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2018年1月

2018年1月20日 (土)

平成の世 30年目に想うこと

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 178~

親子関係で続く一世代の平均間隔はおよそ30年。元号が昭和から平成に変わってすぐに第一子が産まれ、新米父親となった私ですが、その第一子が先日結婚。ちょうど一世代30年の流れについて、我が身を持ってシミジミと感じている今日この頃。

この30年間、私が父になったように、我が国でもとても大きな変化がありました。それは、65歳以上の高齢者人口が激増したこと。

平成元年には日本人の10人に1人ほどだった65歳以上の高齢者が、30年を経た現在では4人に1人まで比率が高まり、さらに3人に1人をうかがう勢い。この30年間の日本の高齢化は、人類史上、前例の無い猛スピードで進んだことになります。これはもう、30年前とは違う人々が住む国と言っても良いでしょう。

その結果、日本の国家予算に占める年金・医療・介護などの社会保障費が、平成の30年間で10兆円から30兆円へなんと3倍も激増。歳出に占める割合は18%から33%に膨らみました。これはもう、歴史に残る30年と言って良いでしょう。

ことほど左様に、平成の30年という歳月はヒトと国が変わるのに十分な時間だったのです。

冒頭で述べたように、ヒトの一世代は約30年。これはあらゆる生物種の中で最も長い部類に入ります。動物が母親から産まれて次世代の子どもを産めるようになるまでの平均的な時間は、ネズミが約1か月、ネコ・イヌ 約半年、ウシ 約2年、ゾウ 約12年。

ヒト以外の多くの動物はヒトより世代交代が速いため環境の変化に対応しやすくなり、その分、進化の可能性も高くなると考えられます。平成の30年間でこれらの動物に起きた大きな変化と言えば、ペット飼育実態調査でネコの数がイヌを初めて上回ったこと、そして、日本でペットとして飼育されるイヌとネコの平均寿命が過去最高になったことの2つでしょうか。

平成の世、イヌの寿命は8.8歳から13.2歳へ1.5倍延び、ネコは更にすごく、5.1歳から11.9歳まで2.3倍も延びました。このようにイヌとネコの平均寿命が劇的に延びたのは、ワクチン接種の普及などで感染症対策が進んだことが大きな理由なんだとか。

ことほど左様に、平成の30年という歳月は動物が変わるのに十分な時間だったのです。

もし、私が今から100年後に生きる歴史家だったら、こんな平成の30年を振り返り、「猫も杓子も大延命の時代」と名付けることでしょう。「杓子」が何を意味するかは、人それぞれ。それは、さらに後世の歴史家に評価してもらうことにしましょう。

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2018年1月13日 (土)

今に続く歴史

~ 池さんの歴史ナルホド! 02 ~

前回、私はかなりの歴史好きであることは述べた。

今でも地元の3つの歴史勉強会に参加し、その他にも歴史に関わる講座を受講したり、テレビ番組も結構歴史にかかわる番組を見る機会が多い。そのため歴史に関するいろんなことを学ぶことも多い。

それらの楽しさを伝えたいと思い、前回は「歴史も変わる」というテーマで「縄文時代」の変化や今は使わない「大和朝廷」という言葉や「聖徳太子」の変化を紹介した。

今回は歴史の面白さの一つとして、過去の歴史が今に続くことを見つけた時の嬉しさを述べてみたい。歴史はけっして終わってしまったことではないのである。

今回紹介するのは、日本の地名と苗字になぜ漢字2文字が多いのか、ということ。

例えば、地名を見てみよう。都道府県名もそのほとんどが漢字2文字で、3文字が少数。1文字や4文字はない。その他の身近な地名を見ても同じ。自分の市町村やその付近の地名にも恐らく漢字2文字の地名が多いだろう。

苗字にしても、私の池田やその他にもやはり漢字2文字の苗字が圧倒的に多い。

これはなぜだろう?実はこのことと、奈良時代に出された法令とが深い関係があるのだ。

1 日本の地名に漢字2文字が多いのはなぜか?

