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2018年12月

2018年12月30日 (日)

一年の計は元旦の前にあり

~ soji の今日もワクワク 246  ~

人気番組「笑点」で、三遊亭小遊三師匠がよくやる時候のあいさつ。最後に笑いながら「さて、今はいつでしょう」。そうです。笑点は特別番組を除きすべて録画。ですからあいさつしている時点では放送日よりずっと前なのです。それを知っていてのボケですから、きっと会場ではじわっと受けているんでしょうね。

実はこの原稿を書いているのは12月30日。だからまだ明けていません。でも私の締切日は毎月30日。無理を言って締切をずらしてもらい、きちんと年明けのごあいさつをした年もありましたが、特に今年(いや来年?)は敢えてネタばらしをさせていただきます。

もう業界のウラ事情はすっかり知られてしまったようで、正月のテレビの特別番組は生中継や再放送以外、すべて年内に録画しています。姿の見えないラジオ番組でも「これは録音です」と言ってしまっている。つい時候の話をしてしまい、矛盾を指摘されるのを恐れてのことだと思いますが、とにかくこのころはどんどん季節感が無くなってきているのが実情でしょう。

最近は「年賀状を止めます」という人が増えました。「元旦に着くためには、年賀状の投かんは12月25日まで」と言ってしまっている段階で、もはや正月の特別感は薄れてしまっています。昔、年賀状は元旦に書くものだとおっしゃった方がいらっしゃいました。でもそうして投かんすると、3が日を過ぎてしまう。逆に、年賀状を書くのをサボったな、などと勘繰られてしまいそうです。それならリアルタイムのメールやラインでのあいさつの方がよっぽどいいと判断するのも仕方ないことなんでしょうね。

私は再来年、いよいよ還暦。会社も定年となります。嘱託雇用の道はありますが、給料がガクッと減ってしまうのが実際のところ。それよりも後進に道を譲れというのが会社の本音かと思います。シニアの熟練よりジュニアの新鮮。時候のあいさつにこだわる世代よりも、時代を先取りする世代を優遇していこうとするのは止むを得ないことかと存じます。

ですから私も、座して定年を待つよりも、自分にとって新たな時代の幕開けにすべく、いろいろ準備を始めました。無趣味で無粋な自分を反省して川柳を始め、自分の強みを見つけるべくセミナーや勉強会にも通いました。そして様々な人に会い、多くの貴重なアドバイスを受けて、少しずつではありますが、あらたな人生の目標を見つけるにいたりました。それは、90歳まで働こうというものです。

川柳の句会で発表された一句。

アラ古希もこき使われる高齢化  齋藤和恵

70歳=古希でこき使われるというのが面白い。人生100年の時代を迎えようとしている現代。70歳はまだハナタレ、なんでしょう。こき使われたくないなら自主的に働くべき。それも100まで生きるなら90歳まで働こう。ということで、こんなスローガンを作ってみました。

元気だから働くんじゃない

働くから元気なんだ

よし決めた!90歳まで働こう

まずは90歳まで働く気力、知力、体力を養う、ということで、2019年の目標を3つ立ててみました。

1)毎日新聞万能川柳に月2回。年24回の掲載目指そう

2017年12月から始めた川柳。2018年3月に初掲載され、12月30日現在で合計14回を重ねました。月1回ほどのペースです。2019年は、その倍を狙います。

2)男子厨房に入ろう

結婚後、料理はいっさいしなかった私。だからキッチンはまるで知りません。2019年は食生活の見直しを図るため、キッチン=厨房に入って料理をしようと思います。学生時代はアルバイトでフライパンを振っていたころもあるんです。包丁さばきも思い出せば何とかこなせるはずです。

3)かたづけ、終活を始めよう

定年後の就職活動だけではなく、終末に向けた活動も。人生100年の逆と言えるかもしれませんが、いつ何時何があるか分からない現在。死後に恥ずかしいものは見せられません。一方で、見せたくないものがあるから長生きする、そんな考え方もあるのですけどね。けれども2019年、いよいよスタートいたします。

新年にあたって毎年言って来たこと。それは、

一年の計は元旦にあり

です。一年のやることは、すべて元旦に決めるべきとのありがたいことわざ。でも先ほどからも言っている通り、時代は先行しているのです。新年のことは、元旦の前にやることが賢明かと。いや、決して生き急いでいるわけではありません。ただ普通にしているだけで「ボーっと生きているんじゃないよ!」とチコちゃんに叱られそうですから。90歳までどうやって働くか、これはまた別の機会に。ということで、

明けましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします

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2018年12月26日 (水)

戦時少年の考え方

~ おさむの鳥の目 225

「神武、綏靖、安寧、懿徳、考昭、考安、考霊、考元、開化、崇神・・・」は歴代天皇の名前で、われわれが小学生の時代は、神武天皇以降の天皇の名前を暗唱している人が大勢いました。そして、それぞれの天皇陵では、参拝者が求めれば御朱印帳に印を押してもらえる仕組になっていました。

