2017年6月23日 (金)

同期会

~ おさむの鳥の目207

先日、大阪で、昔の勤務先の同期入社の人達の、集まりがありました。同期というと、多くは学校関係の同じ学年でともに学んだ人を指します。しかし、大きい会社に就職した場合、同期入社の人も多く、同期会が作られることも珍しくありません。

先日行われた会は、その同期入社の人達の集まりです。私の場合は、小学校、中学(旧制)、高校(新制)、大学(新制)のそれぞれに同期会があり、それらが現在も存続しています。卒業後年月が経っていますので、集まる人数は減っていますが、幸い上記が現在まで続いています。

先日集まった友人の話では、以前は定期的に行われていた同期会も、だんだん減少してきて、現在も続いているものは少数になっているようです。

ついでながら、幼稚園の同窓会というのはあまり聞いたことがありません。しかし、私の場合は、全く存在しないとは言い切れないと思っています。と申しますのは、私は電車を利用して、隣町の「嵯峨幼稚園」に通っていました。

嵯峨幼稚園を出た人は全員が嵯峨小学校に入りましたが、私は一人、居住地の嵯峨野小学校に行ったので、幼稚園の友人とは、その時点で一度分かれました。ところが、中学で合流し、「○○チャン」という関係を取り戻したので、私にとっては、やや変則ながら、幼稚園の同窓会があるかの如き形になっています。

ところで、話は変わりますが、昨年、「京都ぎらい」という本がよく売れて、「2016新書大賞第一位」に選ばれました。「ええか君,嵯峨は京都とちがうんやで・・・・」と裏表紙に印刷してあります。

また、表紙には「千年の古都のいやらしさ、ぜんぶ書く」とも書いてあるように、京都では、洛中の人が、洛外の人を、さげすんで言う風潮があるということを、主題のひとつにしているのです。

偶然ですが、来週、上記旧制中学の同期会が開かれます。戦時中のことですから、学区制は画一的に実施されていて、生徒の住んでいる場所と入学する学校は明確に決められていました。

そして、その学区制からすると、卒業生には、上記「京都ぎらい」に言う「洛中の人」と「洛外の人」の両方が含まれています。私は、住んでいる場所からすると、「洛外の人」なのですが、母親が生まれも育ちも生粋の「洛中の人」だったので、感じ方からすると、自分が洛外の人間であるとは思っていませんでした。

このように、私自身は、「洛中の人」「洛外の人」の区別にはあまり関心がないままに時を過ごしてきました。そこで、今、洛中、洛外ということが言われているのを耳にしますと、あまり意味がないと感じます。

「鳴くよ鶯平安京」という言葉があります。受験生が「平安京が出来たのは、794年」と覚えるための決まり文句です。洛中と言うのも平安京以後のこと、それまでは、どうだったかと言えば、「ええか君,嵯峨は京都とちがう・・」の嵯峨の方がはるかに進んでいた。聖徳太子時代の秦氏の業績を見れば明らかです。

| | コメント (1)

2017年6月18日 (日)

海外出張に持参すると意外に活躍する小物類たち

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 171~

海外出張の際、必ず持参する小物類があります。パスポートやクレジットカードなどのように絶対必須というモノではありません。無ければ無いでどうにかなりますが、あると「こりゃ便利」というシロモノです。

まずは室内用スリッパ。どんなホテルでも歯ブラシとスリッパが備わっているのが日本の常識ですが、海外では違います。特に米国のホテルには、どちらもありません。宿泊客のマイ歯ブラシ持参は常識ですし、ベッドやシャワーに入る直前まで靴を履いてる文化ですから、スリッパは不要なのです。でも、私を含め大方の日本人は、ホテル室内でスリッパがないとなんかソワソワ。

そんな時は薄っぺらな安物スリッパの出番。クルクルっと丸めればおにぎりより小さくなりますし、なにより軽い。ホテルのベッド横にスリッパがあるだけで心が落ち着きひと安心。

2つ目の小物は「耳かき棒」と「足裏マッサージ棒」。これらも生活必需品ではありませんが、仕事が終わった後、疲れた身体を癒やしてくれます。乾燥し過ぎるホテルの部屋での耳かき、そして、シャワー後の足裏マッサージは至福のひととき。明日への活力が沸いてきます。

