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2017年4月

2017年4月30日 (日)

海へ還る

~ soji の今日もワクワク 226  ~

4月15日土曜日、藤沢に住む義母が亡くなりました。

肺炎からの心不全。入院してわずか一週間、あっという間に逝ってしまいました。あまりに突然だったので、本当の身内だけの葬儀となりました。

それだけではありません。残された人たちに出来るだけ負担をかけたくない。故人の希望を叶えるために、通夜も告別式もない。お坊さんを呼んでのお経も戒名も要らない。おまけに海へ散骨して欲しいと。

喪主となった義弟から、忙しかったら無理しないでとの申し出に、私は葬儀場でのお別れ会を失礼し、火葬場から同席しました。

待合室。義父。義母の兄、姉とお子さん。義弟夫婦に私と奥さん。そして義弟の奥様のご両親。10人ほどがテーブルをはさみ、持ち込んだお菓子やサンドイッチをつまみながらおしゃべりして過ごします。

義弟の奥様のお父さんがこんな話をし始めました。

「私は80を過ぎて、死について自分なりに考えるようになりましてね。ものの本によると人の死には2種類あるそうです。一つは肉体的な死。二つ目は皆の記憶から消えてしまう死、です」

それを聞いて、義弟の奥様がかみつきます。

「それじゃあ、歴史上の人物はどうなのよ」

「忘られないうちは死なないことになるね」

「そんなの変よ、変!」

いくつになっても娘は父に反抗的なのでしょうか。ちょっと微笑ましい、和やかな時間が流れて行きました。

4月20日木曜日、江の島は快晴。散骨葬の運営会社に言わせると、これ以上の天気はないとか。義父と義弟夫婦。そして私と奥さん。5人だけの一番シンプルなプランです。

青空に飛行機雲が3筋。遠くには富士山。観光客が嫌がるので喪服の参加はNG。パーカーを着こんだ5人には、悲しさは微塵もなく、むしろワクワク感が込み上げます。

沖に出るクルーザーの中で考えました。多くの人を招いての通夜や告別式。当たり前だと思っていたこれらの儀式は本当に必要だろうか。昨今は、散骨葬が増えていると聞きます。結婚、出産が減少し、将来、墓を守ってくれる子孫もない。「花」よりも、お金のかからない「実」を選ぶのは当然かもしれない。

それになかなか墓参りに行けないと悔やむより、海に出さえすれば故人を偲ぶことが出来る。死んだ後の自分にとっても遺族にとってもずっといいことではないだろうかと。

出発してから30分。ポイントに着いたようです。江の島のヨットハーバーが見える海上で、2㎜平方以下に粉砕された骨を5人が手分けをして海に撒きます。大きな粒は揺らめきながら沈んで行き、細かいのは白く水面に漂います。その後は花びらを撒いてあげます。義母の嫌いな菊の花は入っていません。

油絵が好きで、展覧会に出展するために入院の直前まで描いていた義母。全身全霊を傾けていたのでしょう。死に顔はかすかに笑っていたように思えました。

「安らかにお眠りください」

そう唱える私の後ろで、義弟が叫びます。

「じゃあねえ、お母さん。また来るよ~」

「人の記憶にある限り、死ぬことはない」その言葉を思い出し、私はちょっと恥ずかしくなりました。

「夢のお告げだって?ああ、気持ち悪い。いつまでもクヨクヨしていてはダメよ、sojiさん。私、暗いのは嫌いよ」

陸地に戻り、ふと義母の声が聞こえたようで私は沖を振り返りました。しかしそこには、春の日ざしを受けて、キラキラ光る水面があるだけでした。

江の島は、もうすぐお昼です。なんだかお腹が空きました。

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2017年4月24日 (月)

京都動物園

~ おさむの鳥の目205

先日、テレビを見ていたら、京都動物園についての話が放映されていました。京都動物園は日本では有名な動物園だそうですが、以前は、歴史の古い動物園(日本で2番目)として知られていただけのものでした。

ところが、近ごろ、展示方法に工夫が加えられて、入園者が倍増したので話題になり、テレビでも採りあげられたようです。

京都動物園の弱点は面積が狭いことで、これが改善の最大のネックでした。そこで、この問題を打開するために採った手段が、高さを利用することだと言います。代表的なのが、キリンを見るのに、キリンの頭より高い位置から見るようにしたことです。

