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2017年12月

2017年12月24日 (日)

ロープウェイ比叡駅

~ おさむの鳥の目213

「駅名ものがたり」には続編がありす。本編は、京福電鉄嵐山線の本線と北野白梅町へ行く支線の各駅について書かれています。これに対し、続編は京都の東北部分を走る叡山電鉄の各駅が取り上げられています。

嵐山線も京都の古い文化に関係深い地名や駅名がたくさん出てきて興味深いのですが、続編の叡山電鉄の各駅も、これに負けていません。取り上げている各駅は、玉依姫(たまよりひめ)の昔から伝えられる「貴船口」など、話題豊富なものばかりです。

これらの中の幾つかを取り上げたいとは思うのですが、丁寧に書いていくと先に進めないので、思い切って一気に最終まで行ってしまいます。叡山電鉄の目的の一つは比叡山へ行くことですから、少なくともこの線の終点である「八瀬遊園駅」くらいにはページを割くべきところですが、先を急ぎます。

叡山本線の終着駅である「八瀬遊園駅」の近くには「ケーブル八瀬遊園駅」があり、ケーブルカーで山に登るようになっています。この鋼索道線は、大正十四年(1925)に敷設されたもので、延長1458メートル、所要時間約9分。平均勾配23.8度。急勾配度東洋一といわれているそうです。

終着駅の名前は「ケーブル比叡駅」で、そこから先はロープウェイで山頂へ行きます。駅名でいうと「ロープウェイ比叡駅」から「ロープウェイ比叡山頂駅」です。このロープウェイは昭和三十一年(1956)開通、距離は0.5キロメートル、正式には架空索道というのだそうです。

駅名は、言うまでもなく駅舎が所在する山の名前で、古くは日枝山と書き、大山咋神を祀る霊山として神聖視されてきたが、伝教大師最澄が王城鎮護のため山頂に延暦寺を建立して以来、比叡山と改められたとあります。

比叡山は、都の東北にそびえ、北は比良山系に連なり、京都と滋賀県にまたがっています。私のように、京都市に生まれ、そのまま80年を越えて住み続けている者にとっては、比叡山を京都のものと考えてしまいやすいのですが、それは間違いで、滋賀県側とのつながりが強いことを付け加えねばなりません。

ケーブルカーも、上記京都側からだけでなく、滋賀県の坂本から登るルートも有力であることを強調しなければなりません。歴史的、文化的にも重要な要素が多くあります。

さきほど、「比叡山は、都の東北にそびえ」と書きました。これに対し、京都には西北にそびえる山があります。愛宕山です。私は京都盆地の西の方に住んでいますので、この愛宕山に近く、思い出もたくさん残っています。

そこで、この「ロープウェイ比叡山頂駅」に関連して、愛宕山のことが出てくるのが印象に残りました。比叡山と愛宕山とどちらが高いかという“京ばなし”です。

「おれのほうがお前より高いぞ」、「いいや、おれのほうが高いんや」と両者が背の高さのことで言い争いになったという話で、気の短い比叡山が、「俺のほうが高いというのに判らんか」と言うが早いか愛宕山の頭をポカリ。たたかれた愛宕山の頭にこぶができた。

このこぶの分だけ愛宕山が高くなり、洛中第一の高い山(924メートル)になったという話です。たしかに、愛宕山の山頂にはこぶのような小山があって、これが愛宕山の形を特徴づけています。

この話は、「短気は損気」の教訓をものがたる“京ばなし”ということです。歴史が古いだけに比叡山には数多くの伝承がありますが、今回ご紹介するのはこの程度にしておきます。

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2017年12月19日 (火)

戌年に犬を想う

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 177~

2018年は戌(いぬ)年。犬(イヌ)と聞いて、まず私が連想するのは「忠誠と裏切り」。何やら戦国時代の下克上のようですが、それがイヌの特徴です。

童話の桃太郎や花咲か爺に登場する犬は忠誠心の塊のようで、実は、飼い主の命令にただ従っているだけ。訓練で仕込まれた行動を条件反射で繰り返しているに過ぎません。これが犬の「忠誠」。

そんな忠犬もストレスが溜まった時など、飼い主に歯を剥き本気で噛むことがあります。イヌとしてごく自然な行動ですが、飼い主にしてみれば、これが犬の「裏切り」。

こんな「忠誠と裏切り」から、「飼い犬に手を噛まれる」との歪んだコトワザが生まれました。犬にしてみれば、飼い主に「忠誠」を誓っているわけでも「裏切り」をしているわけでもありません。動物種としてのイヌの特徴を、人間が勝手に擬人化して解釈し、思い込んでいるだけなのです。