3つ目は食事のお供。腹が減っては戦と仕事が出来ません。でも、海外での毎日の朝食はとっても単調かつ大味で、すぐに飽きてしまいます。仕事の都合などでランチを食べられないこともありますから、いくら不味い朝食でもお腹に入れておきたいもの。そんな時は醤油とふりかけ。

私がいつも持参するのは、スティック状に小分けされたキッコーマン「丸大豆醤油」と、丸美屋「おとなのふりかけ」。スクランブルエッグやソーセージには丸大豆醤油をかけて。そして、オートミールにはふりかけ。これで和風テイストに早変わり。香りと味がみるみる激変します。

さて、食事とともに極めて大事なのは睡眠。時差ボケの中、夜の睡眠の深さは出張の成功を決めると言っても過言ではありません。

熟睡のために私が持参するのは、「青森ヒバの香りエキス 小瓶スプレータイプ」。枕元にサッとひと吹きすれば、周囲は森林の香りに包まれ心からリラックス。森林浴の気分に満たされながら、深い眠りに落ちていきます。

最後は洗濯用洗剤。2週間以上の出張では洗濯が必要です。そんな時に大活躍するのは、小袋に小分けされた花王の「部屋干し用アタック」。さっと溶けて、泡立ち抜群。しかも部屋干ししても匂いません。こんなスグレモノが日本では100均で買えます。

ほんのちょっとの工夫で楽しい出張。そして仕事の成功へ。大事なことはルーチン小物類を常に持参し、アウェイ戦をホームゲームの気分にすること。私なりの勝利の方程式です。

ところで、今回のエッセイ、米国出張からの帰国便の機内で書いてます。足裏マッサージ棒で足裏をマッサージしながら。

| | コメント (1)

2017年6月10日 (土)

還暦を迎えて

~ わさくの悪知恵 201

前回の投稿をお休みさせていただいた。ご容赦を!

この2ケ月、少し身の回りに変化があったためで、今回の投稿にてその辺を察していただければ幸いだ。

まず4月。この私も還暦を迎えた。まだまだ先の事だと構えていたが、現実はやって来るものだというのが実感だ。

仕事の方は一旦「定年退職」をした形で、5月からは「契約社員」扱いで今までとほとんど変わりなく日々を過ごしている。しかしながら、当然の収入ダウンだ。今後現収入で生活していく良きルーティンを早く見つけたい。

高齢者雇用の年金の一種が申請ができるというので手続きしたが、その中で「退職届」を提出したのが意外だった。

そうこうしているうちに5月の連休明けに我が父が亡くなった。享年86歳。6月1日が誕生日だったので、そこまでもってくれればという願いはあったのだが・・・

昨年11月のはじめに実家の玄関先で転倒し、入院。脳挫傷との診断。その後入院6ケ月、結局肺炎で亡くなった。最期に立ち会えたのが救いだ。

あらかじめの予測を病院から知らされていたので、その後の葬儀などの手配は割とスムーズに運べたと思っている。

葬儀は家族葬にしたため、親戚達と送り出した形だ。

これから49日の法要があり、納骨の段に移る。お墓も父の故郷にある群馬ではなく、実家近くの市の霊園にほぼ決まっている。

幸い我が母が高齢の割にかなりしっかりした人物なので、色々な手続きをこなしてくれている。頭が下がる思いだ。

ただなるべく一人にさせたくないため、私と家人、またはどちらかが夜実家に立ち寄る日々が続いている。我が家から徒歩でも5分以内なのでそれが可能だ。そして私が一応長男なので・・・

父が亡くなった当初、近所の主に老人会の方々が立ち寄ってくれてお線香をあげてくれるのは有難かったのだが、どなたも結局最後は「ご自分」の事のマシンガントークになってくるのには参った。

電話でこれをやられる方もいて、気丈な母もくたびれ果ててしまわないかと心配だった。

母とはとにかく「ひとつひとつゆっくり無理なく対処していこう」と話し合っている。

また、群馬の従妹が私が見たこともない我が祖父の履歴書や家族の写真を持ってきてくれ、今まで知ることのなかった父の歴史を認識できたのも感慨深いものになった。

しばらくはこんな日々が続いていくかと思う。

次回からは通常のエッセイ「ネタ」を提供できればと思っている。

今後ともお付き合いのほど、どうぞよろしく<m(__)m>

| | コメント (1)

2017年5月31日 (水)

