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2017年10月24日 (火)

「嵐山」と「有栖川」

~ おさむの鳥の目211

京都は観光客が多い街で、一番が清水(きよみず)、二番が嵐山と言われています。駅の名前は、有名な建造物や地名から採られている例が多く、「嵐山」は地名です。

「嵐山」という山は、元は「荒樔山」であったのが、愛宕おろしに峰々の桜や楓を散らすところから、いつしか「嵐山」と呼ばれるようになり、その山の名がこの辺りの地名となったものであると言われています。

そして、この「荒樔山」の名前は川から来ているそうです。この近くを流れていた川は激流で、土地がひどく荒らされていて、「荒樔・荒瀬(あらす・あらせ)の意味から「有栖川」という名前が用いられるようになったといいます。

先月、「駅名ものがたり」という本をご紹介しました。この本は、長く京福電鉄に勤められた方が、退職後に出された本で、永年の研究成果が含まれていてたいへん参考になります。この本について言うなら、まず、「嵐山」と考え、ここまで書きました。
 
次にどの駅を取り上げるかとなると、私としては「有栖川」です。自宅の最寄り駅であり、幼稚園時代からのお付き合いです。そういう個人的な事情からの選択なのですが、読んでいくと、「嵐山」の次が「有栖川」という、話の上での順序があって驚きました。

「有栖川」という駅名は、最初からこの名前であったのではありません。昔、この駅は「嵯峨野」という名前でした。ところが、観光客が雑誌などで紹介される嵯峨野観光の起点と間違えるトラブルがあり、それを避けるために「有栖川」に変えられたのです。駅の近くを流れる川の名前が「有栖川」だからです。

ところが、この「有栖川」という名前は、先に出て来ました。激流であった川に土地が荒らされたのが元になって、「荒樔・荒瀬」の意味から川の名前が「有栖川」になったと書きました。と言うことは、嵐山を流れる川の名前であったものが、別の川の名前になっているのです。

一見、奇異に思えますが、これには理由があります。嵐山を流れる川は「有栖川」であったが、時が経ってこの川が「葛野川(かどのがわ)」とか「大堰川」と呼ばれるようになり、このままでは歴史を伝える「有栖川」が消えてしまう。それを惜しんだ里人たちが 別の川にこの名前を付けたのです。

こうして、現在の「有栖川」駅の近くを流れる川が「有栖川」になりました。そして、この駅の所在地は「右京区嵯峨野有栖川町」、正真正銘の「有栖川」駅です。私がこのように声を大に力説するのは、子供の時からの習性で、この駅の名前は「嵯峨野」でないとしっくりしないという勝手な思い込みを言葉にしたいと思うからです。

このような次第で、「嵐山」の次に取り上げるのは「有栖川」でなければならないという、「荒樔・荒瀬(あらす・あらせ)」を仲立ちにした両者の結びつきを特に取り上げたものです。それにしても、「樔」などという文字があることを、この齢になって初めて知りました。

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コメント

有栖川は、あらす、あらせから来るのですか。関東地方にも荒川という暴れ川があります。今でこそ河川敷を広くとり、高い防波堤も出来ています。そのためか風情は無いですね。

有栖川駅は、観光客の混乱を招くということで付けられたのですが、本来ならここが嵯峨野なんですね。

長いこと関東に住んでいると「嵯峨野」には独特のイメージ、京都を代表する風情があるのではと勘繰ってしまいます。一度「有栖川駅」にも行ってみたいものです。

投稿: soji | 2017年11月 1日 (水) 21時12分

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