通路を高い位置に設け、観客が歩いて移動しながらキリンを見るようにしてあります。キリンを飼育する建物は当然のことですが、高さがあるので、その建物の外側の廊下を歩きながら窓から中を見下ろす形になっており、そのまま歩いて行くと、廊下は建物を離れて、空中を進むことになります。

もちろん、地上から階段を昇って高い位置にある廊下に上がるようにもなっていますが、入園口の建物の2階部分から進んで行くと、キリン舎の高い位置の廊下に自然に繋がるようにもなっていますので、この場合は、階段を昇る労力が省け、自然に高い所に居ることになります。

こうして、人間が高い位置にいてキリンを見ると、キリンが背の高い樹の葉を食べる様子をまじかに見ることができるほか、キリンの睫毛が意外に長いことを改めて実感することにもなります。

私は動物園が好きで、一人で何回も行っていますので、上記のことは十分承知していたのですが、テレビで説明を聞くと、よりよく納得することが出来ました。

高さを利用することで注目されている仕組みは、猛獣館にもあります。トラの檻が三つあるのですが、それらの檻を繋ぐ通路が頭上に作ってあるのです。ですから、人間の頭の上をトラが歩くことになります。これは、ほかの動物園と比べても珍しいそうです。

私が見ているときには、トラが上を歩く場面には行き当たらなかったので、残念に思っていたのですが、今回、テレビで見ることができました。

私が久しぶりに動物園に行かねばと思ったのは、京都動物園に象が4頭やって来たという話を聞いたからです。雄1頭、雌3頭というグループが自然の中では望ましい組み合わせだそうで、今回はそういう形にしたというのです。

そして、展示も自然の姿が見られるようにしています。観客に近い所にプールが作ってあり、象が勢い良くプールに突っ込みます。残念ながらテレビで見ただけで、最近、行った時はプールの前で餌を食べていただけでした。象は鼻を使って上手に草を食べます。

話はかわりますが、動物園の東側には、琵琶湖疏水記念館があります。この記念館の出口のすぐ前に動物園の東の入り口があるという位置関係になっていますので、動物園に行くと必ずここを見ます。そして、子供の時に、実際に動いていたインクラインを思い出します。

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2017年4月23日 (日)

「筍」と「竹の子」、どう違うか

由布院温泉には、年間400万人の観光客が訪れている。

一方、そこから5kmほど離れた山の中には限界集落がある。

そこに、たけのこが頭を出していた。

ところで、たけのこは、「筍」とも「竹の子」とも書く。どう違うか。

筍は、食べることができる。ちょっと顔を出した程度。

竹の子は、旬を過ぎ食べられない。かなり顔を出している。

下の 写真の場合、かなり顔を出しているのでもはや竹の子。
ともあれ今の時期、筍がうまい!

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2017年4月15日 (土)

「素数」って結構素敵

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 169~

北米大陸には13年おき、17年おきに一斉に現れる「周期ゼミ」と呼ばれるセミがいます。名前の通り13年ゼミは13年に一度、そして17年ゼミは17年に一度、一斉に成虫となって地上で繁殖と産卵を行うのです。言わば、13年ごと、17年ごとの大ベビーブーム。

私も米国滞在時、この大発生に遭遇したことがありますが、言葉では言い尽くせないほどのモノ凄い大群でした。木々の幹という幹、枝という枝には小ぶりのセミがびっしり。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」などといった風情はこれっぽっちも無く、むしろ恐ろしいくらいの雰囲気でした。

さて、この「周期ゼミ」、13と17が素数であることから「素数ゼミ」とも呼ばれます。素数とは、その数自身と「1」以外では割り切れる数がない数字のこと。ちなみに、「1」は割り切れる数が「1」しかありませんので素数ではありません。

以下に、素数を少し並べてみましょう。13と17もしっかりと入ってますね。
2、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61、67、71、73、79、83、89、97、101、103 …

周期ゼミの大発生ですが、この「素数」にこそ意味があるのだ、との説があります。もし仮に、周期ゼミの発生頻度が「素数」の13年ではなく12年だとしましょう。12年は2年、3年、4年、6年で割り切れます。セミの天敵である鳥のライフサイクルは多くが2年~6年ですから、周期ゼミはそれこそ大量発生の年ごとに、毎回必ず、鳥などの天敵に襲われて食べられてしまうリスクがあります。12年ごとの大発生が毎回、天敵のライフサイクルと重なるからです。

