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2018年4月24日 (火)

京都太秦の大酒神社と播州赤穂の大避神社

~ おさむの鳥の目217

ランデン(京福電鉄嵐山線)の太秦(うずまさ)という駅のすぐ近くに広隆寺というお寺があります。聖徳太子が「この仏像を祀る者はいないか」と言われたのに応じて、秦河勝が広隆寺を建立し、この仏像を寺の本尊にしたと言われています。そして、この仏像というのが、国宝第一号の弥勒菩薩半跏思惟像です。

この広隆寺の東200メートルのところに「大酒神社」という小さい神社があります。秦氏の氏神と考えられており、祭神は秦始皇帝(しんのしこうてい)、弓月王(ゆんずのきみ)、秦酒公(はたのさけきみ)ほか2柱です。

私は広隆寺の近くの太秦小学校に通っていたのですが、この「大酒神社」の存在は知りませんでした。その程度に、この神社の知名度は高くなかったのです。ところが、ある時、偶然通りかかって、この神社の存在を知り、その境内にあった立て札に「太秦」という地名の由来が書いてあったことから、それ以来この神社に特別の関心を持つよういなりました。

現在は「大酒神社」という標記になっていますが、元は「大辟神社」であった。秦酒公が中国の戦乱を避けて日本に来られたという歴史から、避けるという意味を持つ「辟」が使われたということも面白いと思いました。

そして、表題にあるもう一つの「大避神社」ですが、この神社の存在を知ったのは、全く予想外のことでした。赤穂浪士の「討ち入り」話で有名な播州赤穂にこのような名前の神社が実在すると知って本当に驚きました。その上、後に、わざわざ自分が現地へ行って、その神社を眼にすることになるとは思いもかけないことでした。

秦河勝は有名な人です。殊に京都の太秦近辺に住んでいる者にとっては、相当に身近な存在です。聖徳太子と関係深いということからも知名度は高いと思っています。ところが、晩年の河勝について知っている人はほとんどいません。

秦河勝は、晩年は京都に居なかったのです。政争を避けて船で瀬戸内海を西へ進み、上記播州赤穂の近くに移り住んでいたのです。しかし、秦氏のことも「大避神社」の名前もほとんど知られていません。秦氏について、比較的興味をもっている私でさえも、全く聞いたこともなかったので、「大避神社」という名前の神社があると知っても、わざわざ見に行こうというという気にはなりませんでした。

もし、「大避神社」の存在を知ったとしても わざわざ足をはこんで見に行かなかったとすれば、赤穂の「大避神社」の詳細を知ることはなかったと思います。ところが、思いがけない偶然がありました。以前に同じ会社に勤めていて、親しくしていた先輩が、赤穂なら懐かしいから、一度、一緒に行きませんかと言われたのです。

勤めていた会社というのは、東洋紡という繊維メーカーで、以前は赤穂に工場があったのです。大阪本社の全国規模の会社で、私は、入社2年目に1年間、勉強のために赤穂工場に勤務していました。その先輩も同じ時期ではないのですが、赤穂工場に勤務しておられたことがあり、懐かしいので一緒に見に行きましょうとなったのです。

そのような偶然が重なり、ある時、二人で赤穂へ行きました。JRの赤穂駅からタクシーで大避神社へ行ったのですが、思いのほか大きい神社であったのに驚きました。

神社は海に近い小さい山の麓にあり、立派な楼門を備えた堂々とした神社でした。秦氏との関係を示すものがあるのではないかと思って、見て行くと絵馬堂があって、数多くの絵馬が掛けてあり、その中に雅楽演奏家の東儀秀樹氏の名前の絵馬もありました。

東儀家は、秦河勝が聖徳太子から雅楽を世に伝えるように指示されて楽家として創設した4家(薗、林、東儀、岡)の中の1家で、以前に私が講演会の中で元宮内庁楽部首席楽長・東儀俊美さんから直接聞いた話です。ですから、この神社と秦河勝の関係が深いことは間違いありません。

東儀俊美氏の話を聞いたのは、松尾大社参集殿で開催された、太秦を含む京都西部の事跡に関する講演会でのことです。たまたまですが、そういう会に出席して得た情報ですから、秦氏に関係する事実については正確であろうと考えてよいと思います。

それから、大避神社には注目すべきものがもう一つあります。それは、神社の前の海に浮かぶ生島(いくしま)という小さい島です。この島に秦河勝が祀られていて、祭礼の時以外は、人がこの島に足を踏み入れないことになっているということです。ということは、秦河勝がこの地の人達に深く尊敬されていることを示しています。 
                 
河勝が亡くなってから千年以上の時がたっています。それほどの永い期間、河勝は播州地方で尊敬され続けているのです。京都の西方、太秦のあたりに河勝の墓のようなものが残っているのではないかと、もし考えるとすれば、見当違いも甚だしいと言わざるを得ないと思っています。

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コメント

大酒神社も秦河勝も残念ながら存じ上げませんでした。赤穂も行ったことがありません。秦河勝。京都や赤穂では知られた人だったんですね。歴史を知ると、実際に行ってみたくなります。

新聞記事で、私たちが学習した歴史の内容が少しずつ変わっていると報道されていました。聖徳太子も教科書には載ってないとか。また坂本龍馬も今後削られる方向にあるとか。教科書に載っていない歴史はどんどん忘れ去られていく不安を感じます。

投稿: soji | 2018年5月12日 (土) 08時36分

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