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2018年9月25日 (火)

戦時中の教育と戦後の学校

~ おさむの鳥の目 222

先日、テレビから、「われわれは中学校の時、1学期と全然違うことを、2学期には学校から言われた」という言葉が聞こえてきました。誰かの意見なのか、ドラマのセリフなのか分かりません。終戦の時のことだなと思いました。私も全くその通りだったからです。

中学1年生の時に終戦を迎えた人は全員そうだったのです。小学校では完全に戦時教育で、私も中学校に入れば、陸軍幼年学校に行こうと決めており、中学校では「幼年学校受験クラス」に所属していました。夏休みも普段と変わらず、そのクラスに登校していました。

幼年学校を受験できるのは、中学1年生と2年生でしたから、そのクラスでは選抜された二つの学年の者が一緒に勉強していました。学校の一部が軍需工場になり、3年生以上は、動員されて、その工場で働き、2年生以下は、農業動員と称して農家の手伝いに行きました。

幼年学校受験組は農業動員にも行かず、教室で勉強していたのですが、ある時、空襲警報が発令され、先生の指示で、全員が防空壕に入ったのですが、この時、一つの事件がありました。学校の校旗を防空壕の一番奥に置くか、入り口近くに置くかという議論です。生徒たちの総意は、人が奥で旗は入り口近くという考えで、実際にもそうしました。

この判断に対し、後刻、校長先生から注意がありました。「校旗を奥に」でなければならないと言うのです。私は、訓練でなく本当の空襲警報だから、「人が奥」という生徒の判断の方が正しいと考え、戦時下の小学校教育を受けているにも関らず、子供の判断は歪んでいないと安心したことを思い出します。

これは8月夏休みに入った頃のことですが、その直後に8月15日の終戦の日がやってきます。この時はすでに幼年学校の受験番号も届いていて、8月23日に身体検査という日程も決まっていました。が、すべて何もかも無くなっていまいました。

そして、夏休みは終わり、普通に学校に行くのですが、冒頭に書きましたように、「1学期と全然違うことを、2学期には学校から言われた」のです。

呆然としたという言葉は全くその通りで、クラスの者と一緒に道を歩いている時、ふと「自分は今、何をしているのかと」思い、「待てよ」と考えてから、現在の状況を把握し直したことがあるのを鮮明に思い出します。

その後の学校の状態を書きますと次のようです。時の流れと共に、2学期、3学期は終わり。何事も無かったように2年生になり、3年生も終わって、旧制中学は全部の学校が新制高校に変わり、京都では半年後に、高校再編成というのがあって、旧制中学は多くが男女共学の新制高校になりました。

私は、通っていた旧制中学が新制高校にならなかったので、学区制で、住所によって決められた新制高校に編入されました。小学校6年、中学3年、高校3年(6、3、3制)の大きい変革に遭遇したのでした。

そして、戦時中の教育との関係という点からすると、ちょっとした出来事が一つありました。それは、「きけわだつみのこえ」という映画が作られたことです。

「きけわだつみのこえ」は第二次世界大戦末期に戦没した日本の学徒兵の遺書を集めた遺稿集で、類似した名前の映画が何本か製作されているそうです。街で上映されていたそれらの映画の中の一つを、学校から生徒がまとまって見に行くという行事がありました。

話の内容からして、国の戦時中の教育に関し、何かの考え方を示唆する部分があったようです。その映画鑑賞から帰った後、われわれのクラスでは教室で担任の先生から話がありました。話の詳細は記憶していませんが、戦前の教育に関係する、何らかの重要な意味を含むものでした。

終戦後、日が経っていましたが、学校や公的機関からは、戦時中と戦後の考え方の変化について、特に説明はなかったと記憶しています。この時の映画鑑賞後の担任の先生の話は、そういう意味でたいへん珍しいものでした。「指導者として謝るべきところがある」という意味を含んでいると思いました。敢えて、自分からそういう場を作って、そのような話をされたことに対し、その先生は勇気があると思いました。

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コメント

8月15日を境にして価値観が大きく変わってしまった体験を、おさむさんはされたのですね。

いろいろ話には聞くものの、このような日常の中で、おさむ少年が気づいた変化。とても新鮮でした。

現在は米中で貿易戦争真っ只中です。あまり実感はないのですが、現在、時代は大きく変わって行く最中のような気もします。やはり戦争はよくありませんね。

投稿: soji | 2018年10月15日 (月) 22時01分

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