毎日が初体験

~ soji の今日もワクワク 227 ~

先日、家人と中華料理屋に行ったときのことです。

そこのメニューは、16ページはあるカラー冊子。写真を見て料理を選ぶことが出来ます。いつものように注文した後、料理が来るまで何気なくメニューを見続けていました。ふと気が向いて、家人に尋ねました。

「この中で、頼みたくない料理はある?」

家人が答えます。

「これとこれ。とても辛そうだし。あとこれ。見るからに美味しくなさそう」

ああ、確かに。この写真では自分でも注文しないでしょう。

しかし、あらためて気づきました。自分たちは頼まないけれど、他に頼んでいる人がいる。だから立派にメニューに載っているんだと。

歳をとると、冒険を好まなくなります。行きつけの店、お気に入りの席、定番の料理。ファーストフードでさえ、無意識にいつもと同じメニューを頼んでいます。外食に限りません。朝起きてから夜寝床に入るまで、いつの間にかルーティンで行動している自分に気づきます。

いろいろな情報を収集し、自分なりに取捨選択した結果、最短で最善な行動をとる。それが生活の知恵であり、自分なりに蓄積してきた生きるノウハウです。「安住」と言っていいかもしれません。

でもそれは本当に最善でしょうか。すべての選択肢を試した結果、これ、と決めたことでしょうか。試すことさえせず、自分に合わないに違いない。そう勝手に決めつけてはいないでしょうか。

「あなたの初体験はいつですか」

女性に問いかけたら、セクハラで訴えるわよ、と凄まれそうです。いや、変な意味ではありません。しかし突然質問されると、はて、そう言えばいつだったかと首をかしげてしまうのではないでしょうか。

初体験は、考え方次第で毎日行うことが可能です。例えば日々歩くルートを敢えて違えてみる。初めて歩く路地、初めて見るマンションの表札、初めて見上げるビルの上層階のテナント・・・初体験の材料は、好奇心を持ち、新発見を心がければ日常にたくさん転がっています。ルーティンの中でも、例えば行きつけの店だけど日ごろ頼まないメニューを頼んだり、日ごろ使わない香辛料を使うだけでも立派な初体験です。

別に心がけなくても、毎日のように初対面の人と会うし、初めて行く得意先も多いよ。私も以前はそんな時代がありました。ところがあらためて考えてみると、自分が望んで会ったり訪問したりすることはほとんどありませんでした。あくまでも自らの意志で体験する。忙しくなると、そんなことを忘れてしまう。そしてあるとき、ふと流されている自分に気がついたりするのです。

「安住」の日常を否定する。無意識に拒絶する自分がいます。それは悪いことだと。

5月9日付毎日新聞の「万能川柳」で、こんな句が載っていました。

悪いこと していないのに 句ができぬ    東京 ひねのり

掲載では常連のひねのりさんも、こうした境地に陥るのかと、妙に感に入ってしまいました。今まで書いてきた流れでこの句に手を加えるとすれば、

良いことを してばかりでは 句ができぬ

と言えるかもしれません。句に句をぶつける。まさに「くにく」の作。ひねのりさん、申し訳ありません。

初体験は、心がざわつきます。いつもの通りやればいいのに。でもいつもの通りでは、たくさんの魅力を見過ごしているかもしれません。ですから私は、毎日手帳に初体験を書き留めるようにしました。時には大外しするかもしれませんが、これはご愛嬌。まずは続けて行こうと思っています。

| | コメント (1)

2017年5月24日 (水)

京都水族館の雀

~ おさむの鳥の目206

表題がおかしい、と思われるでしょう。その通りです。京都水族館は雀を飼っていません。しかし、雀は居たのです。

「海から遠い京都に水族館?」と考える人も居るでしょう。技術の進んだ今の世に、まさか使用水量のほとんどを海から運んでいると考える人はいない。だとすると、海からの距離は関係ないはずなのに・・・、と私は考えていました。

ところが、「内陸型水族館」という言葉があり、京都水族館は国内最大の「内陸型水族館」であって、使用水量の90%に及ぶ必要海水はすべて人工海水で賄っているので有名という話を聞いて、京都水族館は例外で、やはり水族館は海に近いところに在るのが普通なのだと再認識しました。

ところで、私は動物園が好きです。これは書かなくても分かっていただけると思いますが、京都に水族館が出来て、京都水族館も好きと言わねばならなくなりました。年間パスポートを持っていて、ときどき行っていると書けばそれで十分でしょう。

