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2018年6月 8日 (金)

文豪 永井荷風が愛し、通い続けた老舗飲食店2店の閉店

~ わさくの悪知恵 213 

文豪の永井荷風(1878年~1957年)は東京文京区に生まれたが、晩年を我が街千葉県市川市で過ごされ、市川市縁の著名人の一人としてあげられている。昭和21年から亡くなる昭和32年までを此方で過ごされていた。

文豪として華やかな経歴がある一方、遊女をこよなく愛し、2度の離婚を経て私生活を破綻し、独身で死を迎えたことから「稀代の変人作家」と称される事も多かったらしい。

その永井荷風が自宅の近くで、ほぼ毎日のように通われた和食の【大黒屋】というお店が京成八幡駅ホームのすぐ脇にあった。毎回食されていたのが、並カツ丼、上新香、日本酒一合で、後にお店で「荷風セット」(¥1,500)となるものである。

Photo一説によると亡くなる前日にもこのセットを召し上がられたそうで、日本最高の日記文学と称される「断腸亭日乗」の最後に記することになったのがこの大黒屋さんのことらしい。(私は未だ読んだことがないので〝らしい″とさせていただく)

この大黒屋さん、創業は昭和13年の老舗。

私自身も小さい頃から何回か利用させてもらった記憶があるが、一つ苦い思い出がある。

もう30年ほど前に地元の出身高校のOB会がそこで開かれたのだが、出席者が少ない云々の流れからか年配の先輩方が気を害されたのか、出席している我々が「正座」を食らってしまった事がある。最も男子校の格闘技部のOB会であるからその当時であれば当たり前の事ではあったのだが・・・

それ以降足が遠のいてしまったが、2017年6月末にて閉店となってしまった。その年の3月に食中毒事件を発生し、そのまま再開することなく閉店となった流れは気付かなかった。80年の歴史に幕を下ろしたことになる。

現在は建物も屋号,看板もそのままで「学習塾」として運営されている。

もう1店は浅草にある洋食屋「アリゾナキッチン」だ。1949年(昭和24年)創業の老舗だった。

こちらにも永井荷風は頻繁に市川からタクシーに乗られて通われたという。店内には大きな荷風の写真が飾られていたのが記憶にある。

先日家族絡みで浅草に繰り出し、久しぶりにこの「アリゾナキッチン」に行ってみようとなったが、どう探しても店が見つからない。

もともと路地裏にあったところなので見落としたかと思ったが、近くのお店で聞いてみたら2016年10月に閉店となったことがわかる (67年間の営業)。

ご丁寧に場所まで教えてくれて行ってみたら、いかにも少し前に閉店したお店の佇まいで窓ガラスには確かにArizona Kitchenとプリントされているのが判った。

ここで永井荷風がこよなく愛したのが「チキンレバークレオール」。

Photo_3鶏肉と鶏のレバーを玉ねぎと一緒にトマトソースで煮込んだもので、ハッシュドビーフに近い味付けの料理で、どちらかというと鶏肉はあまり食さない私でも大好物の一つだった。

このお店かなり前になるが、浅草で我ら<遊子会>を開催した際に懇親会パート1で利用したことがあるので、覚えておられる方もいるかと思う。

このお店も「断腸亭日乗」にもよく登場しているらしい。

初代タイガーマスク、「あしたのジョー」のちばてつやさんなどもこの店のファンだったとの事。

閉店理由はわからないが、最後のオーナーで3代目だったはずだ。

いづれにしても何度か利用したことのある老舗飲食店がなくなっていく事は、時代の流れとして受け止めるしかないのだが、何となく寂しい気持ちになってくる。それも我が寄る年波かな?

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コメント

ちまたでは老舗は追いやられ、チェーン店が跋扈しています。全国どこでも廉価で同じ味が食べられるのはメリットですが、土地土地の特長は無くなって行きますね。

永井荷風先生は、平成の世に生きたらきっと、まっとうな人生を送ったことでしょう。その代り、文学作品も生まれなかったでしょうが。

「かつや」や「サイゼリヤ」は確かに安くて美味いけど、馴染みの店にはなりませんねえ。

荷風先生の愛した店が消えて行くこと、まさに断腸の思いです。

投稿: soji | 2018年6月26日 (火) 19時17分

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