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2019年2月24日 (日)

亥年にブタを想う

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 191

遅ればせながらですが、今年2019年は亥年。日本では十二支の「亥」といえばイノシシですが、中国ではブタを指します。十二支が中国から日本へ伝来した当時、未開の地だった日本にはまだ食用の家畜ブタが存在しなかったため、ブタの代わりに野生のイノシシを当てはめたことに由来します。

ブタ(学名 Sus scrofa domesticus)は生物分類学的には偶蹄目イノシシ科の動物で、原種であるイノシシ(学名Sus scrofa)を飼い馴らし家畜化したもの。学名に示されているように、生物学的にはまったく同じ種となります。

イノシシは雑食性で何でも良く食べ、しかも肉が美味しかったことから、農耕定住民により早くから家畜化されました。その家畜化の過程で、野生イノシシは文字通りキバを抜かれ、脂肪でぶよぶよに太った家畜ブタに成り下がってしまった次第。

ブタの原種であるイノシシは、東京近郊でもその野生の姿を比較的簡単に見かけることが出来ます。東京都西部の多摩地域や埼玉県の秩父地域には野生イノシシが多数生息していますし、ブタもイノシシも日本中どこでも見かけることが出来ます。実は、ブタとイノシシのように、家畜とその原種の両方を簡単に見ることが出来る動物はそれほど多くはありません。

ブタと同じく古くから家畜化されたニワトリやウシ・ウマですが、日本でその原種を見かけることはほとんどありません。これらの原種を御存知の方は少ないのではないでしょうか。

ニワトリの原種セキショクヤケイ(赤色野鶏)は東南アジアの山奥にしか生息していませんし、ウシやウマの原種は既に絶滅してしまいました。イヌやネコの原種も同様、中々見られませんよね。その意味で、家畜とその原種の両方を簡単に見ることが出来るイノシシとブタは特別な存在で、日本人にとって非常に身近なわけです。

さて、こんなブタとイノシシですが、ブタを野に放った場合、数世代後にはイノシシに戻ってしまうというのは意外と知られていません。先ほど、イノシシは「家畜化の過程で、野生イノシシは文字通りキバを抜かれ、脂肪でぶよぶよに太った家畜ブタに成り下がってしまいました」と書きましたが、驚くべきことに、なんと、家畜化の逆のパターン、すなわちブタからイノシシへの先祖返りも可能なんです。

ブタが野生化すると全身に剛毛が生え、キバが伸び始めて見た目がイノシシと同じようになります。食事もイノシシと同様、土の中にいる虫や植物の根っこを食べるようになります。環境の変化に応じて先祖返りし、見事に適応し生き残るブタ。こんな素晴らしい柔軟性と適応力に富んだ家畜、ブタの他にはいません。

ウマやウシ、ニワトリなどは人間の世話が無いと生きながらえることが出来ません。完全に家畜に成り下がってしまったのです。まさに「社畜」のよう。イヌやネコにしても、数世代後にオオカミやリビアヤマネコに先祖返りして野生で生き残る訳ではありません。ブタ以外の家畜は、人間あっての命なのです。

そんなワイルドなイメージを、まるまると太ったブタからは全く想像できないかも知れません。でも、ジブリ映画「紅の豚」のハードボイルドな主人公で飛行艇乗りのポルコ・ロッソこそが、まさに、そんなワイルドなブタのイメージにぴったりかと。

そのポルコの名セリフに、「飛ばねえ豚は、ただの豚だ」があります。この言葉通り、確かにブタは飛べません。でも、イノシシに先祖返りしてまで環境に適応して生き残りをかけるブタは、飛ばなくても決して「ただの豚」なんかじゃありません。

今年2019年 亥年、年男の私はブタからイノシシに変化します。「イノシシになれねえ豚は、ただの豚だ」を心に刻みながら。

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