そこで、今回は京都水族館について書くのですが、下手に頭を使うより、一般に説明されていることをそのまま書くと、以下の通りです。

館内は9つにゾーン分けされていて、

1・オオサンショウウオの展示が見られる「京の川ゾーン」
2・オットセイ、アザラシが間近で見られる「かいじゅうゾーン」
3・ペンギンを上からも下からも見られる「ペンギンゾーン」

4・日本の海をまるごと再現した「大水槽」
5・サンゴの海やタッチプールのある「海洋ゾーン」
6・工作や体験などができる「交流プラザ」

7・目玉のイルカショーが楽しめる「イルカスタジアム」
8・京都の生き物などの学習ゾーン「山紫水明ゾーン」
9・屋外展示で田んぼなど里山を再現した「京の里山ゾーン」

という訳で、見やすいよいに工夫されています。私自身は、何回も行くので、あまり館内の構造を知り過ぎないようにと、その都度、でたらめに見て歩きます。

先日、行った時は、歩き疲れたようなので、最後に、身体を休める意味もあって、入館したとき「京の川」の次に見た「オットセイ」と「アザラシ」の展示室へ行きました。ここはベンチがたくさんあって、館内で唯一弁当を食べてもよい場所になっているそうです。

そこのベンチに座って周りを見ていると、小学校低学年くらいの男の子が、何か小さい食べ物を床に投げています。すると、たくさんの雀が寄ってきて床の上の食べ物を啄ばみます。その場所は、どう見ても屋内なのですが、上の方の一部が開いているらしく、外部の雀が来ているのです。

すると、近くにいた、やっと歩けるようになった年齢の男の子が雀の群れに駆け寄ります。雀たちはいっせいに飛び立ちますが、すぐに元の場所に戻ります。その戻り方が非常に速いのに驚かされました。

雀たちは男の子の動きを見て、自分たちに全く危険はないと確信しているように見えました。雀が人間を馬鹿にしていると見えるのですが、その雀たちの判断の的確さに恐れ入ったという気持になり、水族館で思いがけない勉強をさせられたと、強く印象に残りました。これが標題に雀が入ってしまった理由です。

| | コメント (1)

2017年5月17日 (水)

光あるところに影がある

~さかもっちゃんの知ったかぶりぶり 170~

この春、人気エッセイ「soji の今日もワクワク」の著者として有名なsojiさんと、鎌倉周辺を散歩してきました。春の鎌倉は眩いばかりの陽光と、国内外からの観光客が溢れてましたが、sojiさんと歩いたのはその真逆の世界、陽の当たらない鎌倉のダークサイド。

旅のメインテーマは以下の4つ。どれも暗いものばかり。
・北条氏の陰謀
・末法思想
・鎌倉幕府の滅亡
・足利氏の残虐性

訪れたのは、護良親王が9ヶ月間も幽閉された土牢や北条一族870人が自害した東勝寺跡、そして、北条高時の腹切りやぐら、等々。歴史の暗部だけを巡る、気も滅入るようなツアーでしたが、「春の鎌倉観光」という眩しい日なたがあったからこそ、その陰に隠れた日かげの面白さとビジネスチャンスの可能性に想いを馳せることが出来た旅でもありました。

日なたと日かげは常に裏腹の関係にあり、日が差すとそこには日なたと同時に日かげが生まれます。陽光輝く「春の鎌倉観光」の陰に、ダークサイド鎌倉。まさに、光あるところに影がありました。

そんな今回の「鎌倉ダークサイドツアー」で深く感じたのは、その時点で脚光を浴びている日なたを攻めるよりも、日差しが作る日かげの方にもっと大きな面白さやビジネスチャンスがあるかも、ということ。特に、「春の鎌倉観光」のように強く眩しい陽光ほど、日かげの面白さが増すようです。

この旅の途中で連想したのは、なんと、19世紀の米国カリフォルニアで起きたゴールドラッシュ。当時、一獲千金を夢見てカリフォルニアに殺到した人々の中で、莫大な富を得たのはほんの一握りだけ。やがて金は採り尽くされてしまい、大多数の人々は何の儲けも無いまま故郷に帰らざるを得ませんでした。

そんな中、安定的に利益を獲得したのは、金を掘り当てた人ではなく、実は、押し寄せる金鉱掘りにジーンズやスコップなどの生活必需品を売った商人でした。ゴールドラッシュという陽光で生まれた日なたを金鉱採掘とすれば、その日かげに生まれたビジネスが金鉱掘り相手のジーンズ・スコップなどの生活必需品販売だったのです。