(1)漢字が伝わる前の日本の地名はヤマト言葉であり、音だけがあった。

(2)その音に漢字が当てはめられた時には、漢字で1文字や3・4文字などのいろいろな文字数の地名があった。

(3)ところが奈良時代の元明天皇の治世の713年に「諸国郡郷名著好字令(略称は好字令・好字二字令)」という勅令が発布された。これよって地名は漢字2字、しかも好字に変更されたのである。

◎内容
国・郡・郷などの地名を好字(良い意味の字)の漢字2文字にすること(国名については好字令以前にも2字にしようとする動きもあったようである)

◎狙い
①律令制度の行政事務(戸籍作成など)に全地名が漢字2文字にそろうと便利。

②中国(唐)の地名は2文字が多いので、それにならう(当時の日本では中国のまねはいいことだった)。

③変更の実際
[1文字から] 倭→大倭→大和、泉→和泉、津→摂津、沖→隠岐、木→紀伊、火→肥前・肥後、粟→阿波、車→群馬、中→那珂・那賀、北→喜多、など

[3文字から] 上毛野→上野、下毛野→下野、近淡海→近江、遠淡海→遠江、多遅麻→但馬、明日香→飛鳥、など

[2文字から] 胸刺など→武蔵、針間→播磨、三野→美野、など

2 日本人の苗字に2文字が多いのはなぜか?

 苗字は地名が由来するものが多かったためと考えられる。

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2018年1月10日 (水)

年末の断捨離

~ わさくの悪知恵 208 

謹賀新年!!

今年も我が拙筆エッセイへのお付き合いの程をよろしく!

とはいえ今年私は喪中にあたる点を先にご了承いただきたい。

昨年5月に父が亡くなり、この年末年始は割と静かに過ごしたつもりだ。

ただ年末が近づく前にかなりヘビーな「大掃除/断捨離」を行なった。

父の遺品?整理を兼ね、実家の不用品の処分、ついでに我が家の不用品も一緒に処分しようと11月下旬からその準備に入った。

その間時間があれば「ゴミ出し」準備に励んだ。幸い我が家から実家までは徒歩5分以内なので実家で一括して業者に引き取りの段取りで作業を始めたのだが・・・・

この際だからと出てくる、出てくる不用品の数々。両家ともここ25年程溜め込んでいた不要物のオンパレード。

ここで少し厄介な事に改めて気付く。

我が家は今年築51年目の集合住宅の4階。当然エレベーターなどなくこの搬出作業には手を焼いた。階下に車を廻し実家まで何往復したことか。

実家の方も現在は母の一人住まいなので、不用品の搬出準備を手伝っていたため結構肉体的にもかなり効いた。我が家人も然りで、体調を崩し風を引いてしまい2日程寝込んだ。

業者が引き取りに来る前日の土曜日には実家はまさに「ゴミ屋敷」化。

翌日無事に業者にすべて引き取ってもらったが、かなりな予算オーバー。結構な悪徳〝ボッタクリ″業者に当たってしまったようだ。基本料金からの見積もりを聞いてビックリしたが、すでに収集場所の実家はゴミ屋敷状態。仕方なく提示の見積もり通りですべてを引き取ってもらう。

改めて日頃小まめにゴミ出しをしておくべきかを痛感する。まさに「断捨離」の意味そのままだ。

この教訓を元に年明けからまた実家の整理を敢行。私の担当は主に父が書斎として使っていた部屋の整理。

父とは足掛け20年ほど一緒に仕事をしていた。

物を書くのが好きな人だっただけに出てくる、出てくる書類の山。それらを何年も放置状態だったようで少し手間取っている。

この作業、母からは〝時間のある時にゆっくりやってくれれば良い”と言われてはいるのだが…

嬉しい驚き発見もあった。父が企画したイベントの祝儀袋の束を整理していたら中味が額面通りの¥30,000の現金がそのまま入ったものを見つけた。有難く年末の突出予算に充当させてもらった。