ところが、13年や17年といった「素数」では、そのようなリスクが大きく軽減されます。例えば、13年ゼミが3年ライフサイクルの天敵に遭遇するのは39年に一度しかありませんし、4年ライフサイクルの天敵に遭遇するのは52年に一度しかありません。

「じゃぁ、なぜ、もっと小さい素数の7年周期や11年周期じゃないの?」との疑問があるかも知れません。おそらく北米大陸には、周期ゼミの天敵となる7年や11年ライフサイクルの鳥がいたのでしょう。同じライフサイクルですからセミの大発生のたびにかち合ってしまい、やがて、そのようなセミは淘汰されてしまったのかも知れません。

また逆に、「じゃぁ、なぜ、もっと大きい素数の19年周期や23年周期じゃないの?」との質問に対しては、こう答えるしかありません。「セミにとって19年や23年は長過ぎる」と。

短過ぎず、長過ぎずの「素数」、13年と17年。自然界の素敵なバランスです。「周期ゼミ」や「素数ゼミ」への興味は尽きません。こんな素数ゼミの存在に、これまで無味乾燥だった「素数」がグッと身近になった次第です。

ところで、話は大きく変わりますが、インドネシアの人口ピラミッド(年齢ごとの人口を表したグラフ)では、5歳おきに大きな突出(=人口増加)が見られるそうです。つまり、5年ごとの大ベビーブーム。そう、まるで北米の周期ゼミのように。

ヒトのライフサイクルは5年ではありませんから、インドネシア特有の何らかの文化的背景があるものと推察されます。例えば、インドネシアのある島で5年に一度大きな祭りがあって国民が熱狂し夜は…とか、日本の丙午生まれを避けるような迷信のせいとか。諸説ありますが、答えは定かではありません。

ちなみにインドネシアのベビーブーム周期も「5年」と素数ですね。ますます「素数」が身近になりました。素数の「素」は素敵の「素」。

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2017年4月 9日 (日)

祝!?200回目

~ わさくの悪知恵 200

早いものでこの「わさくの悪知恵」も今回で200回目の記念入稿となる。

月1ペースだから足かけ17年になるのか?

17年前というとちょうど西暦2000年だ。

ちょっとその年まで戻って、振り返ってみたい。

世間の出来事としては‣・・・

●コンピューターの2000年問題が注目されたが、大きな問題などは起こらず年越し(1月)

●小渕元首相が脳梗塞で緊急入院~森政権誕生。小渕氏は5月に死去。(4月)

●その森元首相が「神の国」発言。(5月)

●第一ホテルが倒産(5月)

●皇后様崩御享年97才(6月)

●新紙幣2000円札発行(7月)

●横山ノック元大阪都知事が強制わいせつ罪で有罪判決(8月)

●シドニーオリンピックでQちゃんこと高橋尚子さんがマラソン金メダル(9月)

●アナログ携帯電話が日本からすべて消滅(9月)

●プロ野球日本シリーズは注目のON監督対決。長嶋巨人に軍配
(11月)

●民放BS局が開局(12月)

皆様それぞれに思いを浮かべる出来事だろうが、個人的には、あの「2000円札」は今?と思ってしまう。

私個人的な出来事で思い出されることは・・・・

まずはこのエッセイを書き始めたことだろうか。日々の生活の中でそれまで何気なく見過ごしていたような事も少しは違った角度から見つめ、何とか「ネタ」として活用できないかとうろうろしはじめた頃だったと思う。最初の頃はその「ネタ」収集に少しばかり苦労した事を思い出す。

仕事ではストレスを今までで一番抱えた年だったと思い返せる。ちょうど16年携わった営業職を離れ、別の業務に携わり2年目。新しく立ち上がった事業にも携わり、休日出勤も多々あり、さらに自分には適正ではないと思える仕事の数々でストレスがピークに達していた頃かと思う。幸い翌年に社長が変わり、同時に私も現在の部署に晴れて移動となった苦い思い出のある年だ。

それにしても本当に「光陰矢の如し」だ!

そんな私もこの4月で人生の「第2章」(Chapter 2)?を迎えた。

3月から今までに経験したことのない事項がいくつかあったので、その辺を次回201回目の我がこのエッセイにてまとめて紹介させてもらいたい。

とりあえず200回までのお付き合いに感謝!!

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