「鎌倉ダークサイドツアー」と「金鉱掘り相手の生活必需品販売」。この2つに共通するのは、日なたを避けて日かげを扱うためライバルとの直接競争が避けられること。みんなが日なたに注目している間に、日かげに注目し、そこに面白さを見いだす。そして、あわよくば稼ぐ。ここに日かげの大きなメリットがありそうです。

多くの人は明るい日なたに殺到するため、当然、日なたの競争は激化。陽光輝く「春の鎌倉観光」はメチャ混みな一方で、日かげの「鎌倉ダークサイド」は訪れる人がほとんど無くガラガラ状態。とかく日かげは嫌われるようです。でも、嫌われる分、他の観光客(=ライバル)が少なくてゆっくりと楽しめました。これは「金鉱掘り相手の生活必需品販売」と同じ構図かも。

もう1つ気付いた点は、日かげほどユニークさ溢れるものを生み出す可能性があること。「鎌倉ダークサイドツアー」と「金鉱掘り相手の生活必需品販売」ともに、誰も目を付けないスキマを狙うようなユニークさがあります。日差しが強ければ強いほど日なたと日かげのコントラストも鮮明になり、日かげのユニークさが際立ちます。

強い日差しで生まれる日なたと日かげ。光あるところに影がある。この2つを比べてみれば、新しい発想のヒントがあるかも知れません。

| | コメント (1)

2017年5月11日 (木)

ご連絡

カラフルエッセイをいつもご愛読ありがとうございます。
今月の「わさくの悪知恵」は、筆者の都合によりお休みします。

| | コメント (1)

2017年4月30日 (日)

海へ還る

~ soji の今日もワクワク 226  ~

4月15日土曜日、藤沢に住む義母が亡くなりました。

肺炎からの心不全。入院してわずか一週間、あっという間に逝ってしまいました。あまりに突然だったので、本当の身内だけの葬儀となりました。

それだけではありません。残された人たちに出来るだけ負担をかけたくない。故人の希望を叶えるために、通夜も告別式もない。お坊さんを呼んでのお経も戒名も要らない。おまけに海へ散骨して欲しいと。

喪主となった義弟から、忙しかったら無理しないでとの申し出に、私は葬儀場でのお別れ会を失礼し、火葬場から同席しました。

待合室。義父。義母の兄、姉とお子さん。義弟夫婦に私と奥さん。そして義弟の奥様のご両親。10人ほどがテーブルをはさみ、持ち込んだお菓子やサンドイッチをつまみながらおしゃべりして過ごします。

義弟の奥様のお父さんがこんな話をし始めました。

「私は80を過ぎて、死について自分なりに考えるようになりましてね。ものの本によると人の死には2種類あるそうです。一つは肉体的な死。二つ目は皆の記憶から消えてしまう死、です」

それを聞いて、義弟の奥様がかみつきます。

「それじゃあ、歴史上の人物はどうなのよ」

「忘られないうちは死なないことになるね」

「そんなの変よ、変!」

いくつになっても娘は父に反抗的なのでしょうか。ちょっと微笑ましい、和やかな時間が流れて行きました。

4月20日木曜日、江の島は快晴。散骨葬の運営会社に言わせると、これ以上の天気はないとか。義父と義弟夫婦。そして私と奥さん。5人だけの一番シンプルなプランです。

青空に飛行機雲が3筋。遠くには富士山。観光客が嫌がるので喪服の参加はNG。パーカーを着こんだ5人には、悲しさは微塵もなく、むしろワクワク感が込み上げます。

沖に出るクルーザーの中で考えました。多くの人を招いての通夜や告別式。当たり前だと思っていたこれらの儀式は本当に必要だろうか。昨今は、散骨葬が増えていると聞きます。結婚、出産が減少し、将来、墓を守ってくれる子孫もない。「花」よりも、お金のかからない「実」を選ぶのは当然かもしれない。

それになかなか墓参りに行けないと悔やむより、海に出さえすれば故人を偲ぶことが出来る。死んだ後の自分にとっても遺族にとってもずっといいことではないだろうかと。

出発してから30分。ポイントに着いたようです。江の島のヨットハーバーが見える海上で、2㎜平方以下に粉砕された骨を5人が手分けをして海に撒きます。大きな粒は揺らめきながら沈んで行き、細かいのは白く水面に漂います。その後は花びらを撒いてあげます。義母の嫌いな菊の花は入っていません。