私も御朱印帳を買ってもらって、1冊持っていましたが、その御朱印帳には不完全なところが1箇所ありました。その御朱印帳は、各ページの上半分にそれぞれの御陵の写真が印刷されていて、下半分が白紙になっており、そこに印を押すようになっています。

ところが、ひとつのページには御陵の写真が印刷されておらず白紙のままになっていました。これは大変奇異に感じられ、なぜそのような形になっているのか気になります。

実はそのページは「第98代長慶天皇」の御陵で、何故写真がないかと言いますと、簡単明瞭、御陵がなかったからです。皇室崇拝が盛んであった当時のことです。御陵のない天皇が存在するとは、少年の頭で理解できないことでした。

そこで、真面目な軍国少年であった私が考えたことは、天皇陵がないままというのはおかしい。何らかの縁をたどって御陵の場所を特定し、その場所に御陵を建てればよいと考えました。これは、真実を追究しないで安直に形だけを作ってしまう遣り方です。

純粋に真面目なはずの少年が、簡単にこのような考え方をしたことについて、「いい加減な考え方」をしたものだと、当時は大いに気になっていました。

ところが、事実は私が考えた通りになりました。自宅近くの「京都市右京区嵯峨天竜寺角倉町」に御陵ができたのです。JR嵯峨嵐山駅の南300メートルの所にある京福電鉄「嵐電嵯峨駅」のすぐ近くです。自宅から歩いて行ける場所です。

戦後何十年経って、変わらず今も御陵はあります。先日、近くまで行く機会がありましたので、久しぶりに御陵に行ってみました。御陵の佇まいはかわらず、事務所建物もありましたが、人は居られません。したがって、当然のことながら、御朱印を押してもらえる形にはなっておりません。

先に、「真実を追求しないで」という言葉を使いましたが、これは、私の考えの中での話であって、国はいろいろと調べた結果、このような結論に達したようで、調査のための組織も作られた経緯が読み取れます。

内容は細かい話で、二つの有力な考えがあったが、それではなく、上記に決まった。私の頭に残っているのは、長慶天皇に関係深いお寺がその場所にあったからというものです。

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2018年12月24日 (月)

個人名刺づくり

~ さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 189 ~

最近、勤め先の名刺の他に、プライベート名刺を作ることにしました。いわゆる個人名刺ってやつです。

これまでも、文字通り手作りで私の個人名刺を作ったことはありました。ただ、かなりの独りよがりで作りましたので、自己紹介のためと称して自分の好きなものや趣味をズラズラと羅列しただけのお粗末なもの。「相手の記憶に残る名刺」と言うよりは、「相手の記録に残してもらうための名刺」に過ぎませんでした。

そこで今回は一念発起。知り合いのデザイナーの方から個人名刺のカウンセリングを受けることに。当初は名刺デザインを工夫する程度の軽~い気持ちでしたが、デザイナーさんと一緒に話し合う中で意外な発見と驚きがありました。

それは、このデザイナーさんの名刺カウンセリングの進め方。ただ単に私好みの名刺デザインを話すだけではなく、私が子供の頃に遊んだことや好きだったことから聞き始めたのです。

生まれ故郷への愛着から両親・祖父母や兄弟の思い出などなど、懐かしい想いがどんどん引き出されていきます。それらをせっせとメモするデザイナーさん。

やがて、テーマは仕事の話に移り、その仕事を選んだ理由や想い、仕事に対する姿勢などが次々とメモ欄に。将来、どうしたいか? どうありたいか? 更にその先には…

自分の想いやミッションがだんだんカタチになってくると、自分がやりたいことやビジョンのイメージがどんどん見える化して具体的になってくる不思議。ぼんやりとしたことが明確になり、これからやりたいことがしっかり固まってきます。これは、まさに「人生のデザイン」。

気が付けば、そのデザイナーさんとの打ち合わせは合計5回10時間ほどに達しました。おそらく彼は、私について、私自身と私の家族に次いで最もよく知る他人の1人でしょう。デザイナーさんの仕事は名刺の図案作成や配色だけではありませんでした。もっともっと広い意味での「デザイン」の大切さを学びました。

さて、ようやく出来上がった個人名刺。そこには私の過去・現在・未来に対する想いと希望が詰まっています。これからミッションを形にして、ビジョン達成へ向かっていけそうです。

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2018年12月16日 (日)

新しい照明システム

1214()、東京ビッグサイトに「SEMICON Japan(セミコン・ジャパン)」を見に行った。

 

セミコン・ジャパンは、半導体製造装置・材料の国際展示会である。

 

最新技術にふれ、時代の流れを肌で感じ取るため、このような展示会にときどき行く。

 

