行、北海道拓殖銀行と山一証券の経営破綻

●平成12年(2000年)
2000円札発行

●平成13年(2001年)
米国同時多発テロ

●平成14年(2002年)
EU単一通貨流通開始

●平成20年
リーマンショック、日経平均株価バブル崩壊後最安値更新

●平成21年(2009年)
衆議院選で民主党大勝~鳩山由紀夫内閣誕生

●平成22年(2010年)
日本航空経営破綻

●平成23年(2011年)
東日本大震災

●平成26年(2014年)
消費税8%に移行。

●平成29年
プレミアムフライデー開始

などなど。

こちらのサイトで振り返ることができるので参考にしてほしい。

皆様が思い出に残る平成の出来事は?

さようなら平成!!

Photo

<参考資料>月刊誌てんとう虫2019年1月号掲載 「平成の30年クロニクル」

 

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