そんなことがあり今年の生活目標として「断捨離」を意識して過ごしていこうと思う。

流行り?の「ミニマ二スト」までには到底成り切れないだろうけれど・・・

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2018年1月 4日 (木)

明けましておめでとうございます

2018年、明けましておめでとうございます。
本年も、「発想多彩ひろば」のカラフルエッセイをお楽しみください。
個性豊かな5人が書くエッセイは、「なるほど、面白い!」です。
ほかでは味わえないエッセイです。

なお、わたし(さとう秀徳)もブログとメルマガで面白い話を書いて
います。よろしかったらどうぞ。
ブログ http://ideaway.blog93.fc2.com/ 
メルマガ http://sozosystem.c.ooco.jp/merumaga.html

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2018年1月 1日 (月)

心のゆとりをプレゼントされた

~ soji の今日もワクワク 234  ~

新年、明けましておめでとうございます。

クリスマスイブのことです。

ロマンチストな私は、毎年寝る前にサンタさんにプレゼントをお願いしています。

最近、つとモノに対する執着が無くなった私。最後にはゴミになる。それならば、モノではなくコトがいい。ふと思いつきました。

「心のゆとりをプレゼントしてください」

翌朝、当然枕元には何もありませんでしたが、すっきりと目覚めることが出来ました。

年も押し詰まった、ある日の朝のことです。職場に行くため家の近くを歩いていた私。歩道は3mほどの幅があり、人通りもさほどありません。

それで私はイヤホンでラジオを聴きながら、 スマホを見て歩いていました。

すると、私の横を自転車がゆっくりと走り抜けて行くではありませんか。運転していたのは作業着を着た小太りのおじいさんです。

追い抜きざま、私に訛りのある怒声を投げかけてきました。

「まっすぐ歩けよ!」

どうも私は無意識に歩道を斜めに歩いていたようです。

「なに!」

一瞬、カッとなった私。相手の自転車、注意喚起のベルも鳴らさない。ましてここは歩道じゃないか。

しかしその一方で、「待てよ」と自分を諭す声。熱した気持ちがゆっくりと冷めて行きました。

イヤホンでラジオを聴きながら歩きスマホをしていた私。 考えてみれば非常に危険でした。

これがゆっくり走るおじいさんでなかったらどうだっただろう。あの怒声は、危険を知らせるメッセージではなかっただろうか。

「禍福は糾(あざな)える縄の如し」

幸せと不幸は交互にやってくる。そんな意味です。

しかし私は思うのです。縄は縄。幸せか不幸かは人間の決めること。 たとえ不幸が訪れたとしても、それは幸せを呼ぶための必然、 と考えられれば不幸はもはや不幸でなくなるのではないか、と。

今の世の中、いいことを願ってもなかなかありません。逆に不愉快で、 腹立たしいことは日常生活に満ちています。

寒くて起きるのがツライ。満員電車はキツイ。仕事がツライ。 仕事が無いのはもっとツライ。食べた昼食がマズイ・・・

ひとつひとつは小さなことかもしれないけれど、積み重なればまさに不幸です。

朝の寒さは気持ちを引き締めてくれる。満員電車、乗客の服装を見て流行を占おうか。仕事のツラさは課題の宝庫、一度整理してみよう・・・

こんな風に考えられるゆとりを持ちたいものです。

私はサンタさんをはじめ、神様、仏様の存在を信じています。彼らは、私の心の中にあって、その都度私にメッセージを発してくれます。

しかし心にゆとりが無い時や、やましい気持ちでいる時は、そのメッセージは私に届きません。

自転車のおじいさんに怒鳴られたことはとても不愉快なことでした。しかし、おかげで危険を冒していた自分を反省することが出来た。

たくさんある嫌なことは、すべて幸せを呼ぶための種。それを理解するのに必要なのが心のゆとり。

あらためて思います。

「まっすぐ歩けよ!」は、ポリシーを持って突き進めという、サンタさんからのメッセージではなかろうかと。

こんなお目出度い話、1月ですからご容赦ください。今年一年も引き続きお付き合いをよろしくお願いします。

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