油絵が好きで、展覧会に出展するために入院の直前まで描いていた義母。全身全霊を傾けていたのでしょう。死に顔はかすかに笑っていたように思えました。

「安らかにお眠りください」

そう唱える私の後ろで、義弟が叫びます。

「じゃあねえ、お母さん。また来るよ~」

「人の記憶にある限り、死ぬことはない」その言葉を思い出し、私はちょっと恥ずかしくなりました。

「夢のお告げだって?ああ、気持ち悪い。いつまでもクヨクヨしていてはダメよ、sojiさん。私、暗いのは嫌いよ」

陸地に戻り、ふと義母の声が聞こえたようで私は沖を振り返りました。しかしそこには、春の日ざしを受けて、キラキラ光る水面があるだけでした。

江の島は、もうすぐお昼です。なんだかお腹が空きました。

| | コメント (2)

2017年4月24日 (月)

京都動物園

~ おさむの鳥の目205

先日、テレビを見ていたら、京都動物園についての話が放映されていました。京都動物園は日本では有名な動物園だそうですが、以前は、歴史の古い動物園(日本で2番目)として知られていただけのものでした。

ところが、近ごろ、展示方法に工夫が加えられて、入園者が倍増したので話題になり、テレビでも採りあげられたようです。

京都動物園の弱点は面積が狭いことで、これが改善の最大のネックでした。そこで、この問題を打開するために採った手段が、高さを利用することだと言います。代表的なのが、キリンを見るのに、キリンの頭より高い位置から見るようにしたことです。

通路を高い位置に設け、観客が歩いて移動しながらキリンを見るようにしてあります。キリンを飼育する建物は当然のことですが、高さがあるので、その建物の外側の廊下を歩きながら窓から中を見下ろす形になっており、そのまま歩いて行くと、廊下は建物を離れて、空中を進むことになります。

もちろん、地上から階段を昇って高い位置にある廊下に上がるようにもなっていますが、入園口の建物の2階部分から進んで行くと、キリン舎の高い位置の廊下に自然に繋がるようにもなっていますので、この場合は、階段を昇る労力が省け、自然に高い所に居ることになります。

こうして、人間が高い位置にいてキリンを見ると、キリンが背の高い樹の葉を食べる様子をまじかに見ることができるほか、キリンの睫毛が意外に長いことを改めて実感することにもなります。

私は動物園が好きで、一人で何回も行っていますので、上記のことは十分承知していたのですが、テレビで説明を聞くと、よりよく納得することが出来ました。

高さを利用することで注目されている仕組みは、猛獣館にもあります。トラの檻が三つあるのですが、それらの檻を繋ぐ通路が頭上に作ってあるのです。ですから、人間の頭の上をトラが歩くことになります。これは、ほかの動物園と比べても珍しいそうです。

私が見ているときには、トラが上を歩く場面には行き当たらなかったので、残念に思っていたのですが、今回、テレビで見ることができました。

私が久しぶりに動物園に行かねばと思ったのは、京都動物園に象が4頭やって来たという話を聞いたからです。雄1頭、雌3頭というグループが自然の中では望ましい組み合わせだそうで、今回はそういう形にしたというのです。

そして、展示も自然の姿が見られるようにしています。観客に近い所にプールが作ってあり、象が勢い良くプールに突っ込みます。残念ながらテレビで見ただけで、最近、行った時はプールの前で餌を食べていただけでした。象は鼻を使って上手に草を食べます。

話はかわりますが、動物園の東側には、琵琶湖疏水記念館があります。この記念館の出口のすぐ前に動物園の東の入り口があるという位置関係になっていますので、動物園に行くと必ずここを見ます。そして、子供の時に、実際に動いていたインクラインを思い出します。

| | コメント (1)

2017年4月23日 (日)

「筍」と「竹の子」、どう違うか

由布院温泉には、年間400万人の観光客が訪れている。

一方、そこから5kmほど離れた山の中には限界集落がある。

そこに、たけのこが頭を出していた。

ところで、たけのこは、「筍」とも「竹の子」とも書く。どう違うか。

筍は、食べることができる。ちょっと顔を出した程度。

竹の子は、旬を過ぎ食べられない。かなり顔を出している。

下の 写真の場合、かなり顔を出しているのでもはや竹の子。
ともあれ今の時期、筍がうまい!

Dsc03955_4

| | コメント (1)

«「素数」って結構素敵