このように犬は人間と長い付き合いのため、「飼い犬に手を噛まれる」のような犬にまつわる多くのコトワザや慣用句が存在します。今回は戌年にちなんで、犬のコトワザや慣用句を2018年の自分に当てはめ占ってみました。

まずは「犬も歩けば棒に当たる」。あまりに有名なコトワザですが、「何かをしているうちに思いがけない幸運に当たる」などと、良い意味として誤用している方も多いようです。実は、「棒に当たる」のホントの意味は「人に棒で殴られる」こと。犬がうろつき歩いていると人に棒で叩かれるかも知れないから、「でしゃばると災難に遭う」が本来の意味。犬もとんだ災難です。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、犬のようにあちこち歩き回って多くの人と会い、多くのことを学ぶことにします。「犬も歩けば幸運に当たる」。

次は「犬が西向きゃ 尾は東」。当たり前過ぎるほど当たり前であることの例えで使われます。でも「犬が西向きゃ 尾は東」って、ホントに常識なのでしょうか?尾が短い犬は確かに「犬が西向きゃ 尾は東」ですが、尾が長く垂れ下がっている犬の尾は明らかに違います。

2018年、私はこんなコトワザにめげず、常識を常に疑うことにします。「犬が西向きゃ 尾は真下」。

最後は「羊頭狗肉」。これも有名なコトワザですから、今さら説明は不要でしょう。2018年、私は「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」を誓います。でも実際には、ヒツジ肉とイヌ肉は見た目も味も臭いもまったく違いますから、「羊頭狗肉」で誤魔化すことなんて絶対ムリ。ですから「羊頭狗肉なしで、看板に偽りなし」なんて、全然自慢にもなりませんが。

2018年、私は棒を恐れず、常識を疑い、有言実行の看板を掲げ、飼い犬のような社畜にならないよう、前へ進んでいきます。

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2017年12月13日 (水)

新エッセイ

発想多彩ひろばでは、カラフルエッセイとして、これまで主として次の4人のメンバーがエッセイを書いています。
 ○わさくの悪知恵(10日頃掲載)
 ○さかもっちゃんの知ったかぶりぶり(20日頃掲載)
 ○おさむの鳥の目(25日頃掲載)
 ○sojiの今日もワクワク(30日頃掲載)

このたび、次のエッセイが加わることになりました。
 ○池さんの歴史ナルホド!(15日頃掲載)

さっそく下に登場です。面白いです。どうぞ。

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歴史は不変か! 

~ 池さんの歴史ナルホド! 01 ~

私はかつて千葉県に住んでいたが、仕事が終わったのを機に、妻の実家のある長野県安曇野市に転居して、およそ1年半を迎えた。

今では、テニス・トレーニングジム・歌声喫茶・カラオケ教室など様々な活動に参加している。特に歴史は好きで、「安曇氏族の興亡」「信州中世山城」「近代自由主義者清沢洌研究」という3つの勉強会に参加し、他にも安曇野検定講座・安曇野百姓一揆古文書講座などにも参加している。

歴史は学生の頃から好きな勉強だった。昔の人がどんなふうに生きたのか、知るのが楽しかった。かなり夢中で勉強した。でもその頃の私は、歴史というのは過去のことなので確定したことであり、当然変わらないものだと漠然と信じ込んでいたのだと思う。

それが何年かして中学生に教える立場になったために、自分でももう一度歴史の勉強をし直して驚いた。かつて自分が学んだことと教科書に違うことが書いてある。それが幾つもある。

中でも衝撃的だったのは、「源頼朝像」「足利尊氏像」として教科書に載っていた絵が実は頼朝や尊氏ではなかったと言う話。そのため「伝源頼朝像」と書いてあったり、掲載もされていないのだ。もっと驚いたのは、「慶安の御触書」が実はなかった!というのだ。教科書のそれらの変化は調べれば続々と出てきた。

つまり、歴史的事実や考察の多くは決して確定したものではなかったのだ。かつて私たちが知っていた歴史的出来事や考察も新しい史料や遺物などの発見や研究の進展によって変わり、教科書が書き換えられるということも多々あるのだ。

今回は、この一文を読んでくださった方のために、参考までに原始時代や古代史の中から教科書が書き換えられた例をいくつか紹介する。さてあなたは幾つご存じでしょうか?

1.「縄文時代」のイメージは変わった!

かつての教科書では「縄文時代の人々は、採集・狩猟の貧しい生活で移住をして暮らしていた」と書かれていたが、今では、「本格的な農耕の段階まではいかないが栽培も開始しされ、人々の生活は安定して定住も始まった」と変更された。

また、稲作の開始についても「縄文時代には陸稲の栽培が始まった」こと、水稲稲作の開始もかつては弥生時代からと書かれていたが、今では「縄文時代の終わり頃に九州北部で水田による米作りが開始された」と記述されている。

2.「大和朝廷」とは言わない!