この展示会では、ドローンを使ってソーラーパネルの熱異常を発見するシステムなど、さまざまな新システム・新技術が展示されていた。

 

そういう中で目にとまったのが、「Flat Lighting System」(フラット・ライト・システム)という新照明システム。㈱スカイテクノロジーが開発した。

 

照明器具としてさまざまな用途が見込まれる。たとえば、広告のバックライト、バス停や鉄道駅の照明、屋内の平面照明、乗り物内の照明などである。

 

広告のバックライトに使うと、広告が自然な感じで照らされる。

Dsc041552_2












防水コネクターを標準装備で設置できるので、水中でも使える。実際、水槽の中を照らすのに使われていたが、水槽の中が輝いて見える。

Dsc041583ちなみに、消費電力は3~6Wと省エネである。駅の照明のように長時間使うのに適している。

 

詳しくはこちら。 

 

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2018年12月 9日 (日)

7回目となる東北岩手大船渡の旅

~ わさくの悪知恵 218 

2012年9月から東日本大震災への微力ながらの復興支援活動として、我が地元千葉県市川市にあるライブハウスに集うミュージシャンが毎年岩手県大船渡市を中心に数か所でライブを行い現地との交流を促進するという「North Journey」なるツアー。今年が7回目で去る11月の最週末に開催され参加してきた。

過去の様子はすべてこのエッセイにて紹介させてもらっているので以下を参照してほしい。

第1回 2012年 
第2回 2013年 
第3回 2014年 
第4回 2015年 
第5回 2016年 
第6回 2017年 

Photo毎回のようにチャーターバスにて夜中に地元市川を出発して約8時間後早朝に大船渡着。朝食を災害公営住宅「川原アパート」にて用意してくれている。現地のおかあさんたちの愛情一杯の「つみれ汁」が長旅の疲れを癒してくれ、体が温まり「さあこれから3日間」がんばろうと気合が入ってくる。

昨年それまでの活動の拠点としていた大船渡「屋台村」がなくなり、新たに生まれた商業施設「キャッセン大船渡」にその場を移したことが大きな転機になったような気がする。「新しい街への出発」とでも言ったら良いのだろうか?

関連して、あくまでも個人的にだが、今回がこれまでで一番前年との街の変化が少なく感じたものだった。「復興」の度合いも少し落ち着いたところかな。あれから早8年だ。

新しい建物としては「大船渡市防災観光交流センター」が挙げられるかと思う。BRT大船渡駅のすぐとなり、そして我々が宿泊しているホテルの真前だ。観光案内、物産などの情報を提供する施設だ。こちらに第3回目に紹介させてもらった「津波伝承館」も移転しており、1階の吹き抜けのフロアーにはアップライトピアノが常設されていてそこでのライブも新たにさせてもらった。http://ofunato-bkkc.jp/

隣の陸前高田にも駆け足で行き来したが、各地でかさ上げされた土地に新しい施設ができていたのは見ていてうれしい限りだった。そのうちの一つでも子供たちを対象にしたライブもやらせてもらった。

今年のツアーのテーマが「セッション」。色々な人々が飛び入りでステージに加わり様々なライブを繰り広げようとのもの。第4回から6回まで私は広報スタッフとして主に現地での活動をビデオに収めるという役目のみでの参加だったが、今回は4年ぶりに「セッション」バンドがついてくれて歌うことができた。実に気持ち良かった。

音楽ばかりでなく、お年寄りを対象としたボーリング大会(プラスティックのボールとピンのミニゲーム)、簡単な空手ストレッチ体操なども披露し盛況だったと思える。

若干首都圏からの参加者は減ったが、初参加の面々からは「楽しかった!」の声がたくさん。

確かに楽しい時間を過ごしたのだけれど、帰還する少し前に何度か訪れていた高台にある神社に立ち寄った。市内がそこから一望できるビューポイントだ。

神社までの階段の途中に今まで見たことのなかったサインボードを発見。

Photo_2「津波到達水位5.5メートル」。後ろを振り返ると「ここまでかぁ・・・」とその高さに久しぶりに恐怖を感じた。身が引き締まる思いを胸に旅のフィナーレに参加した。そう、忘れてはいけないんだ。それこそがこのツアーが始まったきっかけなのだから….

何時もにも増してたくさんの笑顔が見れた今回の3日間もあっという間に過ぎ去った。

ツアーが終わり帰還するといつもいわゆる「ジャーニーロス」にしばし陥り、年末に向かっていく寂しさを感じる。

来年の開催も決定!近くスタッフの面々での反省/発展会が開催され、来年度企画が早々とスタートする。

また多くの笑顔に出会うために一年過ごそうと思う。

今年も我が拙筆のエッセイへのお付き合いに感謝!少し早いかもしれないが皆さま「良いお年を!」

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