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2019年2月24日 (日)

京都に津波はないと考えてよいか

~ おさむの鳥の目 227 ~

地震、雷、火事、親父、古い言い方ですが、怖いものの筆頭が地震です。地震と聞くと気になるのが津波です。「この地震による津波はありません」というアナウンスがあると安心するのですが、一方で、「京都には津波はないからな」という考えが頭の片隅に出てきます。

しかし、私の場合、本当にそう考えてよいのかなという思いは、いつも付いてきます。ということは、京都にも何時かは津波が襲ってくるかも知れないという心配をしていることになります。

京都は昔の人が、いろいろ考えて、災害が少ないからという判断もあった上で都を定めた。だから、他の土地に比べて災害は少ないのだと教えられてきたように思っています。しかし、そういう漠然とした安易な考えを持ち続けていてよいのかという疑問はありました。一度、自分でよく考えてみようというのが今回のテーマです。

「京都には津波はない」という考えに対して、日本列島の本州は、琵琶湖を境に東西に千切れるという言葉が頭の隅にあるからです。そこで日本列島の成り立ちについて調べると、大きく言えば、日本列島は、ユーラシア大陸の東端の部分が大陸から離れてできたらしいです。約3000万年前のことです。

もう一つ、それより東に別の塊があって、この二つがくっついて一つになった。その場所は、今の地図で言えば、北陸から東海道・関東に亘る地域です。この部分は地図で見ると、細長い日本列島の中では最も太い(幅広い)部分です。

こう見ると、日本列島がちぎれて、東西に分かれるという想定はあまりしなくてよいようです。そして、この日本列島ができたのは非常に古い時代のようです。時間について「非常に長い」というのは日常あまり考えないので、表現として頭に浮かぶのは「神代の時代から」くらいです。

今、たまたま、「神代」が出てきましたが、神様は肉体を持たない存在です。人間でも肉体を持たない存在になれば、長い時間を生きることができます。神様になるということです。私の少ない知識から言えば、「弘法大師空海」とか「天神菅原道真」が考えられます。

歴史上の人物だけでなく、現代人でいえば、「出口なお」、「出口王仁三郎」などの名前が出てきます。数えれば、もっと沢山の名前が挙がるでしょう。私はこの方面のことを語るのは適任ではないのでさし控えますが、地球の歴史を言うには普通の人間の寿命は短過ぎます。

地球は、巨大なマントルの塊の上にある地殻の表面に人間等が住んでいる物体と言えますから、考えればひ弱なものです。しかし、時間の要素を入れると、地球の歴史は長く、変動があるのは極々稀なできごとといえます。人間の寿命はごく短いので、あまり気にすることはないと言えるのかも知れないと、今は考えています。

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