かつての教科書では、古代日本を統一したのは「大和朝廷」と書かれていたが、今は「ヤマト政権」または「ヤマト王権」と書かれている。

「大和」というのは奈良時代以後の呼称であり、7世紀までは様々な漢字が当てられていたので漢字ではなく音だけの「ヤマト」が適切であると考えられている。

また、「朝廷」は天皇の下での中央集権的な官僚制機構を持つ政府・政権のこととして、天皇号もなく律令制でもない連合国家のこの時代に当てはまるのは適切でないと考えられるようになった。

ちなみに、古墳が営まれた3世紀中頃から7世紀のことを、かつては、政権の中心が「大和」にあったということで「大和時代」と呼んでいたが、今は「古墳時代」としか言わないようである。

3.「聖徳太子」もこんなに変わった!

①「聖徳太子」という呼び名は後代の呼称でこの時代には使われていなかったというので、現在の教科書では「厩戸皇子(聖徳太子)」または「厩戸王(聖徳太子)」と記述されている。

②彼が就任したという「摂政」という役職も実はこの時代にはなかったようである。

③また、推古朝の国政をリードしたのが聖徳太子だとかつては言われてきたが、今では推古天皇・厩戸王・蘇我馬子の3人の共同政治と考えられている。

④それに推古朝に行われた十七条の憲法・冠位十二階・遣隋使派遣・法隆寺建立もどれも聖徳太子の施策であるとの確証がないので、教科書では誰がやったと書かずに推古朝の施策として記述しているものがある。

⑤さらに、お札の似顔絵になった聖徳太子像は、8世紀半ばに描かれたもので聖徳太子と似ているという根拠がないと考えられている。

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2017年12月10日 (日)

ちょい飲み、ギャラ飲み

~ わさくの悪知恵 207 

我が自宅のある地元で「ちょい飲みクラブ」なる有志のグループが自然に発足し、私も気が付いたらメンバーになっていた。

地元で「今ちょっと飲んでるよ、誰か来ない?」ってSNSで呼びかけると都合の付く何人かが加勢し、気軽な小宴となるといったような主旨のグループだ。

大体「立ち飲み屋」系が多く、値段も俗に言う「せんべろ」(千円で結構飲み食いできる)系の飲み屋さんでのセッションが多い。

私は本来ビール好きなのだが、ここのところ血糖値が少し高めで糖質が多い通常のビールはできるだけ飲まないようにしている。そこで専ら嗜むようになったのがウィスキーのハイボールかホッピーの焼酎割り「ホッピーセット」。

この2つが格安で飲める「ちょい飲み屋」を自宅と仕事場近くに見つけ、たまにボッチ飲み(一人飲み)している。

Pix写真のとおり、これで¥700也!

この2店ともどちらかというと愛想のない兄ちゃんたちが切り盛りしているので、反ってそれが不思議と私には落ち着く。

普通ちょい飲みというと、仕事を終えて帰宅する前にちょいと一杯が多いかもしれないが、私の場合それがほとんどない。ただ単に習慣的にないだけなのだが・・・・

多くの場合、次への「時間調整」または勝手に「0次会」でのちょい飲みが多く、ちょい飲みクラブのお誘いに合流することはあまり多くない。

この「ちょい飲み」と関連はしないが、購読しているメルマガで『ギャラ飲み』なるものがあることを最近知った。

ギャラ飲みとは、主に女性(特に若い)の「飲み会参加バイト」で30代から50代のリッチな男性陣の飲み会に参加して、一緒に楽しんでくれたお礼として「ギャラ」(謝礼金)をいただくものらしい。

最近の傾向では大人数でなく、1対1でのギャラ飲みパターンも増えているような・・・

ギャラは幅が色々あるようだが、大体最低でも1人1回の参加で¥10,000位は稼げているようだ。

たまたまそのメルマガは、最近起業した経営コンサルの女性が本業がなかなか軌道に乗らず「ギャラ飲み」で食繫いでるという内容だった。それも忘年会シーズンに入ったので、週に4日もギャラ飲みすることもあるという。

まあ先輩コンサルに「喝」を入れられてはいたが・・・・

専用アプリまで登場しているようでビックリである。

安全面は大丈夫だろうか? 社会的な問題に発展しなければ良いが・・・・

さて、ちょうど12月の第3週末に「ちょい飲みクラブ第1回忘年会」が開催されるので参加する予定だ。

久しぶりに仲間たちと会えそうなので楽しみだ。ちょい飲み屋の情報も膨らんでくるかと思うので楽しみだ。

あっという間の年の瀬。今年一年間の我が拙筆エッセイへのお付き合いに感謝したい。そして皆様良いお年を!!

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